空良(そら)が連れて行ってくれたのは、清良(せいら)も耳にしていた人気のスィーツ専門店。
中でも旬の新鮮なフルーツを使ったパフェはお店の看板メニューで、一度は口にしてみたかったものである。
店内は女子高生や若い女性達でいっぱいだったが、なんとか空いている席を見つけて二人向かい合って座る。
「川波さん、こんな人が多いところに入って大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ。一応、サングラスは掛けたままで居させてもらうけど」
そんなものなのか、と清良は思ったが、どうやら空良の言うように周りの子達は自分達の話とスィーツに夢中なようで気付く様子もない。
それに相手が今の清良なら、尚更だろう。
「何でも、好きな物を頼んでいいよ。今日は、俺が無理矢理連れ出したお詫びに奢るから」
「お詫びなんて。私、このお店に一度来てみたかったんです、それもカップルで。だから、川波さんみたいなかっこ良い人と来れただけで、お腹一杯なんです」
清良はずっとこのお店に来てみたかったのだが、来るなら絶対素敵な男性とというのが理想だったのだ。
だから、友達に誘われても口実を作ってなんとか断っていた。
こんな理想を掲げていたら、一生来れないかもしれないのに…。
それが、こんな形だとはいえ、モデルでかっこ良い空良と来れたのである。
もうそれだけで、十分だった。
「お腹一杯なの?」
「へ?わっ、私、変なこと言いましたっ?!」
クスクスと笑っている空良に、清良はどうしていいかわからない。
―――お腹一杯って、私言っちゃった?
憧れていた素敵な男性と来れた嬉しさと緊張のあまり、自分で何を言っているのかわからなくなっていた。
それを見て、尚も笑い続ける空良に清良も困り果てている。
「ダメだ〜清良ちゃん、可愛過ぎる」
「ふざけないで下さいっ」
「ごめん、ごめん。だって、本当に可愛いんだから仕方ないよ」
「私は、可愛くなんかありません」
空良は清良のことを事あるごとに可愛いと言うが、天と地がひっくり返ってもそんなことはあり得ない。
それは清良自身が、一番よくわかっているのだから。
「清良ちゃんは、可愛いよ。俺ね、自慢じゃないけど今まで女の子に面と向かって可愛いって言ったことは一度もないんだ。清良ちゃんが初めてだから自信持って、俺が保障するよ」
空良に言われると、まるで呪文でもかけられたように嘘でも本当に聞こえてくるから不思議だった。
そんなことを話していると、店員さんが注文を取りに来た。
まだ何を頼むか決めていなかった清良は慌ててメニューを眺めるが、今度は目移りしてどれにしていいかすぐに決められない。
「じゃあ、紅茶を2つと、このパフェを1つ下さい」
迷っている清良を他所に、空良はメニューを指差し勝手に注文してしまう。
が、清良が紅茶が好きなことと、それよりどうしてこのパフェが食べたかったのがわかってしまったのだろうか?
「あの…」
「清良ちゃん、このパフェ食べたかったんだろう?」
「どうして、わかったんですか?」
「だって、さっきカップルで来てみたかったって言ってたから」
確かにカップルで来たかったとは言ったが、どうしてそれとこのパフェとが結びつくのだろう。
「このパフェって、カップルが二人で食べられるようにっていうやつなんだよね。だから、清良ちゃんもそうなのかなって」
このパフェは、通常のサイズの倍くらいの大きさがあって、カップルが一つのパフェを仲良く二人で食べるというものなのである。
だけど、これを男女とはいえカップルではない空良と食べてもいいものなのか…。
「そうですけど、いいんですか?私なんかより、ほら、彼女さんとかと一緒に食べた方が」
「俺には生憎彼女はいないし、清良ちゃんと食べたいんだよね」
サングラスを掛けているから、微かにしか空良の瞳は見えないが、これを真顔で言われたら普通の女の子なんて失神ものに違いない。
「清良ちゃん、何か勘違いしてるみたいだけど、俺って誰にでもこういうこと言わないし、実はモデルなんて仕事をするようになってからは女の子と二人だけでこんなふうに店に入るのも初めてなんだよね」
「うそ…」
思わず『うそ』と言ってしまったが、今、空良が言った言葉を誰が信じるだろう。
人気モデルだから、気軽にこうやって二人で出かけることはできないかもしれないが、それにしても初めてというのは驚きだ。
「嘘って、それひどくない?」
「ごめんなさい」
「そういうふうに見られてるってことは否定しないけど、清良ちゃんだけにはそうは思って欲しくないんだよね」
