SLS
No.8 喧嘩


陽と喧嘩した。

というか、あたしが怒ってるだけ、なんだけど…。
だって陽ったら、仕事仕事って最近ちっとも会ってくれないし、電話を掛けても『忙しいから』ってすぐ切られちゃう。
メールだったらと送ってみても、今度は一向に返事が返ってこない。
次の日、会社で文句を言うと『あっ、見るの忘れてた』なんて、ひどすぎる。
忙しいのはわかるけど、5分でも1分でも電話に出られないの?
メールの返事も忘れるほどあたしって、どうでもいい存在?

「ねぇ。そんなに意地張ってないで、許してあげたら?彼、謝ったんでしょ?」

同じ部で仲良しの子にそう言われても、絶対許してあげないんだから。
だいたい、謝ったって言うけど、『ごめん』だけよ?
そんなの、謝ったうちに入らないわね。

「あんなの謝ったって言えないし、ここで引いたら、彼のことだから絶対付け上がるもん」
「うわぁ、結衣ったら怖〜い」

怖くて、結構。
あたしに尽くすとか、しおらしいなんて言葉は似合わないんですぅ。

「結衣、そこ」

彼女が、目で合図する。

「ん?」

陽…。
一体、何しに来たのかしら。

「麻野さん…」
「そうだ。今夜、みんなでパーッと飲みに行こう?」
「えっ、でも…結衣、いいの?」
「いいから、いいから」

陽のことなんて無視して、あたしは彼女を連れてスタスタ行ってしまう。
―――でも…陽、あたしに何の用だったのかな。
気にならないと言えば嘘になるけど、たまには強く出たっていいわよね?
久し振りに羽目を外しちゃおうかしら?



定時で上がって、みんなでワイワイ話しながらオフィスを後にする。
と、そこにいたのは…。

「結衣」
「町田さん…」

どうして、ここに陽がいるわけ?
みんながいるって言うのに名前で呼ばないでよっ。

「行くぞ」
「行くって?どこへ」
「どこでもいい。今夜は、俺と一緒に過ごすんだ」

―――うわぁっ、ちょっとっ!勝手な。
腰に腕を回され、有無も言わさずどこかへ拉致される。
でも、なんか怒ってるかも。
さっき、無視したからかなぁ…。

「町田さん?」
「陽と呼ぶよう、言ったはずだろ」
「陽?」
「なんだ」
「怒ってるの?」
「怒ってない」
「うそ、顔が怖い」

怒ってないと言うわりに顔が怖いのは、なぜ?

「結衣が男といたのが、気に食わない」

男といたって、女の子もちゃんといたじゃない。
あっ、でもこれって、もしかしてもしかするとヤキモチだったりする?

「女の子も、いたでしょ?」
「どっちにしても俺は今夜、結衣を誘うつもりだったんだ。なのに無視しやがって」
「陽だって、あたしのことほったらかしにしてたじゃない」
「あれは…」

なによ!自分ばっかり。
まるで、あたしが悪いみたい。

「ごめん、結衣を放っておいたわけじゃないんだ。一度電話に出たら、ずっと声を聞いていたいと思う。メールを見れば、いつまでも携帯から目が離せなくなるだろ」
「えっ」
「だから、今夜は結衣の好きなもの食べに行こう。それで、許してくれる?」
「じゃあ、回転寿司食べた〜い」
「なんで、回転寿司なんだよ」
「スキなんだもん、いいじゃない」

あたしは彼の肩に凭れて、いつになく甘えてみる。

『あたしこそ、ごめんね』

耳元で囁くとニッコリと微笑む彼の顔が視界いっぱいに広がって、唇が重なった。

後ろで、みんなが見ていたことも知らずに…。
後日、散々冷やかされたのでした。


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