「急に明日から一週間なんだけど、バイトすることになったんだ」
「バイト?」
夏休みも半ばを過ぎた頃、恭の部屋で宿題のラストスパートをかけていた美春をいつものように後ろから抱きしめながら残念そうに言う恭。
宿題を見るというのは口実でこうやって毎日一緒にいたかったからなのに昨日の夜、雄太から電話が掛かってきてバイトしないかと…。
「そうなんだよ。雄太の親戚がやってるカフェでさ、大学生のバイトの人がお盆だから田舎に帰るんだって、その間だけ手伝って欲しいからって昨日の夜いきなり言われたんだよ」
「ふうん。で、恭ちゃんは何をするの?」
「俺?わかんないけどまぁ、ウェイターじゃあないな」
恭はいい男だが、いかんせん愛想がないというかなんというか…。
ルミも初め恭のことを怖いと言っていたように、第一印象ははっきり言ってよくないと思う。
そこがまたクールでカッコいいなどと言う子もいるが、微妙に客商売には不向きかもしれない。
「どうして?恭ちゃんがウェイターだったら、すっごくカッコいいと思うけど」
「それは、美春だけだろう?」
「そんなことないもん」
美春にとってはいつでも優しい笑顔の恭だったから、ウェイター姿の彼はとてもカッコいいに違いない。
「昼頃から夜までだから、美春の宿題を見てあげられなくてごめんな」
「ううん、大丈夫。お店にルミちゃんと一緒に行ってもいい?」
「あぁ、いいよ。でも、宿題を終わらせてからな」
初めての恭のバイト姿を想像して、ちょっと楽しみな美春だった。
+++
数日して、ちゃんと宿題を終わらせた美春とルミは、恭と雄太がバイトをしているというカフェへ行ってみることにした。
「恭ちゃん、きっと驚くな」
「そうね。内緒で来ちゃったもんね」
『行ってもいい?』と恭に許可は得ていたものの、今日行くとは二人とも言っていなかった。
突然行って驚かせようというのと、自然な姿を影から見てみたかったから。
カフェは、高校生の美春とルミが来るには少し敷居が高い青山にあった。
さすが、父親が会社経営をしているという雄太の親戚である。
おしゃれだし、なんだか高級そう…。
「ねぇ、ルミちゃん。ここなの?」
「うん、間違いないんだけど。なんか、セレブ御用達って感じかも」
「そんな感じ」
表通りに面してはいるが、緑も多く庭にはオープンテラス席もあったりする。
そして、店の概観は全面ガラス張りで、とてもモダンな印象。
「美春ちゃん、どうする?せっかく来たんだし、入ってく?」
「う…ん。お茶だけなら、大丈夫でしょ」
美春とルミは、勇気を出して店の扉を開けた。
カフェなんだから、コーヒー一杯何万円もするわけじゃない…はず?
恐る恐る中へ入ると、真っ白なシャツに膝より少し上の黒のタイトスカートと同色のカフェエプロンを腰に纏った素敵なウェイトレスのお姉さんが出迎える。
「いらっしゃいませ。お客様は、2名様ですか?」
「はっ、はい」
思わずどもってしまったが、そんな二人をわかってか笑顔で窓際の席に案内してくれた。
「なんか、今の女の人すっごく綺麗でカッコよかったね。それに足細〜い」
「うんうん」
ルミの言うように女性なのに背が高くてスラットしてて、カッコいい。
足首なんてキュッと締まってて、ついつい目で追ってしまうくらい素敵な人だった。
恭と雄太を見に来たはずなのに、どうにも別のところに視線がいってしまう。
「ご注文は、お決まりですか?」
再び、さっきの素敵なウェイトレスのお姉さんが注文を取りに来たのだが、見惚れていて二人ともメニューを見ていなかった。
「あっ、あの…」
―――どうしよう…ルミちゃん。
ルミに視線を送る美春だったが、同じように困っている様子。
「このお店はね、オリジナルの紅茶とシフォンケーキが有名なの」
困っているのがわかったのか、さり気なくお勧めを教えてくれた。
「はい。じゃあ、それをお願いします」
「かしこまりました」
後姿を見送りながら、ルミがホッとした表情で美春に顔を近づけるようにして言う。
「いっつもセルフのお店かファーストフード店しか行かないから、勝手がわからないわね。でも、あのお姉さん優しくてよかった」
「うん。いいなぁ、あんなお姉さんみたいになりた〜い」
どうしても背がちっちゃいせいか、お子様に見える美春は大人な女性に憧れてしまう。
「美春ちゃんは、今のままでいいのに」
無理に大人になる必要なんてない。
可愛いままの美春でいいのに…と思うルミだった。
と、その時。
「なんだ。美春ちゃんとルミちゃん、来てたの?」
驚いた様子で現れたのは、雄太だった。
ウェイトレスのお姉さんと同じで、真っ白のシャツに黒いパンツと同色のカフェエプロンを腰に纏っていた。
髪型もいつもと少し違うせいか、一瞬彼だとはわからないくらいだった。
「雄太さん」
「ルミちゃん、来るんだったら言ってくれないと。俺、たった今、休憩から戻ったところなんだから」
「ごめんなさい。美春ちゃんと驚かせようかなって」
「そっか、でもよかった会えて。そうだ、恭には会ったのか?」
二人とも首を横に振る。
そう言えば恭の姿は見えないが、どこにいるのだろうか?
「恭はフロアじゃなくて、キッチンの方にいるからな。あんまり目に付かないかも」
―――やっぱり、恭ちゃんの言った通りだったんだ。
でも見たかったな、恭ちゃんのウェイター姿。
美春がキッチンの方に目を向けると、カウンターを挟んでウェイトレスの綺麗なお姉さんがとても楽しそうに話をしているのが見えた。
その相手は、恭―――。
上半身しか見えないが、雄太と同じ白いシャツ姿で襟元にはスカーフを巻いていた。
とても高校生とは思えないくらい大人びていて、美春が想像した以上にカッコいい。
「美春ちゃん、あれ」
「うん。恭ちゃん、普段と全然違うね。それにあのお姉さんと、いい雰囲気だし」
あまり笑ったりしない恭が、今は全然違う。
自分だけに見せる笑顔とは少し違う彼の表情に、戸惑いを覚える美春だった。
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