ジメジメ憂鬱極まりない梅雨時期のせいなのか、はたまた女の子の日だからなのか…。
結衣はここ数日、イライラが治まらない。
―――あぁ〜何でこう、何もかも腹立たしいのかしらっ。
誰も悪くないのに自分だけが、イライラしてる。
八つ当たりも、いいところ…。
「結衣。あのさぁ、ごめん。明日のデートは中止にして」
「えっ、中止?どうしてよっ」
明日は、久し振りに陽とデートする約束になっていた。
先々週は、友達の結婚式に呼ばれて陽は実家に帰っていたし、先週はというと土曜日は彼の都合が悪く、日曜日はあたしの都合が悪かったから、結局お互いすれ違い。
だから、今週こそはと楽しみにしてたのに…。
「どうしても休み明けに提出しなければならないものがあってさ、土日に出てやらないと終わりそうにないんだよ」
「映画、日曜日までなのよ?終わっちゃうじゃないっ」
陽と見たかった恋愛映画。
ずっと先延ばしになってて、やっと見られると思ったのに…。
「そんなこと言ったって、仕方ないだろ。ほら、友達誘って見に行くとか。待ってたらDVDも出るだろうし、ゆっくり部屋で見ればいいじゃん」
軽く流すような陽の言い方に結衣はカチンときてしまう。
「あたしは、陽と見たかったの。テレビじゃなくて、映画館の大きなスクリーンで」
「悪いけど、今回は諦めて。な?」
陽だって、結衣に自分と見たかったなんて言われて嬉しくないはずがない。
でも、こればかりはどうにもならない。
結衣に諦めてもらうしかないのだ。
「何よ!陽は、仕事とあたしとどっちが大事なの?」
「はぁ?何、言ってんだよ」
「いいわよ。陽は、あたしなんかと付き合うのが面倒なんでしょ?」
「ちょっと待てよ。どうして、そういう話になるんだ?俺はそんなことは言って―――」
「もう、いいっ。陽なんか、大嫌いっ!」
「おいっ、結衣っ。待てよ」
「知らないっ。もっと物分りのいい、彼女を作ればいいでしょ?あたしも、そうするからっ」
陽の制止を振り切って、結衣は行ってしまう。
仕事だからという理由でデートを断るのは申し訳ないと思うが、いくら大事な彼女のお願いとはいえ、それをきいてあげることはできない。
しかし、好きな子に“大嫌いっ!”って言われることほど、辛いことはないなと思う。
ん?ちょっと待てよ…今、『あたしも、そうするから』って言ったよな。
まさか…別れるっていうんじゃないだろうな…。
そうは思いたくないが、陽の脳裏にその言葉が浮かんでくる。
結衣―――
そんなこと、絶対受け入れないからな。
なんとしてでも、彼女の機嫌を直させるために陽は徹夜覚悟で仕事に集中するのだった。
☆
『はぁ…何で、あんなこと言っちゃったんだろう…』
結衣は後悔の念に苛まれながら、トボトボと自分の家に向かって歩いていた。
彼の言う通り友達と見に行くか、DVDを借りて来て見ればいい話。
なのに素直に“うん”とは、言えなかった。
それもこれも、全部このわけのわからないイライラのせい…。
『もっと物分りのいい、彼女を作ればいいでしょ?あたしも、そうするからっ』なんて、思ってもいないことを言って…。
きっと、ものすごく怒ってるに違いない。
―――どうしよう…。
そう思ったら、自然に結衣の足は元来た方へと引き返していた。
☆
「陽っ」
『おいおい、俺はとうとう結衣の空耳まで聞こえるようになったのか?』
一人オフィスのフロアで仕事を続けていた陽だったが、さっき彼女に言われた言葉が頭から離れなくて…。
しかし、ここで自分の名を呼ばれるはずもないのに彼女の声が聞こえるとは…。
「陽…ごめんなさい。あたし、あんなこと言って」
「えっ、結衣。どうしたんだ?」
空耳だとばかり思っていたが、彼女はすぐ目の前にいる。
「あたし、わからないけどイライラしてて…。陽は何も悪くないのに勝手に八つ当たりして…」
「さっき、大嫌いっ!もっと物分りのいい、彼女を作ればいいでしょ?あたしも、そうするからって言ったよな?あれ、本気?」
「ちがっ、そんなわけない」
ブルブルと首を左右に振る結衣に、ホッと一安心の陽。
もしも、本気だったら…。
そんなことは…ないか。
「ほんと?」
「うん」
「じゃあ、大嫌いを撤回してくれる?」
「うん。大好き」
文字にすればほんのちょっと違うだけなのに、こんなにも胸を熱くする言葉に代わるものなのか…。
「俺も好き」
陽は結衣の頬に手を添えると、羽が触れるようなくちづけをひとつ落とした。
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