君だけに
Story5


「お前さ、1年の島根に一発入れたんだって?」
「あぁ?」

学校に着いた早々に雄太が恭のところへすっ飛んできた。
あまりに唐突で一瞬なんのことかわからなかったが、恐らく美春に告った件だろう。

―――しかし、誰が一発入れたんだ?
俺は、紳士的に話をしたつもりだが。

「すっげえ、ビビってたって言ってたけど。あいつ何やったんだ?殴るほどだったのか?」
「言っとくけど、俺は殴ってなんてねぇし」
「そうなのか?もう噂になってるぞ?」
「はぁ?」

―――勘弁してくれよ…。
こんなことで噂になるなんて、ということは美春の耳にも入ったってことだよな?
はぁ…。

恭は大きく溜め息を吐いて自分の席にどっかと腰をおろすと、雄太は空いていた前の席に後ろ向きに座って顔を近づけるようする。

「で、真相は何なんだ?」
「まあ、後でゆっくり話すよ」

この手の話が大好きな雄太、ここで黙っていても絶対後々までしつこく聞いてくるに決まってる。
今すぐ聞きたいという顔の彼だったが、おもしろい話は後に取っておくよとでも言いたげに自分の席に戻って行った。

+++

昼休みになると恭と雄太は、お弁当持参で学校の屋上へと向かう。
この学園では屋上に人工芝が敷いてあってベンチなんかも置いてあるから、天気のいい日は結構お昼を食べに来る生徒は多い。
二人はベンチではなく、フェンス際の壁に寄りかかるように芝の上に足を投げ出して座る。

「それで?」

いつも真っ先にお弁当を食べ始める雄太が、それさえも忘れて今朝の話の続きを恭に問う。

「島根ってヤロウが、美春に告ったんだよ」
「ほう、美春ちゃん可愛いもんなぁ。それに島根もなかなかのいい男だし」
「それを美春のやつ、平気な顔して言うんだぜ?『恭ちゃん、あたしね、クラスの男の子に告白されちゃった』『恭ちゃん、どうすればいいと思う?』って。だから言ったんだ、そいつを俺に会わせてみろって」

沈黙の後…。

―――ぶっはははははっ。

あまりに大きな声で雄太が笑うものだから、周りにいた生徒達が一斉に振り向いた。
それでも、よほど可笑しかったのだろうまだ笑い続けている。

「お前なぁ、そんなに笑うことないだろ?」
「そんで、一発殴ったのか」
「だから、殴ってねえって言ってんだろうが」

まだ、ヒクヒクしながら笑っている雄太だったが、まさか恭がこういう男だとは思いもしなかった。
いつだって無表情で無愛想、どんな可愛い子に告られても無反応なこの男が、美春に対しては違っていたのだから。

「俺はただ、美春と付き合いたいのかって聞いただけなのに、島根のやつが勝手に『すみませんっ』とか言って逃げて行ったんだ。わけわかんねぇ」
「そりゃ、逃げるだろうなぁ」

恭に呼び出されたら、何もしていなくても『すみません』と言ってしまうだろう。

「それで、美春ちゃんは納得したのか?」
「あいつはやめておけって言ったら、うんって素直に領いてたけど」
「いやぁ、お前も苦労するな」

弁当を食ぺ終えた恭は、その場に仰向けになって寝ると空を見上げる。
雄太の言うことはもっとも過ぎて、苦笑しか出てこない。

「俺にとって美春は、ものすごく大切な存在なんだ」

雄太との付き合いはかなり長いが、美春の話だけは一度もしたことがない。
親友の雄太にでさえ黙っていたのは、それだけ大切だったから。

「あいつ、一人っ子で学校も遠かったから、近所に友達がいなかったんだよ。遊び相手といえば、隣の家に住む俺だけ。姉貴もいたけど、歳が離れてたからな。テストで100点とったとか、怖い夢を見たと言っては、恭ちゃん、恭ちゃんって俺のところへ来るんだよ」

お互い私立の学校に通っていて近所に友達がいないとなれば歳の近い恭と美春が仲良くなるのは必然的。
恭には姉もいたが、歳が離れていて既に中学生だったから、そう一緒にいることもできなかったというのもあるだろう。
その頃から恭はクラスでも人気があったし、学校が共学だったこともあって同級生の女の子に声を掛けられたりもしたが、全く興味なし。
でも美春だけは別格で、とにかく自分が守らなければという思いが強かったのかもしれない。

「そうか、だからどんなに可愛い子に告られても受け入れなかったんだな」

雄太も同じように芝の上に仰向けに寝転ぶ。
春の風が心地いい。

「なのにあいつは、俺の気持ちなんて全然わかってないんだ。あのまま女子校に通っていれば、こんなことにはならなかったのにさ。俺が卒業したら、どうするんだよ」
「その前に、美春ちゃんのハートをガッチリ掴んでおくことだな」
「できれば苦労しない…」

あはは、「そうだな」と笑う雄太も恭の気持ちを思うと、なんとか美春にその想いが伝わればと願わずにはいられない。

「でも大丈夫だろ、島根は一発やられたことになってるからな。それでも、美春ちゃんに告れるほど肝の据わったやつはうちの学校にはいないだろうし」
「どこでそうなったんだ?俺って、そんなに極悪人かよ」
「ルミちゃんも言ってたぞ?怖いって」
「怖い?誰が」
「お前」

雄太は、上半身だけ体を起こすと恭の頬を指でつつく。
―――俺のどこが怖いんだ?
まあ、無表情で無愛想ってのはわかるが、怖くはないだろう。

「じゃなきゃ、島根が逃げるわけないだろ」
「あ…」
「お前、まさか…知らなかったとか」

―――知らぬも何も、俺はそんなふうに思われてたのか?

「知るか、そんなこと」
「まっ、そのおかげで、俺も先輩にイジメられなくて済んでるだけどさ」

誉められているのか、なんなのか…。
それでも雄太は、こうして親友でいてくれるのだから。

+++

授業が終わって、いつものように美春と一緒に帰ろうとした恭だったが…。

「恭ちゃんっ!」

みんなが下校しようとしている頃、廊下で女の子の一際大きな声が響き渡る。

「どうしたんだ?美春」
「どうしたもこうしたも、ないでしょっ!」

ものすごくご立腹な美春に恭も、何が何だかわからないという表情。

「美春、落ち着け。何があったんだ」
「恭ちゃん、島根くんを殴ったって」
「あ…?!」
「どうして、そんなことするのよっ。クラスメイトなのにっ」

すっかり噂を信じてしまっている美春。
しかし、こうやって興奮している時は何を言っても無駄なわけで‥・。

「そうだ、美春。駅前にアイスクリームの店ができたらしいから、行ってみるか?」
「はぐらかさないでっ。今は、そんな話をしてるんじゃないでしょ!」
「美春、イチゴ好きじゃん」
「恭ちゃんっ!」

無愛想で無表情、怖いと思われていた恭が、可愛らしい女の子にやり込められている姿なんて、誰が想像しただろう?
そんなおもしろい光景を周りのみんなが見逃すはずもなく…。

『恭ちゃんも、かわいそうに…くっくっくっ』

すっかり、イメージが崩れた恭に親友も笑いを堪えることができなかった。


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