君だけに
Story18


美春とルミの視線に気付いた恭は、少し驚いた表情をしたがすぐにいつもの笑顔に戻った。
それを見ていた素敵なウェイトレスのお姉さんこと、大野 弥生がすかさず耳打ちする。

「恭くん。もしかして、彼女?」
「あっ、はい」
「お店に入って来た時、二人とも可愛いなぁって思ったのよ。ねぇ、どっちどっち?」

弥生には二人ともとても可愛らしくて、恭が話していた彼女というのがどちらなのかわからなかったのだ。

「小柄な方の子ですよ」
「あの子が、美春ちゃん?てことは、もうひとりの子が雄太くんの彼女のルミちゃんね?」

まだバイトを始めて数日だったが、嫌と言うほど恭と雄太のノロケ話しを聞かされていたので、弥生はしっかり名前まで覚えていた。

「恭くん、話してきたら?」
「でも…俺は、フロアの担当じゃないんで」
「私がいいって言うんだから、いいのよ。ほら、これ持って行ってあげて?」

実をいうと弥生は、雄太の親戚だというこのカフェのオーナーの娘で、今は成翔大学の2年生。
夏休み中はずっと自分の店でバイトをしているのだが、みんなが通う高等部の先輩でもある。

「…わかりました」

店を任されている弥生が言うのだからということで、恭は美春とルミが注文した品を持って窓際のテーブル席まで行く。
一度もフロアに出たことがなかったから、トレーを持って歩くのもなんだか少しぎこちない。

「いらっしゃいませ」
「あっ、恭ちゃん」
「いきなり来るから、驚いたよ」
「うん。ルミちゃんとね、驚かそうって」
「あはは、そっか」

恭には、二人のやり取りがなんとなく想像できて笑ってしまう。
こんな光景は今では普通なのだが、美春から話は聞いていても初めて見た時のルミはやはり信じられなかった。
―――笑ってる…。
口に出しては言えないけれど、そう思ったのは事実。
恭が、笑ってるのも楽しそうに話している姿でさえも見たことがなかったのだから。
それがどうだろう、美春の前ではこんなにも自然体で。

「冷めないうちにどうぞ。これでも、この紅茶は俺が入れたんだ。多分、美味しいと思うけど」

そう言って、ティーポットにカップとケーキのお皿を並べてテーブルに置くといい香りが漂ってくる。

「うわぁ、いい香り。綺麗なウェイトレスのお姉さんが言っていた通りね、ルミちゃん」
「うん、そうね。ケーキも美味しそうっ」
「綺麗なウェイトレスのお姉さん?」

恭とまだそこにいた雄太も誰のことかわからないよう。

「さっき、恭ちゃんと話していた人なんだけど」
「俺と話していた人?あぁ、弥生さんのことか。あの人だろ?」

視線の先には、別の席の注文を取っていた弥生。

「弥生さんって、言うの?」
「そう。このカフェのオーナーの娘さんで、雄太の親戚」
「えっ、雄太さんの?」

美春とルミが一斉に雄太の方へ顔を向けて、弥生と交互に見比べる。
言われてみれば、似ているような似ていないような…。

「そんなに見比べないでくれる?弥生さんは、特別なんだから」
「特別って?」

その話は、恭も聞いていなかった。

「今度さ、女優デビューするんだよ」
「えぇぇぇぇっ?!」

思わず大声を出しそうになった雄太以外の3人だったが、ここは他にもたくさんのお客様がいる店内。
口を押さえてなんとか堪えたが、女優とはびっくり仰天。
道理で、スタイルもいいし素敵なわけだ。

「この店は、場所柄的にそういう芸能関係の人も来るんだよ。だから、スカウトされたんだって」
「そうなの?じゃあ、早乙女さんや雄太さんもスカウトされちゃうかも」

ルミが言ったひと言が、後で本当になってしまうとは…この時、誰も思わなかった。

「それはないな。恭はともかく、俺に関しては」

雄太の謙遜とも取れる言い方だったが、そんなことはないと思う。
現にここでこうやって恭と雄太が話している姿を周りの若い女性は、羨望のまなざしで見つめていたのだから。

「雄太。俺、そろそろ戻らないと」
「あっ、俺も」
「ルミちゃんと美春は、ゆっくりしていって」

あまり長い間ここで話をしているわけにもいかず、恭と雄太は自分の持ち場に戻って行った。

「ねぇ、美春ちゃん。弥生さんって、女優さんになる人だったのね?素敵だもんね」
「うんうん。雄太さんの親戚に女優さんなんて、ルミちゃんすっご〜い」
「今からサインもらっておこうか」
「それいいかも」

再び、店内にいた弥生を憧れの目で見つめる美春とルミだった。



弥生の計らいで、恭は早めにアルバイトを切り上げさせてもらい、美春と一緒に家に帰ることにする。
雄太も同様、ルミと一緒に帰ったので、二人とは途中で別れた。

「美春?」

手を繋ぎながら、街を歩く美春と恭。
こんなふうに出掛けることはあまりなかったから新鮮でウキウキした気分の恭だったが、それに反して美春の表情は暗い。

「え…何か言った?」

ボーっとしていた美春は、恭が呼んでいたことに気付かなかった。

「どうしたんだよ。ボーっとして」
「うん…なんか恭ちゃん、いつもの恭ちゃんじゃないみたいだったんだもん」
「いつもの俺じゃないって、どういうこと?」
「弥生さんと話してる姿を見ていたら、恭ちゃんも俳優さんみたいにすっごいカッコよくて…」

美春には、隣に住んでいる幼馴染の恭とはまるで別人のように見えた。
それくらいカッコよくて…。
自分とこうやって歩いていても、いいものなのか…。
恭の隣には、もっと大人で弥生のような女性が似合っているのではないか…。
いつも一緒にいてそれが当たり前になっていた美春には、今まで思いもしなかったこと。

「俺さ、美春が来るの知らなかったから見つけた時、すっげぇ驚いた。何でだと思う?」

そう言えば目が合った時に驚いた顔をしていたが、その理由は単に美春が突然来てしまったからではないのだろうか?

「それは、内緒で来ちゃったからでしょ?」
「違うよ。美春が、めちゃめちゃ可愛いから」
「え?」

予想外の答えにその場に足を止めた美春。

「いっつも一緒にいたからかな。美春が可愛いのはわかってたんだけど、それ以上に可愛かったんだって」
「うわぁっ、恭ちゃんっ」

突然、人通りの多い道端で、恭は美春を抱きしめた。
みんなに見られようと、抱きしめずにはいられなかったから。
真っ赤になった美春を他所に暫くの間、恭は離さなかった。


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