Shine
6

一時間ほど空良(そら)と共に過ごして、清良(せいら)は家の前まで彼の運転する車で送ってもらった。
今度会う時のためにと携帯番号とメルアドを交換したが、二度目はあるのか…清良にはわからない。
ただ、あって欲しいと願う気持ちがどこかにあることだけは確かだった。

家に入るとお母さんと楽しそうに話す声が聞こえて、姉の沙良(さら)が帰って来ているのだとわかる。

「ただいま、お母さん。沙良お姉ちゃん」
「清良ちゃん、お帰りなさい遅かったわね。ところで、今、家の前で車の音が聞こえたけど、誰か来てたの?」
「うん。学校の前で偶然、空良さんに会って、ちょっとお茶してたの。そしたら、家の前まで車で送ってくれて」
「えっ。空良さんって、川波くんが?」

沙良が、驚くのも無理はない。
…あの川波くんが、偶然、清良に会ったからといってお茶をしたなんて。

「うん、でもそんなに驚くことなの?」

姉のあまりの驚きように清良も困惑を隠せない。

「そうじゃないんだけど。偶然会ったって、どこで?」
「学校の正門の前、みんなと別れたところで車に乗った空良さんに声を掛けられたの」

…ちょっと待ってっ、正門の前に川波くんがいた?!
通学は特別に許可をもらって車を使っているという話は聞いていたが、空良の通う創明館(そうめいかん)大学とは方向が全然違う。
だいいち、着飾った清良しか見ていない空良にどうしてわかったのか。

「清良ちゃんだって川波くん、すぐにわかったの?」
「それが、私も不思議で聞いてみたら、友達が名前を呼んだのを聞いて、一か八かで声を掛けたって言ってた」

沙良が一緒に仕事をするようになって数年経つが、未だにこちらから声を掛けないと返事もしない空良が、自分から声を掛けるなどという行為が信じられない。
それも、清良のあの時とあまりに違う姿にも、一か八かで声を掛けるなんて…。

「で、お茶したってどこに行ったの?」

まるで、警察の尋問のようだが、清良は全く疑う様子もなく沙良の言うことに素直に答える。

「うんとね、学校から少し行ったところにあるパフェの美味しいスィーツのお店。空良さんが、どう?って誘ってくれて」
「えぇぇっ?!あの女子高生や若い女の子で一杯の、あのお店?」

沙良もそのお店のことは知っていたが、いつも若い女性達で一杯のあの場所に空良が誘ったというのか?
彼はあまり甘い物を好まないし、女性の立ち入る場所には絶対と言っていいほど、近付かないのである。
それが、自ら誘うとは…。

…まさかっ、あのパフェを食べたんじゃないでしょうね。

「清良ちゃん、もしかしてあのパフェ食べた?」
「え…」

嘘のつけない清良の顔を見れば、それは一目瞭然。
聞けば聞くほど、おもしろいように意外な事実がゴロゴロと顔を出す。

「食べたんだぁ」
「私が食べたそうにしてるから、空良さんが気を使ってっ」
「空良さんがねぇ」
「うぇっ。だって、空良さんがそう呼んでって言うから」

これ以上、可愛い清良をイジメルわけにはいかないが、こんな面白い話を突っ込まないわけにはいかないだろう。

…あの、川波くんがねぇ。
後で、詳しい話を聞かせてもらわないとね。
それにどういうつもりで清良に近付くのかも、しっかり問い詰めないと。

「沙良お姉ちゃん。私、これからクッキーを散歩に連れて行かないといけないの。お姉ちゃん、もう帰っちゃう?」
「ううん、明日は学校も休みだし、仕事もOFFだから今日は泊まってく」
「やった!じゃあ、すぐ着替えて散歩に行って来るね」

お姉ちゃん子の清良は、沙良が泊まっていくと言うとものすごく喜んでくれる。
逆に帰るなんて言おうものなら、こっちまで悲しくなるくらいの寂しい顔をするのが、見ていられないのだ。
これは沙良だけが知る可愛さだと思っていたけれど、どうやら空良もそれに気付いてしまったよう。
二人がどうこうなることに反対するつもりはないが、やはりどこか寂しい沙良なのだった。

