―――恭ちゃんに黙ってあんな約束しちゃったけど、大丈夫かな…。
羽奈に”ちょっと”などと言われて軽い気持ちで“うん”と言ってしまったが、恭が知ったらどうなるか?
どうしよう…。
「美春ちゃん、どうしたの?」
ボーっと考えていると、ルミが心配そうに美春の顔を覗き込む。
「あっ、ルミちゃん。うん…あのね…」
ここは、ルミに相談するのが一番いいだろう。
「実は、恭ちゃんが弥生さんの所属する事務所の人にスカウトされて」
「えっ、早乙女さんが?」
思わず大声を出してしまったが、黙って頷く美春にまさかそんなことになっていたとは…驚きを隠せないルミ。
「この前学校から帰る時に事務所の人が、羽奈さんて言うんだけど外で待ってて…。あたしもその時初めて、恭ちゃんにそんな誘いがあったことを知ったの」
「うんうん、それで?」
さっきの驚きの表情から、興味津々という顔に変化したルミ。
弥生といい恭といい、身近に二人も芸能人ができるとなれば、すごいことになるのだから。
「それでね、羽奈さんあたしにもどうかって…。本気にしてなかったんだけど、昨日も学校の外で待ってて、恭ちゃんは文化祭の実行委員だからあたしひとりだったし…」
弥生がちょうど撮影しているというので見て行かないか?と言われて、一緒に行ったこと。
今度美春も撮ってみないかと誘われたことを話すと、ルミは驚きのあまりその場に固まってしまった。
「そうなの?すっご〜い。弥生さんに早乙女さんもって思ったのに、美春ちゃんまでなんて」
「うん…」
「で、早乙女さんにはそのことを話したの?」
「それが、まだ…」
美春はそれで悩んでいたのだとルミはやっとわかったが、恭はこのことに賛成なのだろうか?
というか、その前に自分はどうなのだろう?
「早乙女さんは、どうするつもりなの?」
「恭ちゃんは、そういう気は全然ないみたい」
「そっかぁ、ちょっともったいない気もするけど」
恭はカッコいいしせっかくの話だと思わなくもないが、本人にその気がなければどうしようもないこと。
「美春ちゃん自身は、どうなの?やってみたいって思う?」
「わからない。自分にはできないって思うし、でも昨日の弥生さんを見ていたらちょっとやってみたいっていう気もなくもないかも…」
美春は、恭のようにはっきり断る理由が見つからないというのが本音だった。
羽奈に言われるままに、流されてしまうかもしれない。
「あたしも美春ちゃんだったら、同じかな?いきなり言われても絶対嫌って思ってない限り、ちょっとやってみたい気持ちはあるもん」
「ルミちゃん、どうしたらいいと思う?」
「そうねぇ…」
ルミは、顎に手を添えながら考える。
自分だったら、多分試しに撮ってみると言ってしまうのではないかと思う。
「その羽奈さんていう人は、ちょっと撮ってみない?って言ったんでしょ?あたしだったら、行っちゃうかも」
「やっぱり…」
美春も、ちょっとという言葉に惹かれるものがあったのだ。
写真を撮るくらい、そんなにたいしたことではないかもしれない。
まだ、事務所に入るともなんとも言っていないわけだし、どこかに出るわけじゃないのだから。
+++
結局、恭にはあのことを話す間もなく、撮影の日がやって来た。
美春の中ではほんの試し撮り程度のものと思っていたが、どうやらそうではないことに気付いたのは綺麗な服に着替えさせられて軽くヘアメイクをされた後だった。
「あの…羽奈さん。これ、ちょっと大げさじゃないですか?」
「あら、そんなことないわよ。せっかくだもの、本格的にした方がいいでしょ?」
「それは、そうなんですが…」
それにしても、これはどうなんだろう?
まるで本当のモデルが撮影するかのような衣装に身をまといスタジオに入ると、この前のカメラマンのオジサマが羽奈と美春を見つけてやって来た。
「やぁ、羽奈ちゃん。美春ちゃんは、口説き落とせたのかい?」
「こんにちは、有村さん。実は、まだなんです。後は、有村さんの腕次第ですよ」
「俺?そりゃあ、責任重大だなぁ」
あはは―――。
美春には、とてもそんなに責任を感じているようには思えないのだが…。
「まぁ、任しておいて。いい写真、撮るからさ」
そう言って、有村は準備のために去って行った。
「有村さん、忙しくてなかなか撮ってもらえないんだけど、美春ちゃんを撮ってって言ったら即OKしてくれたのよ?美春ちゃん、とっても気に入られたみたいね」
「そうなんですか?」
美春にはとても信じられない話だが、これは本当のことらしい。
彼は人気カメラマンでアイドル以上に忙しい身であるが、気に入ったらどんなに忙しくても時間を空けてくれる。
しかし、まだ事務所に入るとも決まっていない美春のことを撮るなど、異例中の異例と言えるだろう。
「早速、撮ってもらいましょうか?」
「えっ、はっはい」
何がなんだかわけもわからぬまま、美春はカメラの前に立たされた。
緊張して頬が強張るのがわかったが、それをどうにかしようと思ってもどうしようもないわけで…。
「美春ちゃん、そんなに緊張しなくてもいいよ。って、言っても無理だね。だったら、好きな人の顔を思い浮かべてみて」
―――え…好きな人って、恭ちゃんの顔?
「そう。その人の一番好きな顔を思い浮かべてみて。そうしたら、少しは楽になると思うよ」
有村の言う通りに美春は、恭の顔を思い浮かべてみる。
名前を呼ぶといつも美春に優しい笑顔を向けてくれる。
あの笑顔が一番好き。
美春の表情がみるみるうちに明るくなって、周りにいる人達までその気持ちが伝わってくるようだった。
そんな一瞬を狙って、有村はシャッターを切る。
それを見ていた羽奈がふと思い出したのは、恭が美春にだけ向けた笑顔。
二人の想いを感じた羽奈は微笑ましい反面、なんだか少しだけ寂しい気分になったりして…。
そう思いながらもなんとか、美春を自分の事務所に入れたいという強い願いと同じように恭にもという気持ちがより一層大きくなってくる。
恭を説き伏せるのは至難の業と言えるだろうが、そこが羽奈の腕の見せ所。
目の前で輝いている美春を見つめながら、小さく拳を握る羽奈だった。
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