「よぅ」
「あっ、海さん」
帆波がコピーした資料をまとめているところへ、たまたま通りかかった海が声を掛けると元気な声が返ってきた。
その表情もいつものように明るくて内心ホッとした反面、少しだけ複雑だったりもして…。
「元気になったみたいだな」
「はい。あの…」
湊にも迷惑を掛けてしまったが、それは海にも同じこと。
この場で言う話ではないとわかっていても、やはり言っておいた方がいいと帆波は思ったのだが…。
「いいよ」
「え?」
彼もそれがわかったのだろう、自ら先に返事を返す。
でも…。
「昨日の兄貴を見れば帆波と上手くいったのはわかってるし、俺もちょっと軽率だったかなと反省してるんだ」
「そんなこと…」
―――そんなことはないと思う。
まぁ、ちょっと強引なところもあったかもしれないけど、それはあたしがちゃんとしないからいけないのであって海さんは悪くない。
「だから、俺に謝る必要はない」
ふっと微笑むその顔には少し寂しさのようなものも感じられたが、その後発せられた言葉は正に予想外のもの。
「でも、諦めたわけじゃないから」
「えっ…」
―――諦めたわけじゃないって?!
それは、どういうことなのだろう?
「抜け駆けしたことについては十分反省してる。だから、今度は正々堂々兄貴と対決することにしたんだ」
「対決?!」
―――対決って何よ、対決って。
何で、話がそういう方向へいってしまうのか…。
やっと落ち着きかけていたというのになんだか波乱の予感が…。
「そう、兄貴と対決する。俺さ、双子なのに何でだろうやっぱり兄貴には勝てない部分が多くてさ。いつかは兄貴を越えてやるって、帆波のことだけじゃない仕事の面も全部」
海の場合双子だし、偶然にも同じ会社に勤めているということもあって比較されることも多いだろう。
そういう気持ちもわからないでもないが、だからといって対決というのは…。
「海さん、だからって対決までしなくても」
「もう、決めたことだから。俺、これから会議なんだ。じゃあ」
「ちょっと、海さんっ」
―――あ〜ぁ、行っちゃった…。
一人その場に残された帆波は、大きな溜め息を吐いた。
◇
「元気になったと思ったら、またそんな顔して。一体、どうしたのよ」
真由は帆波の力になってあげることはできなかったけれど、元気になった帆波を見て安心していたところだったのにこの表情は、どうしたというのだろうか?
「う〜ん」
「あ〜もうっ、そんな返事をされるとこっちまで暗くなるっ」
「だってぇ…」
こんな言い方をしているが、真由だって帆波のことが心配なのである。
「だっても、あさってもないの。もう、あたしがとことん話を聞いてあげるから、今夜泊まってもいい?あっ、また来ちゃうかしら?」
以前、真由が帆波の部屋に泊まろうと遊びにいった時に湊がやって来て、途中で帰ったことがあった。
だから、今回もそうなるのでは?と聞いてみたのだが。
「多分、っていうか100%来ると思うけど、いいわよ今夜は真由が泊まるからってちゃんと言うから」
前回はわざと黙っていたという経緯があったが、今度はきちんと話をしておけば大丈夫。
「じゃあ、お邪魔させてもらうわ。明日は休みだし、久し振りに飲んじゃおうかな」
そんな真由の気遣いが、帆波には嬉しかった。
◇
今夜はしっかり湊にも連絡してあったので、スィーツのお土産と共にワインまで買ってきてくれた。
「湊さんってかなりマメよねっていうか、ここまでくると健気?」
「まぁね。あたしの好きなものばっかり、よく調べてくるなぁって感心するもの」
どこで調べてくるのか、それともだいたいの好みがわかるのか、湊はいっつも帆波の好きなものばかり買ってくる。
毎回毎回では大変だからと言っても、『気にしない』とかいって聞いてくれないし。
「で、その湊さんと何かあったわけ?じゃなくて、もしかしてもしかする?」
黙って頷く帆波に、『やっぱり…』と納得してしまう真由。
海との間にまだ、何かあるというのか?
「会社で、海さんに言われたの」
「言われたって、何を?」
「『昨日の兄貴を見れば帆波と上手くいったのはわかってるし、俺もちょっと軽率だったかなと反省してるんだ―――だから、俺に謝る必要はない』って」
「そっか…でも、ほらこの場合しょうがないじゃない」
帆波と湊が初めに付き合っていたわけだし、お互い想っているのだろうから、この場合これは仕方がないことだと真由も思う。
「その後に『でも、諦めたわけじゃないから―――正々堂々兄貴と対決することにした』」
「はぁ?対決?」
初めの言葉で海はすっかり諦めたのだとばかり思ったが、そうではなかったと言うこと。
それどころか、兄弟で対決するとまで言い出したとは…。
「うん。『俺さ、双子なのに何でだろうやっぱり兄貴には勝てない部分が多くてさ。いつかは兄貴を越えてやるって、帆波のことだけじゃない仕事の面も全部』って。そこまでしなくてもって言ったんだけど、決めたからとだけ言って行っちゃった」
「やぁ、海さんもやるわ」
「うんうん」って、真由ったら感心してる場合じゃないでしょっ。
「ちょっとねぇ、他人事だと思って」
「だって、おもしろそうじゃない。帆波を巡って、湊さんと海さんの兄弟対決なんて」
「おもしろがってる場合じゃ、ないんだってぇ」
と言っても、真由にはそうは思えないのかもしれないが…。
こうなると、話した意味があったのか、なかったのか…。
それより今は、変なことにならなければと帆波は祈るより他なかった。
※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。
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