放課後、恭が先生に用事を頼まれたとかで美春は先に帰るよう言われていたが、宿題をやりながら待っているからとひとり教室に残っていた。
「あれ?倉本さん、帰らないの?」
みんな帰ってしまったと思っていたが、声の主は同じクラスの神田 広海。
美春が、カッコいいと言っていた男の子だった。
「あたしは、人を待ってて。神田くんこそ、どうしたの?忘れ物?」
「ううん」
神田くんは、ポツリとつぶやくように言うと自分の席に座る。
なんだか少し元気がないように見えるのは、気のせいだろうか?
「本当はサッカー部の練習があるんだけどさ、サボっちゃった」
神田くんは、一年生にしてサッカー部のレギュラーという期待の星。
少し前に行われた強豪平山学院との練習試合では、唯一ゴールを決めて、うちの学校に勝利を導いたのだった。
そんな彼がサボりとは、珍しい。
「神田くんが、サボり?」
「僕だって、サボりたい時もあるさ」
軽く笑いながら、頭の後ろに手を組んで天井を見上げる彼。
何かあったのだろうか?
「あのさ、倉本さんって2年生の早乙女さんと付き合ってるの?」
「え?」
―――付き合ってる?恭ちゃんと?
「そんなことないよ。恭ちゃんは、お隣さんに住んでいて幼馴染の仲良しだけど」
「そうなんだ。いや、島根のこと聞いたから」
恭が島根くんに会いたいと言うので会わせたら、それがなぜか恭が島根くんに一発入れたことになってしまい、学園じゅうの噂になってしまったのだ。
また、それを信じた美春が恭を責めるという光景は今までの彼のイメージを崩すもので、それはそれで面白かったのだけど…。
もちろんその理由が美春に告白したというものだったので、みんなそう思ってるのかもしれない。
「島根くんには、悪いことしちゃったかも」
「まぁ、男としてはきちんと本人から気持ちを聞きたかったかな」
「え?」
よく考えてみれば、美春は島根くんに対して自分の気持ちを言っていない。
恭に相談して、『あいつはやめておけ』と言われたからで…。
「僕、好きな人にフラれたんだ」
「うそ…」
―――え?
神田くんが、フラれた?
頭も良くて、サッカーが上手くて、カッコよくて、文句なしの彼がフラれるということがあるのだろうか?
「そんなに驚くこと?」
「だって、神田くんカッコいいし、フル人もいるんだって思って」
「それは、島根だって同じだよ?あいつだって、結構モテるのに倉本さんにフラれたんだからね」
「・・・・・」
言われてみれば、確かにそうかもしれない。
カッコいいからといって、付き合うとは限らないのだから。
「その人がはっきり断らなかったことをいいことに僕は、友達から始めようって言ったんだ。その時は、絶対自分のことを好きになるっていう自信もあったし」
神田くんがどうしてこんなことを美春に話したのかわからなかったが、なんとなく自分に状況が似ているような気がしていた。
「でも、その人には、好きな人がいて…」
「はっきり断らなかったんでしょ?なのに好きな人がいたの?」
好きな人がいるのにはっきり断らなかったなんて、ひど過ぎない?
「本人が気づいていなかったんだよ。好きだってことに」
「え?」
彼女はその時、自分がある人を好きだということに気づいていなかった。
だから、はっきり断りきれずに神田の申し出を受け入れてしまったのだ。
「誤算だったな、そんな人がいるなんて。だから、きっぱり諦めたっていうか…まぁ実際、こうやって尾を引いているんだけどね」
まさか、彼女の好きな相手が自分の学校の教師、それも所属するサッカー部の副顧問だったとは…。
それに気づいた時は、相手が相手叶わぬ恋なんだから逆に彼女も諦めるのではないかと心の中で思ったものだったが。
ところが、自分に対する先生の態度にお互い両想いなんだと知って…。
好きな人の幸せを願いたいし、潔く諦めたつもりだったが、やっぱりどこかで尾を引いている。
「倉本さんも今は好きな人はいないって思ってるかもしれないけど、気づいていないだけで実はそういう人がすぐ目の前にいるかもしれないよ?」
「あたしに?」
「そう。例えば、早乙女さんとかね」
「恭ちゃんが?」
黙って頷く神田だったが、恐らくこれは間違っていないだろう。
恭が美春を見つめる目は、根津先生が千春を見つめる目と同じだったから。
それに本人が気づくかどうか…。
ただ、今の美春が思ったのは、島根くんに対しての自分の態度だった。
はっきり言えなかったこともあるが、それを恭に頼ってしまったこと。
もう一度、島根くんにきちんと謝ろう、神田に感謝しつつそう心に思う美春だった。
+++
「島根くん、おはよう。この前はごめんね」
次の日の朝、校舎の入り口で偶然会った島根くんにこの前のことをすぐに謝る。
どうやって言おうか迷っていたところだったので、こうして会えてよかったかもしれない。
「いいんだ。でも、早乙女さんがいるのにどうして断ってくれなかったの?」
「神田くんにも言われたけど、恭ちゃんはそんなんじゃないよ?」
「神田に言われたって?」
「あっ、なんでもない」
「変なの?」と島根くんは、首をひねる。
昨日、神田くんに聞いた話は二人だけの秘密ということになっていた。
彼いわく、やっぱり未練タラタラっぽくて、男としてはカッコ悪いんだって。
「そうなのか?俺は、てっきりそうなんだと思ってた」
あんなふうに呼び出されては、誰だってそう思うに違いない。
「恭ちゃんは、お隣の家に住んでいて、小さい時からずっと一緒だったからお兄ちゃんみたいな感じかな?」
「そっか…」
「だからって、恭ちゃんに頼って自分の口からちゃんと言わなくてごめんね。あたし、島根くんのことは友達として好きだけど、付き合うとかそういうのとは違うの」
「わかってるよ。本当に一発入れられるのは御免だから」
「え?」
「ううん、なんでもない。こっちの話」
あのまま強引に美春と付き合うようなことになったとしても、絶対恭が黙っていないはず。
今度こそ、本当に一発入れられたかもしれないのだ。
雄太ではないが、そこまで島根に肝は据わっていない。
「あのね。こんなこと言うのおかしいかもしれないけど、今まで通り友達でいてくれる?」
「もちろんだよ。俺もそれを言おうと思ってたんだ。このことで、気まずくなるのは嫌だって思ってたし」
神田くんのおかげで、島根くんとも今まで通り友達でいられる。
一歩大人になった美春だったけど、神田くんの好きな人って誰なんだろう?
それが、恭のクラスメイトだということとその相手が根津先生だと知るのは、もう少し先のこと。
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