「ねぇねぇ、美春ちゃん。昨日の帰り、早乙女さんと何を話してたの?」
昼休み、お弁当を食べているとルミが待ってましたとばかりに聞いてきた。
昨日4人で一緒に帰ったのだが、後ろを歩いていた雄太とルミは、二人の会話が気になって仕方がなかったのだ。
「昨日?えっと、学校はどうだ?って聞かれたから、みんな優しいし、楽しいよって答えて」
「それから?」
「それから…うちのクラスにすっごくカッコいい子がいるんだよって」
「え?誰それ」
クラスにカッコいい男の子?
「内緒だよ」
「うん、で?」
「神田くん」
「神田くん?」
美春と同じ外部入学生で、サッカー部の期待の星と言われる男の子のことだ。
まあ、確かにいい男だとは思うが…しかし、それを恭に向かって言ってしまったのだと思うと複雑だ。
「うん。でもね、恭ちゃんに自分とどっちがカッコいい?って聞かれて」
「なんて言ったの?」
ルミも段々力が入って、お弁当を食べることも忘れてつい身を乗り出してしまう。
「神田くんもカッコいいんだけど、やっぱり、恭ちゃんかなって」
「かな?」
―――あ~この子は、全然わかっていないのね?
ここで『神田くん!』なんて言わなかっただけでも救いだったとルミは思う。
「それでね、ルミちゃん言ってたじゃない?恭ちゃん、どんなに可愛い子に告白されても付き合わないって。だから聞いてみたの」
―――あちゃ~、そこまで聞いちゃったわけ?
それを話したのは自分だが、まさかそんなことまで言ってしまったとは…。
「好きじゃない人とは付き合えないって」
そりゃ、そうでしよう。
好きな子が目の前にいるのにねぇ。
「でもね、恭ちゃんに相手の子が好きじゃないからだって言われて、なんだかホッとしたの。自分でもよくわからないんだけど…」
「早乙女さんのこと気になる?」
「気になるっていうか、やっぱりずっと一緒にいたし…。でもね、恭ちゃんあたしに好きな人ができるまで自分も好きな子は作らないって。ってことは、あたしに好きな人ができたら恭ちゃん告白を断らなくてもいいんでしょ?」
「えっ…」
―――どうして、話がそっちにいっちゃうの?
早乙女さんは、美春ちゃんのことを想ってそう言ったのに…。
「だからね、あたし早く好きな人を作ろうと思うの」
「ちょっと待って。美春ちゃんは、早乙女さんのことが好きなんじゃないの?」
「好きだけど」
「だったら、どうして美春ちゃんが他に好きな人を作らなきゃならないの?」
ルミには、美春の考えていることがさっぱりわからない。
恭のことが好きなのに、どうして他に好きな人を作らなければならないのだろう?
―――まさか…。
「さっき、早乙女さんのこと好きって言ってたけど、どんなふうに好きなの?」
「どんなふうにって、優しいし面白いし、カッコいいからかな」
「じゃあ、美春ちゃんが言ってた好きな人を作るっていう人の中には、早乙女さんは入っていないの?」
そう言われてみれば、恭はいつも側にいたからルミの言うような対象にはなっていなかったように思う。
「早乙女さんに好きな人がいたら、嫌だって思ったんでしょ?」
「う…ん」
美春には、自分がどうしてそう思うのかよくわからないのだ。
「もうっ、美春ちゃんは、無理に好きな人なんて作らなくてもいいの」
「そうかなぁ」
「そう!」
ルミに強く言われてしまうと、それ以上美春は言い返せない。
「でも、早乙女さんのあんな優しい顔、初めて見た。美春ちゃん、愛されてるなぁ」
「え?」
―――愛されてる?
美春にしてみれば、恭はいつもああなのに…。
自分が恭にとって、特別な存在であることにまだ気付いていなかった。
+++
高校生活もだいぶ慣れたある日、美春は同じクラスの男の子に呼び出されていた。
「島根くん、話ってなぁに?」
彼はバスケ部に所属していて、もちろん身長も高いが、いつも面白いことを言っては美春を笑わせていた。
クラスでは、神田と人気を二分するほどのいい男と言ってもいい。
しかし、その彼が一体何の話だというのだろうか?
「あのさ、倉本さん。誰か付き合ってるやつとか好きなやつとかいる?」
「う~ん、特にはいないけど。どうして?」
これはいわゆる告白というやつなのだが、鈍感な美春にはそんなことなどわかるはずもなく…。
「だったら、俺と付き合ってくれないかな」
「え?」
―――これって、もしかして告白?
やっとわかった美春だが…さぁ、どう答えよう。
ふと、恭の言葉が頭を過ぎる。
『美春に好きな人ができるまで、俺は好きな子を作らない』
ルミには『無理に好きな人なんて作らなくてもいいの』と言われていたが、やっぱり恭のことを考えるとそれでいいのかと思ってしまう。
「だめかな?」
「ごめんね、あたしこういうの初めてで…」
「返事は、今すぐでなくてもいいんだ」
「うん、わかった。ちょっと、考えさせて?」
断られるとばかり思っていた島根にしてみれば、これでもいい方だったのだろう。
彼は、嬉しそうに教室に戻って行った。
―――でも、どうしよう・・・。
恭ちゃん、なんて言うかな?
◇
いつものように一緒に帰っていた美春と恭だったが、こころなしか彼女に元気がない。
「美春、どうした?」
「ねぇ、恭ちゃん」
「なんだ?」
「あたしね、クラスの男の子に告白されちゃった」
「はぁ?なんだって?」
―――今、告白されたとか言わなかったか?
まさか、相手はこの前カッコいいとか言ってた神田ってやつじゃないだろうなぁ。
「もしかして、神田ってやつか?」
「ううん、島根くんって言うの」
「島根?」
―――どっかで聞いたことのある名前…。
あ~、あのバスケ部のデカイやつかぁ。
恭も彼のことだけは知っていた。
とにかくデカイから知らない者はいないくらいなのだが、それに加えて顔もいいから尚のこと。
でも、あいつが美春に告っただと?
「うん。恭ちゃん、どうすればいいと思う?」
「え…」
―――オイオイ、それを俺に聞くのかよ…。
いくらなんでも、それはないだろう。
「美春は、どうしたいんだ?そいつが好きなのか?」
「好きだよ、面白いし。でも、付き合うとかそういうのは、わからないから」
美春の好きというのは友達としてであって、付き合うとかそういうのはよくわからない。
「ヨシ。そいつを俺に会わせてみろ」
「え?」
「島根が美春に相応しい男かどうか、俺が判断してやる」
「恭ちゃんが?」
大きく頷く恭に少し安心した様子の美春だが、ここでよく考えて欲しい。
どんなにいい男であっても、恭がいいと言うはずがなく…。
島根に希望を持たせてしまったが、この後奈落の底に突き落とされたのは言うまでもない。
******
『お前が、島根か』
『はっ、はい』
『美春と付き合いたいそうだな』
『はいっ、いえ…』
『あぁ?いえってことは、付き合いたくないのか?』
『そういうつもりでは…』
『じゃぁ、どういうつもりなんだ。美春のことが、好きなんだろう?』
『すっ、すみませんっ』
―――なんだ、ありゃ?
図体ばかりデカいくせに思ったより、腰抜けだな。
そりゃ、そうだろう。
恭の睨みに勝てる相手など、この学校にはマズいない。
『島根くん、どうしたのかな?』
『美春、あいつはやめておけ』
恭の判断に素直に従う、美春だった。
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