+++

久し振りに沙良は空良と撮影所で会ったのだが、相変わらずの無愛想。
本当に彼が清良を自分から誘ったりしたのか、どうしても信じられない。

「ねぇ、清良ちゃんとパフェ食べに行ったって聞いたんだけど、どういう風の吹き回し?」

突然、沙良に清良と会っていたことを言われて空良は動揺を隠せない。

「なんだよ、いきなり。っつうか、何でそれを沙良が知ってるんだ」
「もちろん、清良ちゃんに聞いたからよ。あの日、車で清良ちゃんを家まで送ったでしょ。あたし、その時、家に居たのよ。それで、誰か居たのって聞いたわけ」

…そういうことか。

「で、何でわざわざ清良ちゃんの学校まで会いに行ったのよ」
「別に会いに行ったわけじゃないよ」
「うそ。川波くんの大学とは全然方角が違うし、偶然だか何だか知らないけどあんな住宅街を車で通るなんてあり得ないもの」

どうやら、沙良にはバレテいるらしい。
感の鋭い彼女には、何を言っても無駄だろう。
まして、大事な妹の清良のこととなれば尚更で。

「沙良には、敵わないな」
「興味本位で近づいて清良ちゃんを泣かせるようなことをしたら、あたしが承知しないんだからね」

沙良の言いたいことがよくわかるだけに、ここは真面目に答えておくのが賢明だろう。

「それは、絶対ない。清良ちゃんには、いつも笑っていて欲しいから」
「ねぇ、一つ聞いていい?」
「どうぞ」
「撮影の時会った清良ちゃんと、学校の前で会った清良ちゃんのどっちが好き?」

好きとあからさまに聞かれると答えに困るのだが、空良にはどちらの清良も本当の清良であって、どちらなどと選ぶことなどできるはずがない。

「どっちもさ」

この答え方は、好きだと遠まわしに言っているようなものだなと空良は思う。

「ほんと?ただ、可愛いだけの清良ちゃんを好きになったんじゃないのね」
「彼女といると温かい気持ちになるんだ。あの笑顔を向けられると、些細なことで悩んでる自分が馬鹿らしくなってくる。不思議なんだ、苦手な物まで好きになっちゃうんだからな」

空良とは仕事仲間というより、友達に近い存在の沙良でさえも、こんなふうに彼から自分の気持ちを聞いたのは初めてだった。
何より、こんな柔らかい表情ができるんだと改めて気付かされる。
それが清良の存在あってからこそなんだと思うと、沙良には妹の存在がとても大きなもののように思えてきた。

「川波くんには、特別に清良ちゃんと二人で会うことを許可してあげる。でも、これで安心しちゃダメよ」

空良の言葉に嘘はないだろう。
ただ、彼はこの通り売れっ子のモデルで、清良はまだ高校生になったばかり。
恋がどういうものかも知らない彼女にはリスクが高過ぎるし、ここはしっかり姉が付いていてあげないと。

「えっ、何だよ。もしかして、怖いお姉さんの監視付?」
「そうよ。この前みたいに、いきなり清良ちゃんの学校まで行ったりしないで。川波くんが週刊誌に書かれても全然構わないけど、清良ちゃんにもしものことがあったら大変だもん。それと―――」
「まだ、あるのか?」

沙良の言う通り、遥(はる)のひと言に無我夢中で車を走らせてしまったが、制服姿の女子高生を学校の前で待ち伏せて連れ出しすなんてことは、本来慎むべきことだろう。
それは、空良も反省している。
しかし、まだあるのか?

「あるわよ。あたしの大事な清良ちゃんと付き合うためには、色々と細かい決まり事がね」

…やれやれ。

一体、彼女と付き合っていくためには、他に何があるのか空良にも皆目見当が付かなかったが、そんなことも苦にならないほど、また会いたいと思ってしまう。
今度は、どんなお店に連れて行ったら喜ぶだろうか?

「ねぇ、川波くん。聞いてるの?川波くんったら」

上の空の彼に、今は何を言っても無駄だったかもしれない。


※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。
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