海は外見だけでなく仕事にも一生懸命打ち込むようになり、湊もそれに負けじとお互いいい意味で刺激し合う関係になっていた。
そんな朝のことである。
「ちょっと、みんな集まってくれるかな」
部長の呼びかけに皆が一斉に中央に集まった。
最近この風景を立て続けに見ているが、また誰か新しい人でも来るのだろうか?
―――まさか、三つ子ってことはないわよね…。
「ねぇ、日向兄弟にもう1人いるなんてことなはいわよね?」
真由も帆波と同じことを考えていたのが、なんだかすごくおかしかった。
「さすがに3人目はいないんじゃない?」
よく見れば、髪の薄いオジサンの隣には若い女性が立っていた。
「今日からうちの部でみんなと一緒に仕事をすることになった、ARCの高畑 ティナさんだ。彼女は、主にアシスタントとして業務してもらうので。初めてで慣れないことも多いだろうから、みなさん優しく指導してあげて欲しい」
「では、高畑さん。ひと言お願いするよ」という部長の言葉に少し緊張気味の彼女が、一歩前に出る。
「本日より、こちらでお世話になります高畑です。不慣れな点も多々あると思いますが、よろしくご指導お願いします」
パチパチという拍手が一際大きいのは、彼女が若いのととても可愛らしいことに他ならない。
周りの男性陣の目が、輝いているのがわかる。
「へぇ、うちに派遣会社の人が来るなんて、なんか意外かも」
「真由も知らなかったくらいだものね」
この手の情報はすぐに手に入れる真由が、今回は知らなかったくらいだから急に決まった話なのかもしれない。
最近は全体的に忙しかったから、みんなも手伝ってくれる人が来ればいいのにとは言っていたし。
それが、若くて可愛い子となれば嬉しい限りだろう。
「でも、あんなに若くて可愛いんじゃ、うちらも頑張らないと」
「何を頑張るのよ」
「え?色々」
何を色々頑張るのだか…。
どう見ても二十歳そこそこにしか見えない彼女と、25を過ぎた真由や帆波が張り合ったってしょうがない。
彼女の周りに既に群がる男性人達を暫し見つめる帆波だった。
+++
すぐに彼女の歓迎会が催されることになり、週末に行きつけの料理屋に部の人間が集まっていた。
しかし、他所の部の人間までいるように見えるのは気のせいだろうか?
「ねぇねぇ、帆波。あれ、人事部の人じゃない?」
「人事部?」
よく見ればそうかもしれないが、人事部なんて入社の時にしか顔を合わせることがない部の人間を帆波には誰が誰だかなどわからない。
「そうよ。あれは、ティナちゃん目当てね」
「なるほど」
派遣会社となれば人事部を通しているとは思うが、他所の部の歓迎会にまで顔を出すとはよほどのことだろう。
それだけ、彼女とお知り合いになりたいということなのか。
そんな人事部の人間には目もくれず、ティナは誰かを探しているようだった。
「海さんは、まだ来られていないんですね」
日向兄弟は出先から来るという話だったが、帆波が辺りを見回してみてもまだ現れてはない模様。
「出先から来るって言ってたけど、打ち合わせが長引いてるのかしらね」
―――それにしてもティナちゃん、海さんに何か用でもあったのかしら?
こういうところはめっぽう弱い帆波には、ティナの気持ちなどわかるはずもなく…。
「もしかして、ティナちゃんは海さんと話したかったの?」
すかさず、真由が会話に入る。
「え?あっ、はい」
鋭く真由に突っ込まれて、俯いてしまったティナ。
こういうところは、まだまだ初心なのかもしれない。
「そっかぁ、ティナちゃんは海さん狙いなのかぁ」
「えっ、ティナちゃん。海さんのことが好きなの?」
一歩遅れて、帆波がやっと理解したようだ。
「へぇ、海さんをね。でも、何で湊さんじゃなかったわけ?同じ顔なのに」
さすが真由、髪型こそ最近は変えてしまった海だったが、顔は湊と変わらない。
なのに海を選んだ理由はどこにあったのか?
「はい。私、短い髪の人が好きなんです。それに湊さんは、帆波さんとお付き合いしてるんですよね」
「えっ、どうして?」
湊と付き合っているのは、社内でも真由と海しか知らないはず。
どうして、ティナが知っているのだろうか?
まさか、湊が話したわけではないだろうし…。
「見ればわかりますよ。湊さんって、とってもわかりやすい人ですよね。それに名前だって、帆波さんのことしか呼ばないじゃないですか。もちろん、帆波さんを見てもわかりますよ」
―――えっ、あたしを見てもわかるわけ?どこが?
湊はよ〜く見ていれば、かなりはっきりと帆波と他の女性との間に線を引いているのがわかる。
帆波の知らないところで、実は二人が付き合っていることを知っている人間は少なくないのかもしれない。
「だけど、ティナちゃんはまだうちに来て日が浅いのによくわかったわね」
「私、こういう勘は鋭いんですよ。それと、海さんも帆波さんのことが好きだってことも」
「えぇ?!どっ、どうしてそう思うわけ?」
勘が鋭いといっても、そこまでわかってしまうものだろうか?
鈍すぎる帆波には、到底理解できないことだったけれど…。
「海さんはあまり思っていることを表に出さないタイプなんですけど、見てるんですよ帆波さんのことを。私も海さんのことを見てるから」
「わかるんです」というティナがあまりに真剣なので、帆波はどう返していいかわからないくらい。
「私、海さんが帆波さんのことを想っていても構わないんです。それは、しょうがないことですから。でも、私頑張ります。絶対、海さんを振り向かせてみせます」
「ティナちゃん…」
気丈に微笑む姿は、とても帆波より年下とは思えない。
優柔不断な自分が、益々恥ずかしくなってくる…。
「じゃあ、ティナちゃんの歓迎と恋が叶うことを祝って、乾杯しよっか」
真由が新しいグラスを用意して、そこにビールを注ぐ。
カンパーイ!!
3人の大きな声が響き渡って周りの人達は何事か?と不思議がっていたが、ティナの想いが叶えばいいと思う帆波と真由だった。
※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。
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