なぜか、空良は外見からなのか、派手に女の子と付き合っているように見られがちであるが、本当はその逆で、自らが意図的に近付けないようにしていたところがあった。
だから、自分から誘ってこういう店に足を運ぶのも初めてだし、歯に衣着せぬような甘い言葉を言うことも初めてだったのだ。
「わかりました。ごめんなさい、私、川波さんのこと勝手に作ってました」
「空良って、呼んでよ」
「え、そんな…」
さすがに昨日今日の付き合いで、年上の空良をそのまま呼び捨てになどできるはずがない。
それに沙良(さら)でさえもあの時、川波くんと呼んでいたのに…。
「俺は清良ちゃんのこと、友達だって思ってる。清良ちゃんは俺のことそういうふうには思ってくれないのかな?」
「友達、ですか?」
「そう、友達。嫌?そういうの」
「そんなこと、ないです」
清良は、ブルブルと顔を左右に振る。
空良のようなかっこよくて素敵な男性が友達になってくれるなんて、清良にとっては夢のような話である。
「だったら、いいでしょ」
「はい。じゃあ、空良さん」
「う〜ん。微妙だけど、まっいいか」
名前を呼ばれて満足そうに微笑む空良と、少し恥ずかしそうにしている清良の前にパフェと紅茶が運ばれて来た。
想像以上にそれは豪華というか、なんというか…。
「うわっ、すっごい」
「ほんとすっごいなぁ。清良ちゃん、これ全部食べられるの?」
「え…これ、全部私が食べるんですか」
「嘘。でも俺、さすがに半分は無理っぽいから清良ちゃん頑張ってね」
―――だって、これ半端じゃなくすごいのよ?
イチゴやらメロンやらっていうフルーツに加えて、ジェラートや生クリームがこれでもかって詰まってる。
それを半分食べるのだって、大変そうなのに…。
と、目の前にストロベリーのジェラートと生クリームの載ったスプーンが差し出される。
―――えっ、まさかこれを食べろって言うんじゃ…。
「早く食べないと溶けちゃうよ」
空良にせかされて、周りにちらっと目をやりながら控えめにそれを口に含む。
―――う〜ん、美味しい!!
人気店だけに新鮮なフルーツで作ったジェラートは、すっごく美味しい。
「美味しい?」
「美味しいですっ」
今にもほっぺたが落ちてしまいそうなくらいの笑みを浮かべる清良に、心の中がジンと温かくなってくる。
ここに自分以外の誰もいなかったら、有無も言わさず抱きしめているところだろう。
まだ、高校生になったばかりの彼女にこんな想いを抱くとは…正直考えもしなかった。
一見、今時珍しいくらいの地味な高校生。
三つ編みにスカートは膝が隠れるくらいの長さの子なんて、どこを探しても彼女くらいしかいない。
もし、この前出会ったままの姿でパンツが見えそうなくらいのミニスカートをはいていようものなら…。
考えただけでも、平常ではいられない。
ある意味、地味で良かったと思う。
沙良のおかげなのか、本人の意思なのか、とにかく感謝しておこう。
「空良さん、どうかしました?パフェ、食べないんですか」
「何でもないよ。清良ちゃん、俺にも食べさせて」
「え…」
思っていたことを見透かされないように、わざと意地悪な言い方をしてみる。
…彼女はきっと、マジに受けるんだろうな。
こういうところが、また可愛いんだけどさ。
「早く」
「あっ、はい」
急かすように言うと、清良はチョコレートのジェラートとイチゴをスプーンの上に載せて空良の前にゆっくりと差し出した。
それを空良は、一口でパクリと口に入れると満足気な表情を浮かべる。
実を言うとここだけの話だが、空良は元来甘い物が苦手である。
なぜか巷で流行っているスィーツなる言葉を聞くと、自然と眉間に皺が寄っているらしい。
にも拘らず、殺人的としか思えないこのパフェを食べているという事実が全くもって不可解極まりない。
それも気になる子が食べたいからという理由で付き合うなどとは、それこそゲンキンな話であった。
「美味しいですか?」
…こんなふうに言われて、マズイと答えるヤツがどこにいる。
と俺は言いたい。
「美味いよ」
「噂通り、すっごく美味しいですね。空良さんのおかげです、連れて来ていただいてありがとうございました」
「どういたしまして。それじゃあ、また付き合ってくれる?」
「え、いいんですか?」
「いいよ」
『はいっ』って嬉しそうに言う清良に、また誘ってもいいのだという確信が加わる。
また会いたい、一緒にいたいって思うのはなぜなんだろう?
これが人を好きなるということだと空良が知るのは、もう少し先のことになる。
※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。
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