SLS
No.10 都合のいい女…


「陽」
「結衣、ちょうどいいところで会った」

結衣は周りを見て誰もいないことを確認してから、彼の名前を呼ぶ。
陽は所構わず、結衣のことを名前で呼び捨てるけど、会社内ではやっぱり恥ずかしい。

「なぁ、今夜泊めて?」
「え?」

泊めてって、言われても…。
そんなことをいきなり言われたって、困るんだから。
掃除だってしてないし、色々準備ってものが…。

「いやぁ、今夜飲み会なんだよ。大学時代の友達と飲むんだけど、あいつらと飲むと終わりがないんだよ。どうせ終電もなくなるだろうから、俺の家より結衣の家に行く方が近いからさ」

何よ、それ。
家をホテル代わりにしようって、わけ?
冗談じゃないわよ。
あたしは、そんなに都合のいい女じゃないんですからねっ!

「そういうことなら、他をあたってください。町田さんなら、いくらでも喜んで泊めてくれる方がいるんじゃないですか?それも、女性の」
「はぁ?そんなやつ、いるわけないだろうが。結衣、何怒ってんだよ」
「別に…怒ってなんか」

いませんけど…。
っていうか、本当は怒ってるんだけど。

「だったら、頼むよ。ベットとシャワーだけ、貸してくれればいいからさ」

「じゃあ」と、言い逃げするように彼は行ってしまった。

いくら陽の頼みでも、こんなの喜んで『いいわよ』なんて、言えないんだからね。
家に来たって、絶〜対入れてあげないんだから。
だいたい、終わりがないって、あたしはそんな時間まで待てないんですぅ。



あたしは、お友達と一杯やってから家に帰る。
いつ来るかわからない陽のことなんて、健気に待っているような可愛い彼女じゃないんですよっ。

あ〜久しぶりに美味しいものを食べて、ワインなんて飲んだら、ほろ酔い気分で超気持ちいい。
『あれ?』
うそ…陽が、何で…。

あたしの家の前で、ドアに寄りかかるようにして陽が煙草を吸っている。
『あいつらと飲むと終わりがないんだよ』って、言ってたのに。
時計を見れば、まだそんなに遅い時間じゃない。

「陽、どうしたの?」
「どうしたじゃないだろ。結衣こそ、どこ行ってたんだよ」
「どこって、お友達とご飯食べてたけど」
「ご飯ってなぁ。―――お前、結構飲んだだろ」

ドアの鍵を開けるあたしの側にいた陽にも、飲んでいるのがわかったのだろう。

「いいでしょ。お酒ぐらい飲んだって」

何よ、あたしだってお酒くらい飲むわよ。
自分だって、飲んできたくせにぃ。
あら?それにしても、あんまり飲んでいないのかしら?
陽を見る限り、そんなに飲んでいるようには見えないし。

仕方なく彼を入れてあげて、お茶でも入れることにする。
飲んだ後の一杯は、美味しいのよね。

「ねぇ、こんなに早く帰って来ても良かったの?」
「結衣に早く会いたくて、途中で抜け出してきた」
「え?」
「初めは、調子よく飲んでたんだよ。でもさ、みんなで彼女のノロケ話とかしてるうちに結衣に会いたくなって」

やだ…。
どうして、そういうこと言うのよ…。
家をホテル代わりにして、あたしは都合のいい女じゃなかったの?

「あたしは、都合のいい女なんじゃ…」
「何、言ってんだ。そんなわけ、ないだろう?」
「だって、自分の家に帰るより、あたしの家の方が近いからなんて…」
「そんなの、口実に決まってるだろうが」

陽にぎゅっと抱きしめられて、頬に触れる手が冷たい。
どれくらい、外で待っていたのかしら…。
彼の手の上に自分の手をそっと重ねて、熱を伝える。

「馬鹿ね。こんなに冷たくなって」
「結衣が真っ直ぐ家に帰って来れば、こんなことにはならなかったんだ」

そうなんだけど…。
全く、自分勝手なことばっかり。
だけど、今日だけは『早く会いたくて』の言葉に免じて、許してア・ゲ・ル。


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