「美春ちゃ〜ん、なんかものすっごくドキドキしてきたっ」
今夜、雄太に告白するんだと張り切っていたルミだったが、段々日が陰ってくるに従って緊張の色が濃くなってきたようだ。
それは美春も同じというか、それ以上だったのだが…。
「やっぱり…やめようかなぁ…」
「なに言ってるの、美春ちゃん。せっかくのチャンスなんだよ?この場を逃したら、言いにくくなっちゃうじゃない」
「そうなんだけど…」
ルミの言う通り、この機会を逃せばズルズルといってしまうかもしれない。
けれど、もしも…。
「美春ちゃんの方が全然有利なんだよ?だから、そんなこと言わないで。あたしなんか、五分五分かそれ以下なのに…それでも、決心したんだからね」
美春は自分が有利なのかどうかということはわからなかったけど、ルミだって同じ立場なのにこうやって頑張ろうとしている。
「うん。ダメだったら、ルミちゃん慰めてね」
「それは、こっちの台詞」
二人はしっかりと手を取り合って、決意を固めたのだった。
◇
一方、恭と雄太は。
「美春ちゃんに告るんだろう?」
恭にその気持ちがないわけではなかったが、今この機会にそれを言ってしまっていいものなのか?
その判断に迷っていたからだ。
本当は、もっと時間を掛けて美春の気持ちを自分に向けるつもりだった。
それが、同じ学校に通い始めたことで狂ってしまったのも事実。
「どうしたものか…」
「な〜に弱気になってんだよ。ここで言わなきゃ、いつ言うんだ。島根の件はなんとかなったとしても、他のやつに美春ちゃんを持ってかれるかもしれないんだぞ?」
「早過ぎないか?」
「そんなことないって、多分美春ちゃんも自分の気持ちの変化に気付いてると思うんだ。大丈夫だよ、彼女はお前が思ってるほど子供じゃない」
「ヤケに女心に詳しいんだな」
「そりゃぁ、お前と違ってフラれる数が半端じゃないからな」と白い歯を見せて笑う雄太。
『彼女はお前が思ってるほど子供じゃない―――』
―――そうかもしれないな…。
恭は聞こえない声で呟くと、何か吹っ切れたように雄太と同じ白い歯を見せて微笑んだ。
+++
今夜は突然の夕立もなく、とても綺麗に星空が見える。
交流合宿の最後を飾るのに相応しい日になった。
みんなで夕食を済ませた後、外へ出て待ちに待ったお楽しみのダンスパーティー。
アトラクションとして、バンドを組んでいる人やお笑い志望の人などが次々にステージに上がって場を盛り上げる。
こういう時になると『えっ、あんな人いたの?』などと思う普段いるかいないかわからないような影の薄い人物が、プロ顔負けのパフォーマンスを繰り広げて周りを驚かせたりするものだ。
散々盛り上がった後は、ダンスというより告白タイムと言った方が当たっているかもしれない。
生徒だけでなくそこには教師も参加するから、教師に告白する子もいるわけで…。
当然、根津先生もそのターゲットになることは確実、先生は今年採用されたばかりなので、この場を経験するのは初めてだけに余計だった。
もちろん千春と付き合っていることは誰も知らないのだから、この時とばかりに迫る子はたくさんいた。
「千春、先生すごいね。どうするの?」
「どうする?って、言われてもねぇ」
心配する遙の後ろに先生を取り巻く女性徒の姿が見える。
とてもあの中に入って行く勇気もないし、千春は溜め息を吐くしかなかったが…。
すると先生のこんな声が聞こえてきた。
「僕には、とっても素敵な彼女がいるんだ。だから、ごめんね」
『僕には、とっても素敵な彼女がいるんだ―――』
これは、恐らくというか間違いなく千春のこと。
先生は、千春が近くにいることを知って言っているのかはわからないけれど、それでもみんなの前でこんなふうに言ってもらえるのはとても嬉しい。
「先生、やるじゃない」
「うん」
先生の正直な態度がみんなの心に届いたようで、諦めの早い彼女たちは、新しい出会いを求めて散らばって行った。
「今がチャンスじゃない?千春」
「え?」
確かに先生の周りには誰もいないけど、だからといって側に行くのはどうなのか…。
「ほら、グズグズしてない」
遙に背中を押されて千春はゆっくり先生のところへ歩いて行くと、存在に気付いた先生は笑顔で迎えてくれた。
