Happy Happy Date
STORY3


その後は映画を観たが、はっきり言って雅巳はそれどころじゃなかった。
美花は予想に反してアクションものをチョイスするものだから、興奮してくると雅巳の手を握るのだ。
昔からそういうところは変わっていないようだけど、今のこの状態は男としてはきつ過ぎる。

「すっごい、面白かった」
「だな」

少し興奮気味の美花に対して、あまり映画に集中できなかった雅巳の返事は妙に曖昧だった。

「雅くん、こういうの好きじゃなかった?」
「いっいや、違うよ。すっげぇ、面白かった」
「ほんと?」
「ほんとほんと」

なんか変だなぁ。
雅くんはアクションものが好きだから、もちろんあたしもそうだからってことでこの映画を選んだのに面白かったと言う割りにこの反応は納得できない。

「ねぇ、雅くん。無理することないからね、面白くなかったのならそう言って。でないとあたし、どうしていいかわからないから」

きっと雅くんは優しいから、あたしに合わせてくれていただけなのかもしれない。

「美花っ、ちっ違うんだよ。あんっもうっ、何やってんだ俺は」

慌てて否定する雅巳だったが、美花にいらぬ心配をさせてしまった自分に腹が立つ。

「雅くん?」
「ごめんな、別に映画が面白くなかったわけじゃないんだ。前から観たかったし、今日は楽しみにしてた。でもさ、美花のそんな可愛い格好を見せられて、映画館でもずっと手を握られてさ、それどころじゃなかったの。俺の気持ちわかる?」
「え?」

目を泳がせながら言う雅くんは、心なしか顔が少し赤いような気がする。
要するに雅巳は映画がつまらなかったわけではなく、美花のことが気になってそれどころではなかったのだ。

「はい、この話はこれでおしまい。美花は余計な心配しなくていいの、俺は嫌なものは嫌って言うし前からそうなの美花も知ってるよな?恋人同士になったからって、それは変わらないんだから」

そうだった。
雅くんは昔から好きなものは好き、嫌いなものは嫌いって、はっきり言う人だった。
なのに…でもね、なんか不安になっちゃうんだもん。
好きな人がちょっとでもいつもと違ったりすると、もしかしてって思ったり。
だけど雅くん、そういうところも変わってなくてやっぱり嬉しいかも。

「何、笑ってるんだ?」
「うん、雅くん変わってなくて嬉しいなって思ったの」
「そうか?美花の心配性なところも変わってなくて、俺も嬉しいけど」

美花はいつだって相手のことばかり考えて、すぐに自分を責めてしまうところがある。
―――彼女には、俺の隣で笑っていて欲しいから。

「そうだ、この近くにケーキの美味しい店があるんだって。美花、行ってみる?」
「うん、行く行く!」

単純だってわかっていても、この誘いにはつい乗ってしまう。
それを知ってて言う雅巳も雅巳なのだが…。
いくら笑顔を見たいからとは言っても、これは殺人的だな。



雅くんの連れて行ってくれたカフェは、乙女チックでとっても可愛らしい女の子なら誰でも好みそうなお店。
どうして知っているの?という野暮な質問は、この際しないことにする。
雅巳だって美花との初デートである、こういうツボはあらゆるツテを使って既に押さえてあったのだ。

「やぁ、可愛い」
「美花、好みだろ?」
「うん、でもケーキも美味しいんでしょ?」

店の可愛さもさることながら、美花の心は既にケーキに飛んでいた。
そこがまた、美花らしいと雅巳は思う。

「そうだよ。美花の好きなフルーツタルトとイチゴのムースがお薦めらしいよ」
「ほんと?でも雅くん、甘いもの苦手よね」

あたしは大の甘い物好き、でも雅くんは甘い物あんまり好きじゃなかったはずだけど。

「そういうことはナシ。俺は食べなくても、コーヒーが飲めればいいし」

雅巳には美花の美味しそうにケーキを食べる姿が見られれば、それでいいのだから。
それをここで言うと美花はまた真っ赤になって言い返してくるから、敢えて言わないけれど。

「じゃあ、遠慮なく」
「そうして」

雅くんの言っていたようにあたしはフルーツタルトが大好きだけど、お薦めだっていうイチゴのムースも捨てがたくって…。
俺が頼んだことにすればいいだろ?の雅くんの一言につい、2つ頼んでしまったのよ。
最近、ちょっと太り気味だっていうのにねぇ。
ほんと甘いものには、弱いんだわぁ。

「いやぁん、めちゃめちゃ美味しそう」

―――そんな甘い声、ここで出すな〜。
きっと美花は、無意識なんだろうなぁ。

夢中になっている美花には、そんな声は届くはずもなく…。

「美味しいっ」
「それは、よかった」

今の雅巳の顔は、多分緩みっぱなしだろう。
悪友達が見たらなんと言うか…。
自分でもこんな穏やかな日が来るとは、思ってもみなかった。
中学の時に美花が柏葉に告って以来、雅巳は自分の気持ちを心の奥底に抑えていた。
傷ついている美花に付け入るような形では、絶対に自分の想いを伝えたくはない。
そして彼女が急に勉強を始めてしまい、その機会も失って…。
高校に入ってからなんとか美花に追いつこうと頑張ってはみたものの、会うことも話すことも、まして気持ちを伝えることすらできなくて…。
そんな時、付き合って欲しいという子の申し出を雅巳は、断るすべもなく受け入れてしまう。
それからだろうか、気持ちはいつもどこかに行ったままで女の子と付き合うようになったのは。
それなりに見られるようになった容姿に有名大学の医大生とくれば、誰でも自分に近づいてくる。
開業医という家柄、金に困ることもないし相手もそれをわかっているからデート代は全部こっちが持つのは当たり前、まあそんなことはこの際どうでもいい話だが、相手の気持ちを思いやるどころかどんどんと束縛してこようとする。
だからなのか、女の子の前では雅巳の表情が変わらなくなったのは…。
冷たい男だなというのが、高校時代からの悪友達から見た雅巳の印象だろう。
それがどうだ、今ここにいる雅巳の顔は全く想像ができないくらい笑顔に満ちているのだから。
さっき映画を観る時にも美花は、自分のチケット代を払うときかなかった。
当たり前になっていた雅巳にはなぜ?という疑問でいっぱいだったのだが、美花は平然とした顔で『あたしたち、まだ学生なのよ?そういうのは、雅くんが立派なお医者様になってからね』と言ったのだ。
美花は、忘れていたことを自分に思い返させてくれた。
このカフェを探したのだって美花が喜んでくれるだろうというその思いだけだったけれど、いきなりそういうことを雅巳が言うものだから、周りの連中の驚きようったらそれはすごいものだったし。

「雅くん、疲れた?」

ついもの思いにふけってしまった雅巳に、美花は疲れたのだと勘違いしたようだ。

「そんなことないよ。この後、どうする?」
「雅くんさえよかったら、ちょっと買い物とかしたいかも」
「了解」

あたしは雅くんの分のケーキまでしっかり堪能して、カフェを後にした。


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