―――あたしの取り得は明るくて元気で、どんなに辛いことがあっても、絶対メゲナイ―――
それは、あの日を境にあたしの中からすっかり消え去ってしまったけれど…。
中学2年の夏休みに入る前のこと。
期末試験も終わり皆の心は夏休みへスリップしている時、あたしは柏葉への思いを告げる決心をした。
そして、柏葉がサッカー部の練習に行こうとしていたところに声を掛けた。
「柏葉君っ」
あたしが名前を呼ぶと柏葉はあからさまに嫌な表情になったが、頭に血が上って興奮気味のあたしにはそんな彼の変化など気付くはずもなく…。
「あんた、誰?」
「C組の白浜美花って、言います」
「その白浜美花さんが、俺に何の用?」
「あっ、あの…あたし…柏葉君が、ずっと好きでした。付き合ってください」
あたしは頭を下げて、一世一代の告白をした。
だが、少しの沈黙の後に柏葉はこうのたまったのだ。
「ブハッ。あんた自分の顔、鏡で見たことあんの?」
「え?」
『そりゃあ鏡なんて毎日見るに決まってるじゃない』と思ったけれど、それを口に出す間もなく次の言葉であたしは奈落の底に突き落とされた。
「ブスのくせに俺に告るなんて、100年早いっての」
柏葉は、そう吐き捨てて行ってしまった。
あたしは、その場にどれくらいいたのだろうか?
気がついた時には既にあたりは真っ暗になっていたから、相当な時間が経っていたのだろう。
その後は、どうやって家に帰ったのかも覚えていない。
ただ、不思議なことに涙は出てこなかった。
フラれることは予想していたことだったからそれに対してどうこうということはないが、あまりに柏葉の態度が今まで見ていたのと違っていたことの方にショックを受けていた。
彼は、いつだって優しい笑顔を向けていてくれた。
それが、違っていたのだと…。
次の日、学校へ行ってみるとあたしの告白話で話題が持ちきりだった。
そりゃあそうだろう、あたしみたいなブスが前代未聞の告白劇をやってのけたのだから。
でも、救いだったのはすぐ夏休みに入ったこと。
人の噂も七十五日とは、よく言ったものだ。
『昔の人はすごい!』なんて感心している場合ではなかったけれど、あたし自身もいい経験ができたと思う。
あの頃のあたしは頑張れば必ず願いは叶うと信じていたし、それを疑うこともなかった。
しかし、どんなに頑張っても世の中には叶わないこともあるのだと見た目ってそんなに大事なことだったんだと身を持って知ることができたのだから。
それからのあたしはと言うと『馬鹿とブスこそ勉強しろ』なんてドラマの台詞じゃないが、夏休みを機に勉強に明け暮れた。
元々成績も悪くない方だったがどこまでできるか自分を試してみたいというのもあったし、なによりそれで気を紛らわすことができたから。
そして一年半後、あたしはうちの中学からはまだ誰も進学したことがない全寮制の超がつくようなお嬢様&難関校である聖マリア女子学院高等科へ見事入学を果たすのである。
高等科での募集は中等科で欠員が出た場合にしか行われないから、裏を返せば欠員が出なければその年の募集はないことになる。
運がいいことにあたしが受験した時、3名の欠員が出ていたのは珍しいそうだが、海外にある姉妹校に留学した生徒がその年多くいたかららしい。
聖マリア女子学院に通うことはあたしの強い希望で担任とごく親しい友達にしか知らせていなかったから、あたしの存在などまるでなかったかのように皆の記憶から消えていった。
+++
聖マリア女子学院は幼稚園から大学までの一貫校で、有名企業の社長令嬢や大企業に勤めるエリートの子女が全国から集まっていたが、校風なのか高等科からの入学者であるあたしに対してもありがたいことに皆とても優しく接してくれた。
それどころか出席番号でたまたまあたしの前だった彩那は、あたしを見るや否や『ダイヤモンドの原石だわ』とかなんとか言ってあたしを別人のように変身させたのだ。
ニキビもアレルギーのある眼も専門の病院を紹介してくれたおかげですぐに良くなり、一生付き合うことになると半ば諦めていた分厚いメガネともあっさりとおさらばすることができた。
あたしは小さい時からずっと牛乳瓶の底メガネをかけていたから実際よりもかなり眼が小さく見られていたが、実はとても大きくてぱっちりの二重。
元々綺麗な黒髪だったのを中学の校則でひとつに結んでいたが、校則などあってないようなマリアでは髪を下ろすだけでも美少女の完成だった。
それからのあたしは休みの日になると街に出て彩那達と映画を見たりショッピングをしたり、今までとは打って変わって外に出るようになった。
歩いていても自分に視線を向けられていることがはっきりわかるほどで、それも男性からは特別だったのは気のせいではなかったと思う。
でもあの出来事以来すっかり男嫌いになってしまったあたしには、そういう眼で見られることは苦痛でしかなかったけれど。
外見がよくなるとこんなにも人の扱いが違うものなのか…。
中身は、変わらないあたしなのにね。
そう叫んだところで、この声は誰にも届くはずはなかった。
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