「千春ちゃん」
「先生、あたしが来てもよかったですか?」
「もちろんだよ。みんなもう、僕のことは目に入っていないみたいだからね」
周りを見回すとみんなそれぞれに会話に花が咲いているせいか、先生と千春に気付くものはいない。
二人はより人目につかないところに場所を移して、ひと時を楽しむことにした。
◇
「あたし、行って来るっ」
なんだかんだいって、結構人気のあった雄太の周りにも女の子達の群れが取り巻いていた。
それを見て我慢できなかったルミは、勢い勇んであの中へ入って行く。
ひとり取り残された美春も、急いで恭の姿を探したが…目の前の光景にその場に立ち尽くす。
―――恭ちゃん、すごい人気なんだ…。
先生も雄太もかなりの人気ぶりだとは思ったが、恭はそんなもんじゃすまないくらいすごかった。
いつも側にいてくれたから、それが当たり前で気付かなかった。
恭の隣にいるのは見掛けない顔なので多分2年生なのだろう、大人っぽくてとても綺麗な人。
きっと恭は美春が今、側に行けば、誰をも差し置いて自分のところへ来てくれるだろう。
それがわかっているだけに行くことができなかった。
行ってはいけないような気がして、美春は自然に恭とは反対方向に足を向けていた。
失恋したとかそういうことではなく、まだそこまでも行っていなかった自分に気付いてしまったから。
―――はぁ〜あ…。
美春は大きく溜め息を吐いて、石の上に腰を下ろす。
「何、溜め息なんか吐いてるんだ?幸せが逃げちゃうぞ」
誰もいないと思っていたのに急に声を掛けられて反射的に頭を上げると、そこに立っていたのは神田くんだった。
「神田くん」
「どうしたんだ?こんなところで、黄昏ちゃってさ」
ヨッコイショと、神田くんは美春の隣に腰を下ろす。
「うん、まぁね。それより、神田くんこそどうしたの?」
「僕?一応、傷心の身だからね。なんか騒ぐ気になれなくて」
苦笑しながら言う彼は冗談なのか本当なのかわからないが、前に美春に話してくれた失恋したことが少なからず尾を引いているようだった。
「そうなんだ…」
「倉本さんは、早乙女さんと一緒じゃなかったのか?」
「うん。なんだか、行きにくくて」
「どうして?」
「だって、女の子にいっぱい囲まれてて、あたしなんかが行ったら迷惑かなって」
「そんなことないだろう?早乙女さん、きっと倉本さんのこと探してるよ?」
「でも…」
「もっと自信を持たなきゃ。さっきの溜め息じゃないけど、幸せが逃げちゃうだろう?僕は、好きな人に告白したことをたとえフラれても後悔していないよ」
じっと一点を見つめる神田くんの視線の先を目で追ってみると、そこには根津先生に隠れるようにして千春が見えた。
―――まさか…神田くんの好きな人って…。
「神田くんの好きな人って、もしかして…千春さん?」
「えっ…」
一瞬、固まった神田くんだったけど、「バレちゃったかぁ」と髪の毛をガシガシと掻き上げる。
美春は鋭いのか鈍いのかわからないが、こういう時は鋭いなと大海は思う。
「僕のことはいいから、倉本さんも早く早乙女さんのところに行った方がいいよ。まぁ、その必要もないみたいだけど」
神田くんは立ち上がると「じゃあな」と言って、どこかに行ってしまった。
そして入れ替わるように隣に座ったのは、恭だった。
「美春、探したんだぞ。っていうか、あいつに何か言われたのか?」
「神田くんは、あたしを心配してくれただけなの」
「あいつが、神田ってやつか」
美春が入学早々、カッコいいと言っていた男。
『そいつが、美春に何をしに来たというのか…』
「神田くん、好きな人にフラれちゃったの」
「え?」
「でもね、後悔してないって」
「そっか」
彼が美春に何かをしたんじゃないかという不安が消えてホッとした恭。
美春と二人っきりで楽しむはずだったのに学校では極力、無愛想で無表情を通してきたつもりだったが、なぜか今回に限って女子達に迫られてやっとのことで逃げて来たのだった。
「あのね、恭ちゃん」
「うん?」
「あの…ね」
俯いたまま、なんだかものすごく言いにくそうにしている美春に恭は別の不安を覚えた。
―――やっぱり、何かあったのか?
