やっと、恭への想いに気付いてくれた美春。
そして、めでたく恋人同士になった二人だったが…。
「恭、よかったな。美春ちゃんに告白されて」
そういう自分もルミに告白されて、顔がニヤケっぱなしの雄太。
まったく男というものは肝心な時に役に立たなくて、二人して女の子の方から告白されるとは…。
「そうなんだけどさ」
「なんだよ、その奥歯に物の挟まったような言い方は」
想いが通じて幸せの絶頂にいるはずなのに、なぜか恭の表情は晴れない。
今まで我慢していたものが大き過ぎたのか、自分の気持ちに付いていけない部分があるのも確か。
それと同時に男としてまだ未体験のゾーンに入ろうとしているわけで…。
「あのさ…あの…」
雄太は、もう経験済なのだろうか?
そういう話は聞いたことがないし、お互い触れることもなかった。
10年以上の付き合いだが、雄太に彼女ができた話は聞いていない。
でも、恭の知らないところで既に済ませているのかもしれないし…。
「どうした?」
恭のはっきりしない物言いに何かあったのではないかと急に心配になってきた雄太は、顔を覗き込むようにして問う。
「後で、相談にのってもらってもいいか?」
「相談?」
本当は雄太にこんなことを聞くのは気が引けるのだが、彼以外で他に聞く相手もいない。
悩んでいても仕方がないのだから、ここは男らしく雄太を頼ることにする。
「ダメか?」
「そんなわけないだろう?まぁ、俺で役に立てるかわからないけどさ」
そう言って、白い歯を見せて笑う雄太に少し安堵した恭。
「聞いてもらえるだけでいいよ」
「なんか、嬉しいな」
「え?」
「なんでもいいから、恭に頼ってもらえるの。お前、いっつもひとりで考えて悩んで。俺なんていらないのかなって」
雄太は思っていることを口に出すタイプなのに対して、恭は内に秘めるタイプ。
長い間親友を続けているが、美春の存在を知ったのも、彼女の前ではあんな優しい表情をするんだということも、つい最近知ったばかり。
それがとても寂しかったけれど、今まで敢えて雄太は口に出さなかったのだが…。
「それそこ、そんなわけないだろう?俺が頼れるのは、いつだって雄太しかいないよ」
「何言ってんだ。照れるだろう?」と笑う雄太だったが、これだけはいつも恭が心に思っていたこと。
こんな素直な言葉がさらっと言えるようになったのも、美春との恋が実ったおかげなのかも知れない。
◇
昼休み、段々と日差しも高くなってきたが、屋上に出て恭と雄太はお弁当を食べることにした。
二人は芝の上にフェンスを背にして腰をおろすと、持ってきたお弁当を広げる。
今日のおかずは、昨日の夕飯の残りだった酢豚。
手抜きだなと思いつつも、雄太は仕方なく箸をつける。
「相談って、なんなんだ?まっ、美春ちゃんとのことなんだろうけどさ」
「あぁ」
やっぱり何か言いにくそうな恭、美春とのことでとなるとやはりあっちの方なのか?
「なぁ、雄太」
「あ?」
「ルミちゃんとは、その…」
『やっぱり…』と雄太は思ったが、恭言葉を遮るように先に雄太が言った言葉は…。
「俺さ、実を言うと童貞なんだ」
「え?」
あはは―――といつものように白い歯を見せて笑いながら言う雄太に、恭は口元まで持っていっていた箸を元に戻す。
「っていうか、恭とは小学校以来ずっと一緒にいたんだから、俺にそういう経験がないのくらいわかるだろう?」
確かにそうだけど―――。
もしかして、ということもあるかもしれないし…。
「お前と違って、モテないからな」
「俺もだよ」
一瞬なんのことやらわからなかった雄太は、暫く考え込んでから素っ頓狂な声を上げた。
周りにいた学生の視線が、一気に二人に集まる。
「はぁ?!嘘だろ…」
「嘘じゃねぇよ。俺もお前と同じ、一緒にいたんだからわかってるだろ」
「そうだけどさぁ、てっきり経験済なんだと思ってた」
悩みというのは自分のことではなくて、美春のことだとばかり雄太は思っていた。
確かに恭は、女嫌いという噂通り、そういう話は聞いたことがない。
でもそれは、そういうことを隠すためなのだと思っていたし、まぁ美春への一途な想いを知ればそれもわかる気がするのだが…。
それにしてもこれだけのいい男が、まだそういう経験がなかったとは…。
「美春のことが好きなのに、他の子相手にそんなことできないだろ」
「そういうとこが、恭らしいのかもしれないな」
「俺らしい?」
「そう、真面目っつうかさ。今なんて高校生にもなりゃ、普通じゃん。俺なんてクラスでヤッテないの自分だけなんじゃないかって、悩んでたってのに」
経験があるとかないとかそういうことが問題ではないのかもしれない、でも男として初めてってのはどうなのか?
女の子にしてみれば、ナシよりアリの方がいいんじゃないかって…。
「美春が俺のこと好きって言ってくれるなんて想像もしてなかったし、まだそういうことは早いかなって思うところもあったんだよ。それがさ、考えないようにしててもダメなんだ」
二人っきりになるとつい目がいってしまう美春のぷっくりとした柔らかい唇、スカートからスラっと伸びた足に夏服になって薄い生地のセーラー服から透けて見えるブラの線。
案外、胸が大きかったりして…。
―――いかんいかん、俺は何を考えているんだ…。
「健全な男子なら、それが普通だろ。俺だって、ルミちゃんと一緒にいるとそんなことばっか考えてるさ」
自分だけがそう思っていたのではないことが恭にとっては少しホッとしたが、この気持ちをどう抑えていいのもかわからない…。
「大事にしたいって気持ちは、もちろんなんだけどなぁ…」
「お互いそういう雰囲気になった時が1番だけど、美春ちゃんの場合は好きって言葉を出すことよりもっとハードルが高いかもしれないな」
「だよな」
やっとここまできたが、これから先に進むにはより困難を極めそうだ…。
―――はぁ〜。
「それは、お前次第だろ。そういう方にもっていけばいいんだよ」
「もっていくって?」
「俺も人のことを言えた義理じゃないんだけど、初めは雰囲気作りだな」
「雰囲気作りねぇ」
「お前、隣同士に住んでて、美春ちゃんは一人っ子なんだろう?だったら、なんとでもなるだろ。俺なんか姉ちゃん二人だし、ルミちゃんにはお兄さんがいるんだからな。そういうわけにもいかないんだぞ」
雄太には大学生になる、なんと双子のお姉さんがいた。
美人姉妹ではあったが、かなりのブラコンで、雄太に彼女ができたなんて知ったらそりゃ大変なことになるだろう。
「お前んとこの姉ちゃん、強烈だからな」
「だろ?まぁ、焦ってもしょうがねぇよ。どうしたってリスクは女の子の方にあるんだしさ」
「そうだな」
残りのお弁当を綺麗に食べ終わると、眩しかったけれど空を見上げる。
こう言う話ができるのも、やはり親友だからこそと恭は思う。
「雄太、ありがとう」
「なんだよ、さっきから照れるだろ」
本当に恥ずかしかったのか、雄太の顔が少し赤い。
それでもやはり口に出さずにはいられなくて、恭はもう一度「ありがとう」と言うと、雄太に思いっきりヘッドロックをかまされた。
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