次の日、会社に行くとなんだか周りが騒がしい。
なんだろうと思っていると先に来ていた真由が、帆波のところへすっ飛んで来た。
「帆波、大変っ」
「真由、おはよう。大変って、どうしたの?」
「日向さんが、二人いるのよ」
「はぁ?」
湊が二人とは、一体どういうことなのか?
まさか…。
「帆波、言ってじゃないおかしいって。もしかして、あの人のことじゃない?」
「え?でも…そんなはず…」
仮にもう1人が海だったとしても、どうしてうちの会社に来ているのだろう。
そんな時に始業の鐘が鳴り響き、「ちょっと、みんな集まってくれるかな」という部長の呼びかに帆波と真由も中央に集まった。
「えっと。今日から我が営業部に新しいメンバーが1人増えることになった、日向 海君だ。見ての通り、彼は日向 湊君の双子の弟さんだ」
周りのみんなから、どよめく声が聞こえる。
―――っていうか、海さんはうちの会社の人だったわけ!?
ニューヨークに行っていたとは聞いていたが、まさか同じ会社の人だとは思ってもいなかった。
てっきり、放浪の旅でもしてるんだとばかり思ってたし…。
「え?あの日向さんにそっくりな人って、弟なの?道理で似てるわけねぇ」
真由は、驚きと共に感心している様子。
並んでいる二人を見れば、普通の人ならどっちがどっちだかわからない。
「ずっとヨツバアメリカに出向していたんだが、お兄さんの湊君同様、やっとこっちに戻してもらった将来有望な人材だ。ずっとアメリカ暮らしで慣れないことも多いと思うが、よろしく頼むよ。じゃあ、海君ひと言挨拶を」
帆波にはどっちが湊でどっちが海かすぐにわかるが、わからないみんなは交互に見比べていてなんだかおかしい。
恐らく、部長もわかっていないだろう。
「本日付で、本社勤務となりました日向 海です。日本は久し振りなのでみなさんにご迷惑をおかけするかもしれませんが、兄共々よろしくお願いします」
湊の右隣にいた海が一歩前に出ると、当たったと思った人やハズレタという人の顔が半々くらいで表情に出た後、拍手が起きる。
それにしても、兄のおチャラけた挨拶とは打って変わって真面目な挨拶である。
「あと、兄との見分け方なんですけど、それはそこにいる浅倉さんに聞いてください」
「へ?」
一斉にみんなが帆波の方へ振り返る。
―――ちょっと!何であたしが、そんなこと知ってる?!
日向さんにはあった耳たぶの小さなホクロは、海さんにはないけど…。
「浅倉君、後で私にも教えるように」
部長の締め言葉で海の紹介は終わったが、どうやって見分けるのかと興味津々の人達が帆波の周りに寄って来た。
―――何なのよ〜。
当人達を見れば海はニヤニヤ笑ってるし、湊は???をいっぱい浮かべているし…。
結局、みんなには知らぬ存ぜぬで通したけれど、こんなところで余計なことは言わないで欲しい。
「帆波、俺と兄貴の見分け方はみんなに教えたのか?」
「もう、余計なことは言わないで下さいよ。それに、名前の呼び捨ても止めて下さい」
「いいじゃん。どうせ兄貴は、帆波ちゃ〜んとか呼んでんだろ?」
「まぁ…」
―――それは、そうなんだけど…。
「帆波ちゃんっ」
そういう側から、能天気な湊がやって来た。
―――あ〜頭痛い…。
この兄弟は、どうなってるのよ。
「海、帆波ちゃんを困らせちゃダメじゃないか」
「俺は別に」
昨日、二人を見て帆波は思ったのだが、どうやら海は兄には弱いらしい。
しかし、これからこの人達と仕事を一緒にしなければならないとは…。
「帆波ちゃん、暫くは海も俺の家に住むことになるからよろしくね」
「えっ、あの部屋に二人で?」
「つうか、俺はあんたの部屋に一緒に住んでもいいんだけどさ」
海は一応周りを気にしてか帆波の耳元で囁くように言うが、そんな話は会社でしないで〜。
と、帆波は心の中で叫ぶ。
「海さんっ―――」
「こらっ、海。冗談でも、そういうことは言うな」
帆波が抗議しようとする前に、湊が海の頭をポコッと叩く。
それ程力を入れているように思えなかったが、大げさに痛がって見せる海がやっぱり弟なんだなぁと思ったりして…。
「じゃあ、帆波ちゃん。俺達、これから早速お客さんところに挨拶に行って来るから」
「ほら、海行くぞ」と湊は海の背中を押すようにして出て行く後姿を見送って、帆波は盛大な溜息を吐いた。
すると、すぐに真由がやって来て…。
「帆波が見たっていうのは、弟くんの方だったのね」
「そうなのよ。まさか、双子の弟がいるなんてね〜」
「ところで、さっき弟くんが言ってた見分け方を教えてよ」
「え…」
「あんなそっくりな二人が、同じ職場にいたら見分けがつかないでしょ?で、どうやって見分けるのよ」
「見分けるっていっても、左の耳に小さなホクロがあるかないかっていう微妙な違いなんだけど」
「ホクロ?ふ〜ん。帆波は、そういう細かいところまでもう知ってるわけねぇ」
―――だから、真由にだけは言いたくなかったのよ。
絶対、突っ込まれると思ってたもの。
「いいでしょ、そんなこと。早く、席に戻りなさいよ」
「はいはい。でも、あの弟くん帆波に気がありそうね。兄弟で同じ人を好きになるってこともあるだろうし、モテル女は辛いわ」
意味深な言葉を残して真由は自分の席に戻って行ったが、ふと海の言葉が頭を過ぎる。
『帆波の心が欲しい。ちゃんと俺という男を見てほしいんだ。兄貴じゃない俺を』
彼の言葉に嘘はなかった。
自分は兄の湊を好きなはず…でも…。
本当は、こんな曖昧な気持ちで付き合ってはいけないのだ。
湊に押し切られるように体を許し、海にまでも同じことをしようとしていた自分…。
このままでは、二人とも傷つけてしまうかもしれない。
◇
ひとり帆波は部屋に帰ると、電気も点けずにフローリングの床に座って窓から見える月をじっと見つめていた。
今夜も湊は、お土産を手にここを訪ねて来るだろう。
それを楽しみに待っていたことも確かだが、これ以上彼に甘えてはいけないのかもしれない。
もう、最後にしよう―――。
玄関のブザーが鳴って、帆波は心にそう決めると勢いよく立ち上がった。
※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。
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