それからは、ティナの海に対する猛烈アタックが始まった。
「海さん、今度映画でも見に行きませんか?」
「ごめん。仕事が忙しくて、時間を取れそうにないんだ」
「そうですか…わかりました。お仕事が一段楽したら、考えてくれませんか?」
「わかった。ごめんな」
たまたま通りかかった帆波が、聞いてしまった会話だった。
と言ってもこれは一度や二度ではなくて、日に一回は目にする光景。
ティナはなんとか海を誘おうと一生懸命になっているのだが、彼はなかなかそれに応じようとはしない。
―――湊さんと見間違えた時には、女性を部屋に連れ込んでいたのに…。
帆波は思ったけれど、元々彼は後腐れのない女性とは付き合うが、ティナのように一途に想いを寄せるような相手には軽い態度は見せないのだ。
それは、相手に勘違いさせないための海なりの配慮であったかもしれない。
「あっ、帆波さん。見られちゃいましたね…」
あまりに気の毒過ぎて、帆波も返す言葉が見つからない。
「帆波さんが、そんな顔をしないで下さい。もう、慣れちゃいましたから」
そう明るく言うティナには、悲観するような素振りは微塵も感じられなかった。
―――こんなふうに一途に人を想えたら…。
逆に羨ましいとさえ思える。
しかし、海は自分のことを想っていて…それを知りながらのティナの心情を思うと胸が痛む。
「海さんが忙しいのは本当ですし、はっきりと断られたわけじゃないですからね。まだ、望みはあると思うんですよ」
「あたしが頑張ってって言うのも迷惑かもしれないけど、今は応援することしかできないから」
「全然、迷惑なんかじゃないですよ。帆波さんにそう言っていただけると元気が出てきます。頑張りますっ」
「頼まれていたことがあったので、先に戻りますね」と言って行ってしまった彼女の後姿を見送りながら帆波は複雑な心境だったが、前向きな姿勢だけが救いだった。
「帆波ちゃん、どうしたの?」
「あっ、湊さん」
ボーっと突っ立っていた帆波を不審に思った湊が、心配そうに覗き込んでくる。
「どうしたんだい?ボーっとして」
「いいえ、なんでも…」
「高畑さんのこと?」
何も言わなくても、帆波の顔を見ればわかる。
兄としては早く帆波を諦めてティナの気持ちを受け入れて欲しいところだが、そうもいかないだろう。
それに最近は、仕事でも湊の立場が危うくなりかけている。
恋だけでなく、仕事も負けられないのである。
「ティナちゃん健気っていうか、見ていて辛いです」
「帆波ちゃんの気持ちもわかるけど、俺達には人の心の中まではどうすることもできないからね。だた、少しずつでも変えることはできると思うんだ。きっと、高畑さんの気持ちが海に通じると思うよ」
「そうですね」
湊の言う通り。
今はティナのことを想えないかもしれないけど、いつかきっと気持ちが通じる日が来る。
そう信じるしかない。
「ということで、今夜俺の部屋に来てくれる?」
「え?」
―――何が、『とういうことで』なのか…。
「どうして、そういう話になるんですか?」
「俺達がいっぱい愛し合ってるっていうのを見せれば、海も諦めると思うんだよね」
「そんなこと」
「だって、ここのところシテないし」
「しっ、してないってっ。ここで言わないで下さいっ」
帆波は誰かに聞かれたのではないかと辺りをキョロキョロと見回すが、幸い誰も通っていない。
はぁ…。
―――もうっ、湊さんは何を言い出すのよっ!
そりゃ色々あったし、してないけど…。
だからって、こんなところでっ。
「ダメ、俺溜まっちゃって」
―――溜まっちゃってって…。
知らないわよそんなこと…。
「知りませんよ」
「帆波ちゃんは、そんなことを言うんだ。俺とシタイって思わないの?」
「え…」
「その顔は、少しは思っていてくれるんだよね?」
「いちいち、聞かないで下さいよ」
顔を赤らめて、俯いてしまった帆波。
彼女は好きとか愛してるとか、そういう言葉をあまり口に出して言わないが、表情や態度で湊には全部わかってしまう。
そこが、可愛いところでもある。
「じゃぁ、待ってるからね」
「チュッ」と帆波の額に軽くくちづけて、湊は足取り軽く去って行った。
―――もうっ!湊さんったらっ。
そう思いつつも、彼の軽い言葉の中にある優しさを感じてやっぱり嬉しかったりして。
海とティナのことはなるようにしかならないわけで、自分は湊のことだけを想えばそれでいい。
随分と長い間席を外してしまった帆波は、急いで自分の席に戻って行った。
+++
その夜、帆波は湊に言われた通りに彼の部屋に来ていた。
もちろん、彼の好きな夕食を作って。
ピンポーン―――
ピンポーン―――
―――あっ、帰って来た。
急いでドアを開けると、またもや手に土産を提げた湊だった。
「お帰りなさい。早かったんですね」
「そりゃぁ、仕事どころじゃなかったからね」
湊は素早く後ろ手にドアを閉めると、ひと言何かが帰ってくる前に帆波を抱きしめて唇を塞ぐ。
この感触を味わうのも、久し振り。
「ちょっ、湊さんっ。おなか空いてるでしょ」
「お腹も空いてるけど、その前に」
「どうして、そんなにえっちなんですかっ」
「えっち?どこが?俺は何も言ってないけど」
言わなくてもこうしていることが、えっちと言わずなんと言うのだろうか?
「…ぁっん…っ…っ…」
「帆波ちゃんの方が、ずっとえっちだね」
「…もっ、湊さんったらっ…」
思いつつも、彼のキスはどこまでも優しくて…。
口ではこんなことを言っているが、本当は帆波だって…。
お互い唇を離すことができなくて、暫くの間食事も忘れて堪能し合っていたのだった。
※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。
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