デートの当日は映画を見る最寄駅で待ち合わせ、なんだか落ち着かなくて早く着いてしまったけど、それより何より周囲の視線が気になって仕方がない。
やっぱり変なのかな?
だってあのお姉さん、ベタ褒めするからっ!
などと、ひとり毒づいてみてもしょうがない。
まだ時間があったから、周りの視線を気にしないために壁に寄りかかっていつも持ち歩いている文庫本を読む。
「ねぇ、そこの本読んでる彼女、彼氏と待ち合わせ?」
不意に声をかけられて一瞬自分のことではないと思ったが、取り敢えず顔を上げると目の前には軽そうな男の人が立っていた。
一応スーツは着ているけどネクタイはしていなくて、かなりシャツのボタンも開けている。
いわゆるホストみたいな人。
「何か」
ギロッと睨み返すと彼は、慌てて顔の前で手を振りながら否定する。
「そんなに怖い顔しないで、決して怪しい者じゃないから。って、言っても信じてもらえないか」
彼は、ポケットから取り出した名刺をあたしに差し出す。
そこには、石田プロダクションと書いてある。
石田プロダクションと言えば大手の芸能事務所だが、そんな人が一体あたしに何の用があるというのだろうか。
「俺、スカウトやってるんだけど、君ほどの子ならもうどこかの事務所に入っちゃってるよね」
「スカウト?」
街で声をかけられて芸能界入りなんて話はよく聞くが、まさか自分がそれをされるとは思ってもみなかった。
「あたしはどこの事務所にも所属してませんし、そんな気もありませんから」
「え、ほんと?ほんとにどこの事務所にも入ってないの?」
入ってないの?って、入ってるわけないじゃないねぇ。
「しつこいですね。本当ですから」
「そうはいかないな、こんなダイヤの原石以上の掘り出し物なんてそうそうないからね」
一瞬この言葉に似たようなことを昔言われたような気がしたが、今はそれを思い出している暇はない。
それより早く、雅くん来ないかな。
「彼氏まだ来ないようだったら、今から一緒に事務所来てくれない?」
なんですと?事務所に来いですって?
これから、雅くんとの大事な初デートだってのに何で、あたしがそんなところに行かなきゃならないのよっ。
「はぁ?何言ってるんですか。あたしは、そんな気ないって言ってるじゃないですか」
「こっちも商売なんでね、そう簡単に諦めるわけにはいかないんだ」
彼も彼とて、必死なのだろう。
そう簡単には引くつもりはないらしい。
無理矢理連れて行かれそうになったところで、誰かがあたしの腕を掴んで引っ張られた。
「俺の彼女をどうしようって言うんですか?」
その声は…。
「雅くんっ」
あたしは安堵のあまり、雅くんの胸に抱きついた。
「こんなに震えてるのに一体、どうしようって言うんですか」
今まで聞いたことがないくらい低い声で言う雅くんに少し怖さを感じてしまう。
「君、彼氏?俺はこういう者なんだけど、彼女芸能界で絶対売れると思うんだ。だから、君からも説得してくれないかな」
「話はわかりました。その気があったらこちらから連絡入れますので、今日はお引取り下さい」
いつも穏やかな雅くんが、今は別人のように冷たい声と表情でさすがのスカウトマンもそれ以上は何も言うことができず、名残惜しそうに何度も連絡をくれるように言うとそそくさとその場を退散していった。
「美花、大丈夫?」
「雅くん、ありがとう。もうちょっと来るのが遅かったらどうしようかって思った」
「ごめんな、怖い思いさせて」
まだ少し震えている美花の肩を抱いて、マジマジと彼女を見つめる。
今日の美花の服装を見て、あのスカウトマンが声をかけたのもわからなくもないが…。
「どうしたの?あたしの服装やっぱり変?」
「いや、そうじゃないんだ、その反対。超似合ってるし、可愛いすぎてどこに目をやっていいかわからないくらい」
これは、雅巳の率直な感想だった。
待ち合わせ時間ギリギリに着くとなにやら男の人に詰め寄られているような女の子が目に入る。
それが美花だと気付いたのはすぐ後のことで、まさかあんな格好をしているとは思いもしなかった。
元々スタイルはいいと思っていたけど、ミニスカからスラッと伸びている足は体の半分以上あるんじゃないかと疑うくらい長い。
それにかなり胸元の開いたニットに男の視線は釘付けで…。
「ほんと?」
雅巳に似合ってると言われて、さっきまでの不安そうな顔は一気に最高の笑みに変わる。
そんな顔を見せられるとそれこそデートどころではなくなってしまうのだが…。
「あぁ、でもこれはマズイな。俺の前だけならいいけど、周りの男共にさらすのは刺激が強過ぎるかも」
「ごめんね、雅くんはどんな服装していったら喜ぶかなって彩那に聞いたら、ミニスカでしょって言われたから。それにショップのお姉さんも、彼氏喜ぶよって」
「美花が謝ることないよ、俺のことを思ってしてくれたんだから。でも今日は、俺から絶対離れちゃダメだよ。いつ変な男が寄ってくるかわからないからね」
その姿が目に浮かぶようで、確かに雅巳にとっては嬉しい限りだったが、人前にさらすのは…。
思わず雅巳は、美花の腰に手を回すと自分に密着させるように抱き寄せた。
「ちょっ、まっ雅くんっ」
まだ手だって繋いで歩いたこともないのにいきなり腰に手を回されて、恥ずかしいのなんのったら。
美花の顔は、一気に赤く染まっていく。
これはある意味、ミニスカ以上に恥ずかしいわけで。
なんて美花の気持ちを他所に映画の時間だからと雅巳は、そのままスタスタと歩き出す。
その後、美花は雅巳の側にぴったりとくっ付いたまま一日を過ごすことになるが、それがまた雅巳には忍耐の一言でしかなかったことを彼女は知らない。
どこを歩いていても全ての男の視線が、美花に降り注いでいるのがわかる。
こんなに可愛い彼女がいるんだぞと知らしめたい半面、自分だけのものであって欲しいと願ってしまう。
なんて我侭なんだろう。
そして我侭ついでにもう1つ、雅巳の前以外でのミニスカ禁止令を出したのだった。
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