メゾン塚田
Story17


「ねぇ、海さんどうしたの?」

今朝の海を見て、第一声は全員がこれ。
例に洩れず、真由も帆波に会うなりこう言ったのだが、兄の湊と対決宣言をした海は髪を気持ちいいくらいにバッサリ切って別人のように変わっていたのだから。
元々顔はいいからどんな髪型でも似合うし、これで湊とはっきり見分けがつくなとはみんなの感想だった。

「でも、すぐに海さんだってわかるからいいわよね」
「確かにね。だけど、あそこまで切っちゃうってねぇ」
「女だったら、失恋ってとこだけど。海さんは、まだ帆波のことを諦めてないんでしょ?」

今時、失恋して髪を切る女性は少ないかもしれないが、それを海に当てはめてみたらどうなのだろう?
厳密に言えば海は失恋したことになるけれど、本人はまだ帆波のことを諦めてはいないわけだし…。

「どうなのかな」
「ってことは、これはある意味宣戦布告ってとこかしら?」
「宣戦布告?大げさな」

「案外、そうでもないんじゃない?心機一転っていうかさぁ、湊さんと張り合うために」

同僚やら上司に頭を撫でられている海を見つめながら、帆波は複雑な心境だった。
―――自分は、そんなふうに思われる対象じゃないのに…。
気持ちは嬉しいが、何に対してもなんとなくやり過ごしてきた帆波には、仕事もできて誰が見ても素敵な二人に好かれる理由が見つからない。

「何で、あたしなんだろう…」
「帆波だからでしょ」
「え?」

―――あたしだから?

「帆波ってしっかりしているようで危なっかしいっていうか、でも守ってあげたいっていう程弱くはないんだけど、放っておけないっていうのかな。だから、抱きしめたくなる」

自分が流されやすいタイプだとは思っていたが、真由がこんなふうに思っていたとは正直意外だった。
っていうより、あたしってそんなふうに思われてるの?!

「あたしは、そんなんじゃないと思うけど」
「気付かないだけ。それに、やっぱり帆波は可愛いもの。湊さんも海さんも帆波のことを好きになった理由がわかるような気がする」

―――そうなのかなぁ…。
帆波には、どうしてもそんなふうには思えない。
だって、可愛くないし優柔不断だし…。

「余計なことは、考えなくてもいいのよ。帆波は、帆波のままでね」
「うん…」
「ほらっ、しっかりしなさいよっ」

真由に背中を軽く叩かれて、なんとなく元気を取り戻した帆波だったが…。
―――それにしても、海さんはどうしてあんなに髪を切ったのかしら?
単なる心境の変化だとは思うが、理由が少しだけ気になった。



「俺にも、コーヒー入れてくんない?」

給湯室でボーっと考えながらコーヒーを入れていた帆波だったが、そこへ入って来たのは海だった。

「海さん」
「何、ボーっとしてんだよ」
「いえ、別に」
「そっか、ならいいけど。なぁ、帆波はどう?俺の髪型」

海は、頭を帆波の顔のすぐ側まで近づける。
短く切り揃えられた髪が、あまりに気持ちよさそうで思わず手が出てしまった。

「うわぁっ、気持ちいい」
「みんなそう言うんだよな。カッコいいとかいう言葉はないのかよ」

つい手が出てしまった帆波だったが、みんなも同じでカッコいいとか素敵とかいう言葉の前に触れたいという衝動に駆られてしまうのだった。

「ええ、すっごくカッコいいですよ」
「ほんと?」

帆波の褒め言葉に、海の顔は思いっきり緩む。

「でも、どうしてそんなにバッサリと切っちゃったんですか?」
「これ?やっぱ、男は短髪だろ。ニューヨークでも流行ってたんだよ。これに髭を生やせばワイルド感がUPするんだけど、会社ではそれはできないからな」
「何かあったわけじゃないんですか?」
「何かって?」
「え…」

突っ込まれると言葉に詰まる。
真由の言っていたように失恋?とは、聞けないし…。

「もしかして、失恋したからなんて思ってない?」
「そんなことは…」

思っていたって、そうは言えないでしょう?

「俺は失恋したとは思ってないし、これは兄貴とは違うんだってことを表すため。間違って、仕事の話をするヤツもいるんだよ。あれって、失礼な話だぞ?ちゃんと名前も付けてるのにさ」

ほとんど変わらない外見に中には湊と海が双子だということを知らない人もいて、困っていたのだった。

「今の感じだったら、絶対間違えませんね」
「だろ?それと兄貴には負けたくないから。湊の弟じゃなくて、海という人間を評価して欲しいんだ」

双子であっても、つい弟のという言い方をされてしまう。
二人とも仕事に関しては非常に成績優秀ではあったが、アメリカでの仕事が長かった海には勝手が違う部分もあったことは確か。
外見を変えることで、全く別の人格になりたかったのかもしれない。

「湊さんに負けないよう、頑張って下さいね」
「おう。でも、そんなこと言っていいのか?俺が湊に勝っても」
「はい。湊さんは、負けないと思いますから」
「うわっ、帆波ってそういうこと言うんだ。きっつー」

ガックリと肩を落とす海に帆波は、濃い目のコーヒーを入れてあげる。

「これ飲んで、頑張って下さい」
「ありがと…」

これを喜ぶべきなのか、どうなのか…。
それでも帆波に頑張ってと言われれば、嬉しいわけで…。
海は気を取り直して帆波の入れてくれたコーヒーを飲むと、「ヨッシャー」と一声上げて去って行った。

+++

「しっかし、海は思いっきり髪を切ったよな。逆にあいつの方が、目立っちゃってさ」

いつものように、湊は帆波の部屋で夕食を共にしていた。
今夜のメニューは、レタスチャーハンと麻婆豆腐。

「湊さんに負けたくないからですって」
「俺に?」
「はい。湊さんの弟じゃなくて、海さんっていう人を評価して欲しいからって言ってましたよ」
「そっかぁ、海のやつそんなことを」

髪を切った理由を知らなかった湊は、それを聞いて複雑ではあったが、彼の本心を知ったような気がしていた。

「だから、頑張って下さいって言いました」
「え?帆波ちゃんは、海を応援するの?」

帆波は、湊を応援してくれているとばかり思っていたのに…。

「はい。だって、湊さんは負けないと思いますから」

にっこりそう言われて、落胆しかけていた湊の顔は一瞬にして満面の笑みに変わる。

「帆波っちゃんっ」
「うわぁっ、湊さっ…」

食事中だということも忘れて、湊は帆波を抱きしめる。
―――こんな可愛いことを言われて、普通にしていられる男がいるなら見てみたい。
せっかく作ってくれたレタスチャーハンと麻婆豆腐だけど、今の湊には帆波を味わう方が先だった。


※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。


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