パフェを食べて以来、たまの電話やメールのやり取りはあるものの、空良(そら)は清良(せいら)と一度も顔を合わせていない。
…せっかく、清良ちゃんが好きそうなスィーツの店を見つけたっていうのに。
モデル仲間や大学の友達から、それとなく仕入れた彼女の好きそうなスィーツのお店の数々。
こんなにマメ男だったのかと自分でも驚くほど、それはそれは熱心に聴いている姿を親友の遥(はる)に何度疑われたかわからない。
これまで特定の彼女がいなかったわけではないが、ここまでするのは、やはり彼女の笑顔が見たいから。
それに今の空良には、誘う口実が他に見当たらないこともあっただろう。
彼女と付き合っているわけじゃないし…。
加えて、沙良(さら)の監視が厳しいせいもあって勝手に会いには行けないのだ。
…俺が普通の大学生だったら、もっと。
「どうした?とうとう、俺に惚れたか」
「いい男だからな」といつもの定位置である空良の隣の席に腰掛ける遥に、自分で言ってちゃ世話ないだろうと心の中で呟く。
「悪いが、そういう趣味はないんで。俺はどっちかっつうと男より女が好きなんだ」
「あんまり俺を恋する瞳で見つめるから、てっきりそうなのかと思った」
あははと笑う遥に2限が休講になって暇を持て余していたところだったと告げると、大げさなリアクションに思わず笑みを漏らす。
自身が言っていたように空良だって彼のことをいい男だと思うし、何より自由に恋愛できる立場にあることを羨ましくさえ感じた。
特別モデルになりたかったわけではないが、必要とされるならと引き受けた自分を今初めて後悔したかもしれない。
「何だよ。彼女と喧嘩でもしたのか?」
「喧嘩か…喧嘩どころか、顔さえ見られないってのに」
「えっ、あんなに女の子の好きそうな店を聴きまわってたのにか?お前にしては珍しいなと思ってたけど、顔が見られないってどういうことなんだよ」
聞いてもはぐらかされて、空良の想い人が誰なのかは遥にもわからなかったが、あの雑誌の表紙に一緒に映っていた彼女だろうことは薄々気付いていた。
しかし、顔も見られないというのはどういうことなんだろう?
モデル仲間なら、すぐにでも会えそうなものなのに。
「監視が厳しくて」
「監視?」
「いや、俺がモデルなんてやってなかったら、堂々と会えるんだけどさ」
「そういうことか。まぁ、こればっかりは仕方ないだろ。お前は一応、有名人だからな」
…仕方ないか。
確かに自分で選んだ道だし、少なからずこういう仕事に就いている者は避けては通れないこと。
限られた中で上手くやっている人だってたくさんいるわけだし。
「だったら、家で会えばいいじゃんか。無理に外で会わなくても男と女なんて」
「そんなことできるわけないだろ。彼女はまだ、高校生になったばかりなんだぞ?男と女って―――」
「は?高校生?!」
あの写真では大人っぽく見えたからか、さすがに遥も彼女が高校生とは、それもなったばかりとは思わなかった。
「あっ」
しかし、言ってしまってからではもう遅い。
遅かれ早かれ、遥には話しておかなければならないことだが、この分だと空良の説明より先に質問攻めにあうことは必至。
「質問は、3つ以内に頼むよ」
驚いた顔がいつの間にかニヤニヤ顔に変化していた遥に先手を打ったつもりだったが、到底3つで収まるはずがない。
空良は、覚悟を決めて席を立った。
◇
遥と特に空良は顔が知られているだけにむやみに外には出ず、カフェテリアに行くと、お互い自販機で缶コーヒーを買って空いているテーブルに腰を下ろす。
急に休講になったせいか二人のようにカフェテリアで暇を潰す者も多かったが、やはり人目を引いてしまうのは仕方がない。
「彼女は高校生って、あの雑誌の表紙の子なんだろ?もっと大人っぽく見えたけどな」
「18くらいにさ」と缶コーヒーを数回上下に振ると、遥はプシュっと音を立ててプルタブを引く。
「あぁ〜」とまるでオヤジのように声を出しながら飲む姿に『家では、風呂上りに腰に手を当てて牛乳飲んでそう…』と空良は勝手に想像して苦笑するが、それよりも、あの日の彼女のことを思い浮かべて確かに制服姿とは違って随分大人びて見えたのは確かだった。
「女の子は、ヘアメークや服装でいくらでも変身できるんだ。さすがに華ノ宮女学園の制服姿を見た時は別人だったけどな」
