「美春ちゃん、大丈夫?」
「え?うっ、うん。大丈夫、もう痛くないよ」
「それもそうなんだけど、あたしが言ったのはそうじゃなくって」
ルミが聞きたかったのは切った指のこともあったが、それよりもさっきからボーっとしている美春のことだった。
咄嗟のこととはいえ、恭のあの行動は側で見ていたルミにも刺激的だったから本人は尚のこと。
他の班の子達からは見えなかったのが、せめてもの救いだったかもしれない。
「美春ちゃん、さっきからボーっとしてるから」
「えっ、あぁ」
あの時は恥ずかしさでいっぱいだったけれど、時間が経つにつれて別の意味で恭のことを意識してしまってまともに顔を見ることもできない。
それがなんなのかは美春にはよくわからなかったけれど、隣の家に住む優しいお兄ちゃんだったはずの恭が今はもっと別の存在に感じてそれをどう受け止めたらいいのか…。
「もしかして、早乙女さんに恋しちゃった?」
「恋!?」
「そう、恋。美春ちゃんは、早乙女さんに恋しちゃったの。ずっと近くにいて、お兄さんみたいな存在だった。だから、今までは早乙女さんのことそういうふうに思ったことって、なかったんでしょ?」
なんとなくわかっていたけど、それをルミにはっきり言われると返す言葉が見つからない。
―――でも、これが恋するってことなの?
「うん。なんかドキドキしちゃって…恭ちゃんといつも一緒にいたけど、こんなふうに思ったことなんて一度もなかったのに」
「そっか、美春ちゃんも一歩前進したってことね」
ルミには恭の気持ちがわかっていただけに、美春が自分の気持ちに気付いただけでもよかったなと思う。
「ねぇ、どうすればいいのかな」
「そうねぇ、いっそ明日のダンスパーティーで告白しちゃえば?」
「えぇぇぇぇぇぇっ、告白!?」
美春にいきなり告白なんて、できるはずがない。
それに恭が自分のことをどう思っているかわからないのに…。
「無理っ、そんなの絶対無理だもん」
「なに言ってるの?美春ちゃんから言ったら、早乙女さんきっと喜ぶよ?」
「恭ちゃんが?」
「うん。早乙女さん、美春ちゃんが自分の気持ちに気付くまで待っててくれてるんだと思う。だから、美春ちゃんから告白したら嬉しいと思うな。それにあたしね、高津さんに告白するっ!」
「ルミちゃんが?」
「うん。だから美春も一緒に告白しよう?」
ルミの潔さは見習いたいところだけど…。
―――恭ちゃん、本当に喜んでくれるのかな、迷惑だって、思ったりしないかな…。
「そうだ、千春さんと遙さんにも相談してみよう?何か、いいアドバイスをしてくれるかもしれないし」
その日の夜、千春と遙にどうすればいいか聞いてみることにした。
◇
一方、恭はというと…。
「いやぁ、恭ちゃん。やるねぇ」
さっきから、ニヤニヤしながら気持ち悪い声を出して恭に絡んでくる雄太。
周りのことなど目に入らなかったし、自分でもどうしてあんな行動に出たのかわからないのだから、答えようがないわけで…。
『なんとでも言ってくれ』
声にならない声を発し、心の中で叫ぶ恭。
ここで言い返したとしても、余計雄太に突っ込まれるだけに決まっている。
この場は、何も言わず黙って過ごすのが1番。
それよりも美春は、自分のことをどう思っただろうか?
