柏葉の熱い視線があたしに向けられていることは、否応なしにもわかる。
この男は、今ここであの時告白したすっげぇブスの白浜美花はこのあたしだと言ったら、どうなるのだろうか?
それでも、あたしにあんな視線を向け続けるのだろうか?
彩那は柏葉のことが気に入ったようで一生懸命話しかけているが、彼の表情は鈍い。
確かに前に並んでいる男性陣の中では一番いい男かもしれないけれど、なぜそんな安易なことで人を好きになってしまうのだろう。
表面は最高でも、中身は最低なのに…。
そんな男を好きになってしまったあたしは、もっと最低だ―――。
どうしようもなく虚しくなって、泣きそうになる。
柏葉に酷いことを言われたあの時でさえも涙は出なかったのにどうして、今頃になって…。
取り敢えずバックを持ってトイレに行き、呼吸を整えると鏡に映った自分の顔がまるで仮面のように見えた。
これ以上ここにいる仮面を被った自分が許せなくて、彩那には悪いと思ったがあたしは内緒で店を出ることにした。
幸い持ち物は持っているバックだけだったのと皆の座っている席からは死角になっていて、トイレからそのまま出口へ向かってもあたしの姿は見えない。
トイレのドアを開けて突き当たりの角を曲がろうとした瞬間、目の前に柏葉が立っていて、あたしは驚きのあまり心臓が止まるかと思った。
「ねぇ、ミカちゃん。俺と二人っきりで、どこか静かなところに行かない?」
どうやら柏葉は、あたしのことを待ち伏せていたようだ。
―――誰が、あんたなんか…。
そう思っても、うまく言葉が出てこない。
「ごめんなさい。あたし、気分が悪いので先に失礼します」
柏葉の横を通り過ぎようとしたところで、腕を掴まれた。
「嫌っ」
「ご…めん。でもそうだったら、尚更俺が送っていくよ」
咄嗟に拒絶したものの、柏葉はそう簡単には引かないつもりだろう。
だからといって、黙って彼の言うなりになるほどあたしは落ちぶれてはいない。
「結構です。手を離してくれませんか?人を呼びますよ」
ただ事でないあたしの言い方にさすがの柏葉もすんなりと手を放す。
そのまま真っ直ぐに出口へ向かうと足早に店を後にした。
どこへ行くともわからず歩いているとさっき収まったはずの涙が、ものすごい勢いで溢れ出してきた。
もうどうにもそれを止めることができなくて、頬を伝う涙を拭うこともなくあたしはひたすら歩き続けた。
その間もあたしを好奇の目で見る者もあれば哀れみの顔で見つめる者もいたし、そういう時に声を掛けてくる不届き者もいた。
どうして、あんな男を好きになってしまったのだろう?
どんなに外見が変わっても、楽になれないのはなぜなのか…。
「美花?」
今自分がどこを歩いているのかもわからなくなっていた時、不意に後ろから呼び止められた。
お父さん以外にこうあたしのことを呼ぶのは…。
「雅?…くん?」
「あぁ、やっぱり美花だね。あんまり綺麗だから、別人かと思ったよ」
変わらぬ笑顔であたしを見つめている雅くんこと山本 雅巳はうちの斜め前にある医院の息子で、幼稚園から中学校までずっと一緒だったいわゆる幼馴染。
雅くんは一人っ子だったのと近所に同年代の子供はあたししかいなかったから、いっつも一緒に遊んでいた。
小学校に入ってからもそれは変わらなくて、背もあたしと同じくらいだったし、雅巳という名前も女みたいと同級生の男の子達に冷やかされても関係は変わらぬままだった。
いつだって優しくて、あたしのこと守ってくれて…。
でも目の前に立っている雅くんはあの頃の小さい彼ではなくて、168cmあるあたしでさえも見上げなければ顔を見ることができない。
それに目元に面影はあるが、柏葉なんか比べ物にならないくらいカッコいい。
「雅くんこそすごく変わっちゃって、一瞬わからなかったわよ」
「そうか?でもどうしたんだ、こんなところで。…美花?」
「雅く…ん…」
収まっていた涙は、幼馴染を目の前にして再び溢れ出した。
雅くんは突然泣き出したあたしに驚いた様子だったけど、何も言わずに自分の胸に抱き寄せる。
暫くの間、雅くんはそのまま、ただ黙ってあたしが泣き止むのを待っていてくれた。
時折背中をポンポンと叩かれるのが心地よくて、ふと昔のことを思い出していた。
あたしは小さい時ものすごく泣き虫で、幼稚園でクラスの男の子に虐められるとその度に雅くんに泣きついて。
そんなあたしを面倒にも思わずに雅くんはこうやって背中をポンポンと叩いて、落ち着かせてくれたんだった。
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