「え?華ノ宮って、俺の妹と同じかよ」
聞いたことがあったようななかったような、恐らく聞いていたはずなのに記憶にないのはその時は全く興味がなかったからで、確か遥の妹もこの春高校生になったばかりだったから、もしかすると清良のことも知っているかもしれない。
「遥の妹って華ノ宮女学園だったのか。だったら、清良ちゃんって知ってるか?モデルの水城 沙良(みずき さら)の妹なんだ」
「は?知ってるも何も、その子なら妹の友達で何度も家に遊びに来たことがある。だけど、言っちゃあ何だが今時珍しいくらいに随分と地味な子だったはず…」
「だから、逆に覚えてたんだ」と首を傾げながら話す遥には、まだ雑誌の表紙の彼女と実際の彼女とが結びつかないらしい。
それは彼だけでなく、空良だって同じことだったが、それでもどっちの彼女も愛しいことに変わりはなかった。
「あの日は沙良の撮影に付いて来てて、それも彼女の策略だったみたいだけどな。俺も初めて会ったし、清良ちゃんはモデルでも何でもないんだよ」
だから、知らないフリなんかして誤魔化したのかと、遥は今になって思う。
「それじゃあ、部屋に連れ込むわけにはいかないな」
空良もコーヒーの缶を数回振ってプルタブを引いたが、そこはモデル、何の変哲もないシャツにジーンズで長い足を組み、それだけでもサマになっているなと遥も感心せざるおえない。
「おまけに怖いお姉さまの監視が付いててさ。この前、こっそり彼女の学校まで車で行って誘っ
たのがバレて、勝手に会いにも行けやしない」
「行ったのか?華ノ宮に」
乙女の園に今をときめくモデルの空良が行けば、どんなことになるか。
バレたら、想像しただけでも大騒ぎに違いない。
…何と無謀な。
そこまでしても、会いたかったんだろう。
今の空良なら、どんな女性だって落とせるはずなのに普通の女子高生に夢中とは。
「他に方法がなかったんだ。連絡先も知らないし、沙良が絶対教えてくれるわけないしな」
「俺も見たかったな。お前が女子高生を連れ出すところ」
「あのなぁ、連れ出すって誤解を生むような変な言い方はしないで欲しいんだけど。ちゃんと同意の上だし」
ワザと嫌味な言い方をする遥にそう答えたものの、実際には胸を張って言えたものじゃない。
同意も何も、一度会っただけであんなふうに車で連れ出したのは大人としてあまりいいやり方ではなかったとは空良にとっての反省の念である。
「まぁ、事情はわかったけど、そんで彼女と会う方法だろ?人目につかないところなんて難しいよな。時間だって限られるだろうし」
「ほんと、お前の言うように家に連れて来たいけど、真っ先に沙良に言われたからな。『川波くんの家になんか連れて行っちゃダメっ』ってさ」
彼女だって、いきなりそんなことをすれば、それは警戒するかもしれないし。
手を繋いで明るい空の下を二人で歩くのは、所詮無理な話なんだろうか…。
「俺が一肌脱ぐか」
「えっ、遥が?」
とはいっても、一体どうしようというのだろう。
こういう時の遥には、何か良からぬことを考えているとしか思えないが…。
「まず、俺にお姉さんを紹介しろ」
「はぁ?何で、沙良を」
「4人で会えば、誰も疑わないだろう」
「いい考えだ。うんうん」と一人ゴチているが、都合がいいのは遥だけだろう?とそこんところを強く言いたい。
そりゃあ、彼女には男はいないとこれも自己申告だから何とも言えないが、それに第一、沙良だって自分と同じで大っぴらに外を歩けるわけではないのだから、4人でいたりしたら余計に目立ったりしないだろうか。
「沙良に会いたいだけだろ」
「彼氏いんのか?」
「さぁな」
「なぁ、提案だけでもしてみろよ。お姉さんだって、自分が妹に付いてりゃ心配しないんだろう?」
言われてみればそうだが、後は沙良が何というか。
急に浮かれ始めた遥を尻目にもしかしたら、この二人の間に何かが起こるかもしれない。
空良には、そんな予感がしてならなかった。
※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。
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