君だけに
Story20


「ねぇ、美春ちゃん。あなたは、彼がモデルとか俳優になったらどう思う?」
「えっ、恭ちゃんがモデル?!俳優?!」

―――アルバイトをしている時の恭は、確かにものすごくカッコよくて俳優みたいって思ったけど…。
でも、それが本当になるってことなの?

「ちょっとやめろって、美春には関係ないだろ」
「だったら聞くけど、もし美春ちゃんにあなたがモデルや俳優になって欲しいって言われたらどう?」
「え、それは…。っていうか、美春はそんなこと言わない」
「わからないでしょ?」

自信あり気な羽奈の言い方に少し腹が立つも、恭にはなぜか強く言い返すことができない。
―――美春が、そんなこと望むはずないんだ…。

「ねぇ、美春ちゃんどうかしら?」
「あたしは…」
「もうやめろって」

恭は羽奈を遮るように体を割り込ませて、美春を自分の後ろに隠すようにしたが、それでも諦めない羽奈は恭の横に回って話を続けようとする。

「私は、美春ちゃんと話をしているの」
「だから、美春は関係ないって言ってるだろ!」
「待って、恭ちゃん」
「え?」

美春が恭を止めるようにして一歩、羽奈の前に出て来た。

「正直、あたしにはよくわかりません。でも、恭ちゃんにその才能があってやりたいって言うなら、何も言うつもりはないです」
「そう」

羽奈は美春の目を見つめて深く返事を返したが…、その後の言葉は意外なものだった。

「そこでなんだけど、あなた自身はどう?モデルとか女優とかやってみたいなって、思ったりしない?」
「え?あたし…ですか?」

美春だって年頃の女の子、憧れることもあるけれど、そういうことを真面目に考えたことはない。

「おい、まさか…美春にもとか言うんじゃないだろうな」

―――まさか…。
羽奈が美春に声を掛けた時の表情から何か良からぬことを考えている予感はしていたが、まさか美春にまで手を出すとは…。

「私ね、彼もすごい掘り出し物だって思ったんだけど、今はあなたの方に興味があるの。考えてみてくれない?」
「あっ、あたしが?」
「美春、こんな人のことなんて聞くことないんだ。帰ろう」

今度こそ恭は美春の手を引くと、その場を後にする。
羽奈が後ろから大きな声で何か言っていたが、そんなことは耳に入らなかった。

「恭ちゃん」
「美春、あの人の話なんかまともに聞くことなんかないんだ」
「でも、恭ちゃんはいいの?」
「俺は、芸能人になんてなるつもりはないよ。美春だって、そうだろう?」

なぜか恭の問い掛けに、はっきりと答えられない美春。
自分には縁のない話しだと思っていたが、それが現実になるとどうなんだろう?

「美春?」
「えっ、うん。あたしには、無理だもん」

美春の言葉を聞いてほっとした恭だったが、何かしっくりこない
それでも、この話は済んだものと恭は確認するように美春の手を握り締めてゆっくりと歩き出した。

+++

そんなことがあって暫くしたある日、恭が文化祭の委員になってしまい美春はひとり家路についていた。

「美春ちゃん」

クラクションと共に名前を呼んだのは、羽奈だった。
車をゆっくりと美春の側に着けて窓から顔を出すようにして話す。

「彼は、一緒じゃないの?」
「はい。文化祭の委員になってしまって」
「そう。まぁ、彼がいない方が話しやすいかな。ねぇ、少しは考えてくれた?」

きちんと話をしたわけではなかったし、あれから何もなかったので、美春はそのことについて真剣に考えてはいなかった。
というか、本当なの?!

「あの…あの話は本当なんですか?」
「その顔は、信じてないって様子ね。ねぇ、これからちょっと時間あるかしら?」
「はい?」
「ちょっと、見学に来てみない?弥生ちゃんが雑誌の撮影してるのよ。見てみないとわからないでしょ?」
「はぁ…」

美春は羽奈に言われるまま助手席に乗り込むと、どこへともなく車は走り出した。



着いた先は、オフィス街のとあるビル。
―――こんなところで撮影をしているんだぁ。
恭ちゃんに知られたらなんでひとりでそんなところへ行ったんだと怒られそうだが、見学くらいは構わないわよね?
将来有名な女優になるかもしれない弥生を、こうして見られるだけでもラッキーなのだから。
部屋の中に入ると意外に殺風景で薄暗く、ある場所だけにスポットライトがあたっている。

「うわぁ」

思わず美春は声を上げてしまったが、目の前にいる弥生はあの時も綺麗な人だと思ったが今はそれ以上に美しかった。

「美春ちゃんも、あの場所にに立つかもしれないのよ?」
「え、あたしが?」

―――あたしが、あの場所に?
弥生は背も高くスレンダー美人、だからこそどんな服でも似合うのだろうが、それに比べて美春はというと小柄でとてもあんな真似はできそうにない。

「大丈夫、美春ちゃんは今のままがいいの。弥生ちゃんとは違う、等身大のあなたがね」

羽奈には、美春の思っていたことがわかったよう。
まだ若いがそこはプロ、ただ可愛いというだけで声を掛けたりはしないのだ。

「羽奈さんに美春ちゃん?」

撮影が終わったのか、弥生が羽奈と美春に気付いてやって来た。
恭をスカウトしたことは知っているが、そこに恭の姿はなく美春が来ていたことが気に掛かるよう。

「弥生ちゃん、撮影はもう終わり?」
「はい。それより羽奈さん、とうとう恭くんを落としたんですか?」
「それはまだなの」
「え?でも美春ちゃん。えっ…まさか羽奈さん、美春ちゃんをとか言わないでしょうね」
「さすが、弥生ちゃん」

にっこりと微笑む羽奈に驚きの表情の弥生。
美春がここへ来たのは恭がOKしたからだと思っていたが、まさか美春にまで手を出すとは思わなかった。

「やぁ、羽奈ちゃん」
「有村さん」

そんなところへ現れたのは、サングラスを頭に載せたちょっと軽そうなオジサマ。
といっても、30代前半か半ばくらいなんだろうけれど。

「あれ、その子は…例の?」

有村という人は、羽奈の隣にいた美春を興味津々という様子で眺めている。

「はい、美春ちゃんです。なんとか口説き落とそうと思って、連れて来たんですよ」

「そうか、この子かぁ」と美春を舐め回すように見ている。
彼は有名なカメラマンで、撮ってもらうことが業界の間ではステータスになっているらしい。

「さすが、羽奈ちゃんだね。俺、気に入ったから、必ず落として」
「有村さんにそう言っていただけると、嬉しいです。なんとか、頑張ってみます」

実を言うと、有村には美春のことを既に話してあった。
羽奈の目に狂いがなければ間違いなく彼は気に入るはずで、今回はその確認でもあったのだ。
美春の気持ちなど確認する前に、大人たちの間で勝手に話は進んでいたようだった。

「ねぇ、美春ちゃん。今度ちょっと撮ってみない?」
「え?」

「軽い気持ちでいいから」、そう羽奈に言われてついうんと言ってしまったのが、後で恭の耳に入って大問題になろうとは…。


NEXT
BACK
INDEX
PERANENT ROOM
TOP


Copyright(c)2006-2013 Jun Asahina,All rights reserved.