成翔学園では、新入生が入学すると交流合宿というものが行われる。
文字通り違う学年との交流を深める意味で1年生と2年生が一クラスずつ組になって、夏休み前に学校所有の別荘に3泊4日で合宿に行くというもの。
2年生が主体になって、自分達で企画する。
河原で夕食を作ったり、山登りなんかもあってちょっと大変なのだが、自由行動もあるし、最終夜のダンスパーティーでは恋人をGETする。
どちらかと言えば、みんなそれを楽しみにしていたのだ。
「ねえ。今度の合宿、早乙女さん達のクラスと一緒になるといいね」
今日は、合宿のクラスの組み合わせが発表になる日。
取り敢えず、組が一緒になれば話をする機会も増える。
ルミは雄太のことが気になるらしく、美春が恭と一緒になるといいねと言いつつも本当は自分がそう願っていたのだ。
まぁ、そんなことを美春が気付くはずもない…。
「そうだね。恭ちゃんと同じだったらいいなあ」
小さい時に家族同士で何度か一泊旅行に行ったことはあったが、恭が中学に入った頃からはそういうこともなくなっていた。
学年も違うからこういった行事を一緒に過ごしたこともない、だからもしそうなればすごく嬉しい。
HRの時間に先生から言われることになっていたのだが、朝からそのことが気になって、勉強どころではなかった。
◇
そんな不安も、すっかり解消された帰り道。
「合宿、恭ちゃんのクラスと同じだね」
「そうだな。でも、同じ班にまでなるとは思わなかった」
クラスが同じになったことだけでなく、恭と美春は班まで同じになったのだ。
各班は、男女4名ずつの8人構成で行動を共にする。
美春はルミと、恭は雄太と共に同じ班になったから、最高の組み合わせだったと言えるだろう。
「美春、大丈夫か?枕が変わったら眠れな〜い、なんてさ」
「なに言ってるの?大丈夫に決まってるじゃない。もう、子供じゃないんだから」
美春は泊まりに行くと必ずと言っていいほど、『枕が変わると眠れな〜い』と騒ぎだす。
それは子供の頃の話だから今は違うのだが、ムキになって言い返してくることをわかっていた恭は、わざとからかうように言う。
「そうなのか?じゃあ、ちゃんと確かめなきゃな」
「もうっ、恭ちゃん。信じてないんでしょ」
こんなふうに話しながら家に帰ることを考えたら、やっぱり同じ学校に通えてよかったと恭は思う。
初めは学年が違うのだからわざわざ同じ学校に通わなくてもと思ったが、今回の合宿を含め、これから体育祭や文化祭などもあるわけで、こうやって同じ時を過ごせることは幸せだったかもしれない。
島根の告白以来、美春には恭がいるとわかったのか、近寄るものは誰もいなかった。
そんな相変わらずの無愛想に無表情、なのに美春の前になるとまるで別人のように変わってしまう恭が、密かにみんなの注目を浴びていたとは…。
+++
出発当日は、既に真夏を思わせる雲ひとつない快晴だった。
別荘のある場所は湖が近くにある避暑地だったから、都会よりはだいぶ過ごしやすいだろう。
朝早く学校に集合して、バスで目的地まで向かう。
班には、美春のクラスからは他に男子が二人と恭のクラスからは、女子が二人。
事前準備という形で、何度か同じ班のメンバーとは顔を合わせていたが、恭のクラスの女子二人がとっても綺麗な人でついつい見惚れてしまう。
「美春ちゃん、ルミちゃん。これから4日間、よろしくね」「あたしも、よろしくね」
「「はい。千春さん、遙さん。こちらこそ、よろしくお願いします!!」」
千春と遙に笑顔で挨拶されて、美春とルミはまるで練習でもしたかのように声がハモる。
そんな元気な二人が可愛いなぁと先輩達は思いつつ、みんなはバスに乗り込んだ。
うちのバスには、恭の担任の先生と数学の根津先生が同行していた。
根津先生は今年新任でうちの学校に来た先生だったけど、カッコよくて優しくて、おまけに爽やかだからすごく人気がある。
サッカー部の副顧問もしていて、神田くんがよく先生の話をしていた。
2年生だけでなく、1年生も担当しているから、美春もルミもわかりやすくて大好きだった。
「ねぇ、美春ちゃん。根津先生も一緒だったね」
「うん。先生ってさ、彼女とかいないのかな?」
「そりゃぁ。あんなにカッコいいんだもん、いるに決まってるわよ」
「だよね〜」
後ろの座席から聞こえてくるこんな会話に千春と遙は、自然に言葉が少なくなって聞き耳を立てていた。
特に千春にとっては、自分の彼氏がどんなふうに周りの人に思われているのか、またその相手が千春でいいのかどうか…気にならないはずがない。
「どんな感じの人かな?」
美春の頭の中には、可愛らしくてそれでいいてとても綺麗な女性の顔が浮かんでいたが…。
「やっぱり、すっごい綺麗な人じゃない?」
「でも先生は、顔だけで好きな相手を選んだりしない気がする」
「え?」
ルミだけでなく、前の席に座っている千春も遙もそれは同じように思ったこと。
なんとなく、カッコいい人には綺麗な彼女と思い込んでしまうところがあるが、美春はそうは思わなかった。
根津先生にわからないところを質問しに行くとわかるまで丁寧に教えてくれるし、サッカーだって、生徒達以上に一生懸命頑張っている。
そんな先生が、可愛いからとか綺麗だからという理由だけで好きな相手を選んだりしないと美春は思ったからだ。
「きっとね、千春さんみたいなすっごい素敵な人なんだと思う」
『えっ』
思わず、千春と遙は声を上げそうになった。
素敵な人かどうかは別として、どうして千春の名前がそこに出てくるのだろうと。
「そうだね。千春さん、綺麗だけじゃなくって優しいし、すっごい素敵だもんね」
「うん」
千春は、自分のことをそこまで褒められて、嬉しいやら恥ずかしいやら…。
でも、先生のことをあんなふうに言ってくれたのは、彼女としてこれ以上のことはない。
「千春、よかったね」
遙のひと言にホッと安堵する。
―――でも先生、あれでも神田くんのこと睨んじゃったりするのよ?なんて思い出しているとふと…ところで美春ちゃんって、早乙女くんとはどうなのかしら?
ちらっと通路を挟んだ隣の席に座っている恭に視線を向ける。
雄太と何を話しているのかわからないが、彼は相槌を打つだけで雄太がひとりでしゃべっているという感じ。
これがいつもの恭なのだが、あの時の恭はまるで別人のようだった。
なにやらご立腹の様子で現れた美春をなだめるように微笑む彼は、とても魅力的に思えた。
普段でもあの無愛想に無表情が人気だとは知っていたが、あれでより一層ファンを増やしたに違いない。
それにしても、あの感じだと今のところ彼の想いは、一方通行というところだろうが…。
―――確か恭ちゃんって、呼ばれてたわよね。
早乙女くんが、“恭ちゃん”かぁ。
つい二ヤケてしまった千春を不思議そうに見ている遙だったが、あんなふうに呼べるのはきっと美春だけ。
今日の夜は、たっぷりと恭ちゃんの話を聞かせてもらわなきゃ。
楽しみ〜と再びニヤケる千春だった。
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