「どうしたんだ、美春?」
「あたしね、あたし…恭ちゃんが…好きなの」
「え?」
すごく小さな声だったけど、今好きって聞こえたような気がしたが…。
―――まさか…そんなはず…ないよな。
「俺、空耳聞いたみたい。美春が、俺のこと好きとかなんとか」
「迷惑…だよね。あたしみたいのが、恭ちゃんのこと好きなんて…」
「あ?何言ってんだよ、オイッ美春!」
恭は、立ち上がろうとする美春の腕を咄嗟に掴んで、自分の方へ引き戻す。
「迷惑なんかじゃない。俺、その言葉ずっと待ってた。いつか、美春の口から言ってくれるのを」
「本当?」
「あぁ、本当だよ。俺も美春が好きだ」
強く握られた腕から、恭を感じて体中がカーッと熱くなる。
―――その言葉、信じていいの?
と思った瞬間、美春は恭の胸に抱き寄せられていた。
暗かったから、周りには見られていないと思うけど…。
「恭っちゃんっ!?」
「ヤベ…」
―――恭ちゃん、何が『ヤベ』なの?
わけがわからない美春だったが、背後にいる恭の吐息しか聞こえない今の状況に、昨日の雨宿りした時のことが重なる。
心臓がドキドキして、今にも止まってしまいそう…。
「恭ちゃ…ん」
「こんなに嬉しいもんだって思わなかった」
「へ?」
「俺さ、今だから言うけど、結構告られたこともあったんだ。でも、特にどうって思わなかった。それが、美春に言われたら、ここで逆立ちして“3回まわってワン!”って言ってもいいくらい、スッゲェ嬉しい」
―――恭ちゃん、大袈裟。
って思ったけど、美春の肩に顔を埋めている恭の声は、少し震えているようにも感じる。
「あたしも嬉しい。恭ちゃん、あたしのこと何とも思ってないのかなって」
「そんなことあるわけないだろう?俺にはいつだって、美春だけだったよ」
そっと恭の方に顔を向けると、いつものように優しい彼の顔があった。
あまりにすぐ近くにあって、治まりかけていた心臓が再びドキドキし始める。
「美春、ちょっと目を瞑って」
「ちょっとだけだから」の言葉を信じて目を閉じると、何か柔らかいものがほんの一瞬だけ唇に触れた。
それが恭の唇だとわかって、美春の頬はみるみるうちに赤く染まっていく。
「美春のファースト・キスもらいっ」
「キスなら、恭ちゃんともうしてるでしょ?」
「本命キスは、今が初めてだろう?」
「うっ…うん」
もう一度、掠めるようなキスをされてこれ以上赤くならないくらい美春の頬は真っ赤だったけど、それがまた可愛くて恭には別の意味でヤバかったかもしれない。
そんな時、スローテンポの曲が流れ始めた。
「そうだ。せっかくだから、踊るか?」
「え…あたし、踊れないよ?」
「大丈夫だよ。俺だって、ダンスなんか踊れないけどさ。こういうのはただ、くっついていればいいんだろう?」
『そういうものなの?』と思ったけれど、恭に手を引かれて立ち上がると向かい合って抱き合う格好になる。
―――すごく恥ずかしかったけど、恭ちゃんの胸は大きくてあったかくて…。
「美春」
「ん?」
「神田って、いいやつだってことはわかってるんだけど、今度からは…えっと…その…だな」
「恭ちゃん、言ってる意味がわからない」
「だ・か・ら…俺の前では、いやどこでもだな。男とは、二人っきりにならないこと」
「えーなにそれ」
「えーじゃない。いいな?」
「…うん」
なんだか腑に落ちない美春だったが、恭にしてみればそこら中の男どもが美春を狙っているようにしか思えない。
まったく恋とは恐ろしいもので、女性に関心がないと思われていた男が実はこんなだったとは…。
やっと想いが通じた二人だったが、恭が益々暴走していくことをこの時の美春は気づくはずもない。
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