メゾン塚田
Story10


帆波はアパートに帰ると玄関前でキーを挿し込んだまま、お隣さんの部屋のドアをじっと見つめていた。
―――日向さんは、あたしが帰る時まだ会社にいたはず。
まさか、ワープして部屋の中にいるなんてことはないわよねぇ。
ものすごく気になっていた帆波だったが、だからといって部屋を訪ねることもできずにると隣の部屋のドアが開く音が聞こえた。
帆波は急いで、自分の部屋のドアを開けて中に入るとドアスコープに張り付くようにして外を見つめる。

「じゃあね、海。また来るわ」
「おう」

女性が廊下を通り過ぎていくのが見えた。
―――きっと、あの女の人は昨日の人よね?
でも、カイって…。
湊だと思っていた男性は、カイという人物なのか…。

ドンドンッドンドンッ―――

「オイ、いるんだろ?」

―――え?
ドアを叩く音に驚いた帆波がドアスコープを覗くと、度アップの湊じゃなくてカイ?の顔が…。

「開けろよ」
「なんで」
「何でって言われても困るけど、つまんねぇし」

『つまんねぇし』って、誰なのよあの男?!
仕方なくドアガードを留めたまま、帆波は少しだけドアを開ける。

「オイ、それだけかよ」
「だって…あなた、誰ですか?」
「あ?聞いてねぇのかよ。湊から」
「聞いてないって?」
「あ〜もう、いいから開けろって」

顔は湊にそっくりだが、どうも短気な彼に負けた帆波はドアを全部開けると勢いよく反対側から引っ張られて外まで飛び出してしまった。
こんなところは、やはり似ているのかもしれない。

「初めら、そうすりゃあいいのに」
「ちょっとっ」

男は、勝手に人の家に上がり込むとソファーにどっかと腰を下ろす。
一体、何様のつもりなのか…。

「なんか、食わしてくんない?」
「はい?」
「あいつさ、さっきの女なんだけど何にもできねぇっつうか、久々に日本に帰って来たっていうのにコンビニ弁当ってのもな」
「知りませんよ、そんなこと」
「チョコレート買って来てやったのに、随分な言い方だな」
「誰も買って来てなんて、言ってません」

―――うわぁ、態度デカイ。
でも、チョコレートはこの人が買って来たのね。
さっき久々に日本に帰って来たって言ってたけど、ニューヨークに何しに行っていたのよね?

「湊に頼まれたんだよ。帆波ちゃんが、チョコレートが大好きだからってな」
「あの、日向さんとはどういう…」
「見りゃわかんだろ、双子ってやつ。湊は俺の兄貴でさ、一卵性だからクリソツ?なんちゃって」

あはは…と笑う湊の弟だという男。
―――古い、ギャグ…。

「カイさんって」
「俺の名前、知ってんじゃん。兄貴が湊で、弟の俺が海って書いてカイっつうんだ」
「海さん」
「で、なんか作ってくれんの?どうせ、湊もここへ来るんだろ?」
「どうして、それを…」

―――なんで、日向さんがここへ来ることを知ってるわけ?

「あいつさ、全部俺に報告してくるわけよ。メールでさ」
「え…」

―――全部って何、全部って…。
あのナンパなスケベ男は、弟にメールしてるわけ?
…なんか変な兄弟。

「わかりました。でも、もう日向さんの分の食事は作らないつもりだったので、自分の分しか買って来てないんですけど」
「なんだよ、あいつと喧嘩でもしたのか?」
「喧嘩っていうか…」

昨日の夜見たのは湊ではなくて、多分ここにいる海だったのだと思う。
それを勘違いした帆波は、もう湊の分の食事は作らないつもりで材料を買って来なかったのだ。

「あっ。あんたもしかして、昨日のこと勘違いしたのか?」

「だから、チョコレートも止めてくれとか言ってたのか」と、ひとりゴチている海。
―――でも、どうして…あたしが勘違いしたことを知ってるのよ。
図星だけに、何も言い返せない帆波。

「あんた、俺とあの女がキスしてる時、横を通り過ぎたじゃん」
「よく、あんな暗がりでキスしながら通り過ぎた女のことなんて見てますね」
「まぁな。俺の特技だから」

―――そんなこと、誇らしげに言うことじゃないでしょうに…。

「だから、湊は家に入れてもらえなかったのか。かわいそうに」
「かわいそう?」
「俺が女を連れて、部屋に来ただろ?あいつ行くところがなくて、あんたの家に行ったんだよ。でも、入れてもらえなかった」
「え…」

―――そう言えば、ブザーが何度も鳴ってたのは…。
知らなかった帆波は、居留守を使って出なかったのだ。
あれは帆波の部屋に泊めてもらうためだったとなると、あの夜はどこへ…。

「まぁ、俺も悪いんだけどな。あいつ、いいヤツだから困ってると嫌って言えないんだな」
「そうだったんですか」

―――悪いことしちゃったわね。
でも、あんなに似てたら誰だって見間違えるわよ。
目の前にいる海をマジマジと見つめる帆波。
背格好は瓜二つだけど、よ〜く見れば湊にはある耳たぶの小さなホクロが彼にはない?

「なんだよ、そんなに見つめられると調子狂うだろ?」
「ごっ、ごめんなさい。あんまりにもよく似ているものだから、つい…」
「なぁ、湊なんかやめてさ。俺と付きあわねぇ?」
「はぁ?」

いつの間にか立ち上がって、帆波のすぐ脇に来ていた海。
―――ちょっ、何?
付きあわねぇって、あたしはナンパなスケベ男とも付き合ってる覚えはないのに…。

「うわっ、ちょっ…」

帆波はあっという間に壁際に追い詰められて、逃げられないように顔の両脇に海の両腕が添えられる。
至近距離に海の顔が…。
唇と唇が、重なろうとしていた時。

「いやっ…あの…女の人とキスしてたのに…」
「あいつ?あいつは、何でもねぇよ。昨日会っただけで、名前も知らないし」
「でも…」
「あんたの唇で消毒して…」
「…っん…っ…」

湊とは違う荒々しいくちづけだったけれど、なぜか拒むことができなかった。


※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。


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