「美春、おはよう」
「おっ、おはよう。恭ちゃん」
恭は至って平静を装っているが、美春の方はやはりどこかぎこちない。
特に恭への想いが以前とは違っているために尚更である。
そして、今夜気持ちを告げる決心をしたものの、まだ朝だというのに既に心臓はバクバクしているし…。
そんな美春に普通!?に声を掛けてくれたのは、雄太だった。
「おはよう美春ちゃん。傷は、痛んだりしない?」
「高津さん、おはようございます。もう、大丈夫です」
「そっか。恭のやつがめちゃめちゃ心配するから、今度からは気をつけてね」
ちらっと恭を見て、意味深な笑みを浮かべる雄太。
恭は内心、『雄太、余計なことを言わなくていい』と思ったが、まぁここでそれは言わないことにした。
彼は彼なりに恭と美春のことを心配してくれていることがわかっていたから。
そして今日は、交流合宿の最終日。
といっても1日各班で自由行動だから、サイクリングや近くの施設を利用してスポーツをやるもよし、写真やビデオカメラで景色や花などを撮影して歩いたり、絵を描いたりしてもいい。
恭達の班はというと、これまた女性陣の要望でサイクリングに決定。
2台合体した、よく高原なんかで見かけるような自転車に乗りたいんだそうだ。
もちろん恭は美春と、雄太はルミと一緒に乗ることになった。
「恭ちゃん、あたしねこれに乗ってみたかったの」
さっきまでのぎこちなさも、自転車のおかげで解消されたよう。
すっかりいつもの美春に戻っていた。
「大丈夫か?これって息が合わないとうまく乗れないんだろ?」
「恭ちゃんとだったら、大丈夫。息だったら、ピッタリだもん!!」
「そうか?」
なんだか“ピッタリだもん”と元気よく言われると、嬉しいような恥ずかしいような…。
恭はひとり照れているとすかさず雄太に突っ込まれる。
「恭ちゃんと美春ちゃんは、息がピッタリなの?いいわねぇ」
『オイオイ、お前は何者だ!?』と再びひとり心の中で囁くも今度は、声に出す。
「雄太、キモイんだよ」
「うわっ、恭ちゃん親友に向かってキモイなんて、失礼ね」
「お前なぁ」
なんで、こんな男を親友に持ったのか…。
どうも美春が高等部に入学してからというもの、雄太が恭をからかうようになったのは気のせいではないだろう。
恭自身も学校ではかなり変わったように思うし…。
それがいいのか悪いのかは、わからないけれど。
◇
雄太とルミを先頭に恭と美春、そして千春と遙はそれぞれ一年生の男子とペアを組んでサイクリングコースを走る。
今日もいいお天気で、この分だと野外で行われる夜のダンスパーティーも心配ないだろう。
初めこそバランスをとるのが難しかったが、慣れてしまえば意外に楽だったりして。
「イチ!」「ニ!」と交互に声を掛け合いながら新緑の道を走るのは、とても気持ちがいい。
暫く走って途中休憩がてらに立ち寄ったのは、新鮮なミルクで作ったソフトクリームが有名な場所。
これを食べて帰らなければここに来た意味がないと言われているくらいで、既にたくさんの成翔の学生が列を作っていた。
「すっごく並んでるね」
「でも、絶対食べて帰らないと」
美春は長い列を見てうんざりという表情なのに対して、ルミは何が何でも食べて帰るらしい。
そこがルミらしいと思ってしまうが、ふと隣を見れば遙も千春に向かって同じことを言っている。
―――なんとなく、ルミと遙さんって似てるかも。
なんて、思っていると…。
「俺達が買ってきてあげるから、みんなは近くで休んでてよ」
そう言ったのは、さすがジェントルマンというか、単に女の子の前でカッコつけてるだけの雄太。
またもや恭は、『雄太、また何余計なことを』と心の中で思ったが、美春の手前ここで男を下げるわけにもいかず…。
「えっ、いいの?高津くん」
「いいよ、河合さん。みんなと一緒に待っててくれる?」
「うん。じゃあ、お言葉に甘えて。あっちの木の下で、待ってるね」
千春は、女性陣3人と共に木陰に移動する。
今日は特に暑い日だったから、雄太の申し出はとても助かった。
口々に雄太を褒める言葉が聞こえるが、中でもルミの「高津さんって、優しいんですね」はひとしおで、顔が緩んでいるのがわかる。
そんな雄太の頭を恭が小突く。
「痛っ、なにすんだよ」
「なにすんだよじゃねぇよ。ひとりでカッコつけやがって」
「そんなんじゃねぇって、これは男として当たり前のことで―――」
「はぁ?それは、ルミちゃんの前だけだろうが」
「お前だって、美春ちゃんに『恭ちゃん、ありがとうっ』なんて笑顔で言われたら、嬉しいだろう?」
確かに雄太の言う通りかもしれない。
カッコつけてるって言ってしまえばそれだけだけど、やっぱり好きな子に『ありがとう』って言われれば、嬉しくないはずがない。
そういうところが、恭に欠けているのだと自分でもわかっているのだが…どうも性に合わないわけで…。
「俺だって本当は、恥ずかしいんだけどさ」
これが、雄太の本音なのだろう。
おちゃらけた性格のせいで軽い男のように思われがちだが、本当は違う。
いつだって真っ直ぐで…ここは、彼を立てて根っからのジェントルマンということにしておこう。
男性陣4人が並んでからどれくらい経ったのか、ようやく両手に一つずつソフトクリームを持って戻って来た。
「はい、お待たせー」
「わ〜い」
まるで餌に群がるサル!?いや失礼、聞かれると女性陣に怒られますから白鳥くらいにしておきますか。
「はい、美春」
「恭ちゃん、ありがとうっ」
『まさしく、雄太の言う通り!』と、またまた恭は心の中で叫ぶ。
確かにこの笑顔が見られるなら、クサイ台詞の一つや二つ、まぁ雄太のようにいつもいつもというわけにはいかないが、たまには言ってみてもいいのかもしれないと思う。
「いっただきま〜す」
美春がペロッとソフトクリームを舐めるシーンは、なんとエロチックなのか…。
『いかんいかん』
―――俺は、何を考えているんだ…。
そんな思いを悟られないように咄嗟に恭は、美春の食べていたソフトクリームを今度は自分がペロッと舐めた。
しまった…またやったぁ…と思っても、もう遅い…。
「ちょっ、恭ちゃんっ!!どうして、あたしのソフトクリーム食べちゃうのっ!」
真っ赤になって怒っている美春。
どうしてこう、無意識に舐めてしまうのだろうか…。
「ごめんごめん。じゃあ、これ食べていいぞ?」
恭の分であるソフトクリームを美春の目の前に差し出す。
一瞬躊躇った美春だったが、小さく舌を出してペロッとそれを舐めた。
『ヤバイぞ、俺』
こんな上目遣いで見られたら、本気でヤバイ。
ところが美春は、そんな恭の気持ちなど全く知らず…。
「美味し〜い、恭ちゃん」
そんな二人を見つめるみんなは、冷たいものを食べているにも関わらず暑い暑い。
特に…。
『あいつ、人のことを言うわりに結構大胆な行動を取るよな』
ものすご〜く、うらやましい雄太だった。
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