なんとなく目も合わせてもらえないように思うのは、気のせいなのか…。
「まぁ、ちょっと美春ちゃんには刺激的だったかもしれないな」
やっぱり…。
「でもさ、これでちょっとは意識してくれるんじゃないのか?お前のこと、男としてさ」
「そうかな…逆に嫌われたりしないだろうか?」
「それはないだろう。まぁ、初めのうちは今までみたいにはいかないかもしれないけど」
美春の様子からして、既に恭を男として意識し始めているのはよくわかる。
あとは、それを本人がどう受け止めるか…。
「なら、いいんだけど…」
「でも、他の女の子たちに見られなくてよかったな。あんなところを見られたら、冷やかされて大変だったぞ?」
「既に冷やかされてるけどな」
「俺なんて、可愛いもんだろう」
『可愛いもんか』と思ったが、この場はそういうことにしておこう。
しかし、あの時の恥ずかしさで顔を赤らめた美春には、ものすごくそそられるものがあった。
まだ子供のようなあどけない表情に少しだけ大人の色気のようなものが感じられて…。
あんな顔を見せられては、これ以上幼馴染の隣のお兄さんでいるのも限界かもしれない。
雄太が言ったように、少しは自分のことを男として意識してくれればいいのにと思う恭だった。
+++
色々なことがあった1日だったけど、みんなでゆっくりお風呂に入ってリラックスしたら、だいぶ落ち着いた気がした。
「美春ちゃん、手の傷はどう?」
「はい。初めはちょっとズキズキしましたけど、もう平気です」
美春と1歳しか年が離れていないのにお風呂上りのせいか、色気もあって千春がとても大人に見える。
「そう、よかった。でも、早乙女くんもやるわね」
「よね」
遙も加わって、やっぱり話はそっちの方にいってしまう。
思い出しただけでも恥ずかしくて、穴があったら入りたいくらいなのに…。
「美春ちゃんは、早乙女くんのことが好きなのよね?もちろん、男の人としてって意味なんだけど」
「は…い」
『男の人として―――』、単刀直入に千春に聞かれて、美春ははにかむように返事を返す。
「そっかぁ、その気持ちは早乙女くんには言わないの?」
「それが…ルミちゃんに明日のダンスパーティーで、告白しちゃえばって言われて…でも、いきなりそんなこと言えそうになくて」
「いいじゃない、言っちゃえば?早乙女くん、喜ぶわよ」
「ほら、あたしの言った通りでしょ?」
横で話を聞いていたルミが、間に入ってきた。
考えることは皆同じということだろうか?
「でも…」
「言っちゃいなさいよ。女は度胸よ」
「遙さんまで…」
「あたしなんて、ダメ元で自分から告白したんだから。千春もそうよね?」
「えっ、千春さんも?」
遙の彼氏というのは同じクラスの高見くん、美男美女カップルでとても有名だったが、千春には彼氏がいるだろうという想像だけで実際聞いたことはなかった。
それに二人とも、自分の方から告白していたなんて。
「本当は言わないつもりだったんだけど、っていうか絶対叶わない恋だって思ってたから。でも、勢いって言うの?遙じゃないけど、ダメ元でね」
「そうよ?千春ったら、初めは彼のこと苦手〜とか言ってたのに今ではラブラブだもんね」
「やめてよ〜、だってほんと苦手だったんだもん」
―――千春さんの彼氏って、どんな人なんだろう?
叶わぬ恋って…。
「千春さんの彼氏さんって、どんな人なんですか?」
そんな美春の思いを代弁するようにルミが核心を突く。
「え〜うん、どんな人って…」
『まさか、根津先生ですぅなんて言えないなぁ』
「すっごくカッコよくて優しくて、千春のこと一途に想ってくれてる人よね?雷に遭って、めちゃめちゃ心配してたし」
「ちょっ、遙!そんなこと言ったら、わかっちゃうでしょっ」
慌てて千春が言ったが、既に遅いかも。
雷に遭った後に心配してやって来たのは、根津先生しかいないのだから。
―――えっ?うそ…千春さんの彼氏って、先生なの?
「もしかして…千春さんの彼氏さんは、根津先生なんですか?」
ルミの問いに「内緒ね」って、小さく頷く千春。
―――うわっ、本当に先生なんだぁ。
先生の彼女は千春さんみたいな人だって、行きのバスの中でルミちゃんと話してたけど、本当だったなんて…。
後で聞いたら、先生が大学生の時に千春さんのお兄さんの家庭教師をしていたんですって。
その時から先生は千春さんのことが好きで、ずっと想っていたなんて…。
あたしも恭ちゃんに告白したら…。
どうなるかはわからないけど、明日自分の気持ちを恭ちゃんに言おう。
そう決めた美春だった。
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