メゾン塚田
Story20


「ティナちゃん、少し元気ないかな」

帆波のところへ来ていた真由が、心配そうにティナの方に視線を向ける。
一見いつもと変わらない明るい彼女に見えるが、どことなく元気がない。
その理由を知っているだけに二人は複雑だった。

「うん…」

海が思ったよりも頑固で、なかなかティナの誘いに応じない。
彼女が軽い気持ちでないことをわかっているからこそ、彼は安易に受け入れないのだが、周りとしてはなんとかならないものかと思わずにはいられない。

「で、帆波の方はどうなわけ?」
「え、どうなわけって?」

―――何が、どうなわけなのか…。
真由の目が、怖い…。

「とぼけても、ダメなんだから」
「とぼけて、なんてないけど」
「湊さんよ。上手くいってるんでしょ?」

上手くいっていると言えば、いっている。
昨日など、食事も忘れて…。
―――ヤダっ。あたしったら、何を言ってるの。

「まぁ…」
「何、その気のない返事は」
「別に意味はないんだけど、なんとなく?」
「海さんのことを考えると微妙っちゃ、微妙よね。でも、こればっかりはしょうがないんだから、あんまり気にしないこと」
「うん、わかってる」

『俺達には人の心の中まではどうすることもできないからね。だた、少しずつでも変えることはできると思うんだ。きっと、高畑さんの気持ちが海に通じると思うよ』
湊が言っていたように、彼女の気持ちがきっと海に届く日が来るはず。

「こう、ティナちゃんの方に海さんの気持ちが動くような出来事でも、ないかしらねぇ」

―――気持ちが動くようなことかぁ。
真由の言うように海の気持ちがティナの方へ向くような出来事でもあれば…。
とはいっても、そんな都合のいい話があるわけないし…。
恋愛とは、難しいものなのだということを実感した帆波だった。

+++

「ねぇ、真由。ティナちゃんを誘って、飲みに行かない?」
「いいわね。行く行く」

元気がないティナを誘って、帆波は3人で飲みに行こうと考えた。
お酒好きの真由がOKするのはわかっていたが、ティナはどうだろう?
誘いに乗るかどうか…。

「問題は、ティナちゃんなんだけど」
「一応、聞いてみたら?飲むって言うより愚痴をこぼすって言うか、美味しいものでも食べて話すだけでも違うんじゃない?」
「そうね」

あからさまに誘うとティナも気を使ってしまうかもしれないから、それとなく声を掛けてみることにした。



帆波と真由の心配を他所にティナは快く誘いに応じてくれ、3人で飲みに行くことにした。
場所は、人気のシェフが話題のシーフードのお店。
こういう店の情報をいち早くGETするのは、真由お得意の分野。

「さすが真由、近くにこんなおしゃれなお店があるなんて知らなかった」
「味もさることながら、シェフが超イカス人なんだから」

真由にとっては味ももちろん重要なポイントだったが、それ以上にシェフがイカスかどうか。
彼女らしいと言えば、そうなのだが…。

「そうなんですか?見たいですぅ」

若干引き気味の帆波に対して、ティナはこの話に食い付いてきた。
―――あら、ティナちゃん。
イカスシェフに興味があるようね?

「ティナちゃん。いいのよ、無理に真由に話を合わせなくても」
「あら、失礼ね。ティナちゃんは、そんな子じゃないわよ」

「ねぇ、ティナちゃん」と真由は、ティナを味方に付けようとしている。
本当のことを言うと、帆波だってそのイカスシェフとやらを一度見てみたいわけで…。

「シェフもいいけど、今日は美味しいものいっぱい食べて飲もう」
「賛成!」
「はいっ」

久しぶりに見たティナの笑顔に、帆波と真由は安堵する。
まずは、手始めに赤ワインで乾杯することにした。

「「「カンパーイっ」」」

女性だけというのは、意外に気楽で楽しいものである。
飲む前からなんとなくテンションが高いのは、気のせいだろうか?

「今日は誘っていただいて、ありがとうございます」

ティナには、2人が誘ってくれた理由がなんとなくわかっていた。
だから、どうしてもまず初めにお礼が言いたくて。

「いいのよ。たまには、女同士で飲むのもいいでしょ?」

飲みっぷりのいい真由は、すぐにグラスを空けてしまう。

「はい。前の職場は若い女の人がほとんどいなくて、会社帰りに出掛けるということがなかったんです。だから、嬉しくて」
「そっかぁ。じゃあ、また誘ってもいい?」
「はい」

―――ティナちゃん、可愛いなぁ。
こういう素直なところが、可愛いのだと帆波は思う。
しかし、実際誘うのは帆波や真由ではなく、海だったらどんなにいいだろう…。
好きな人の心が別の人に向いているとわかっていても、こうして明るく振舞って…。
自分がもしティナの立場なら、こんなふうに顔を合わせて食事などできないのではないか…。

「帆波さん、どうしたんですか?さっきから、ワインが全然減っていませんね」
「えっ、うん」
「真由さんなんて、もう三杯目ですよ?帆波さんも、頑張らないと」

―――真由は、飲み過ぎなのよ。
ティナちゃんを元気付けるために誘ったのに、自分が元気付けられてどうするのよ…。

「真由は、飲み過ぎ!酔っ払っても連れて帰らないからね」
「いいわよ。ティナちゃんが、いるもの」

「ね〜」って、勝手にしなさいよ。
それより、ティナちゃんはそんなに飲んじゃって大丈夫なの?
お酒が解禁になって、そう年月が経っていないのに…。
真由も、少しは考えなさいよ。
などという帆波の心の声など、彼女達に届くはずもなく…。

どれくらい飲み続けたのか、あれだけ飲んでも真由は普通の顔をしているのが超人としか言いようがない。
それよりも、ティナの方が…。

「あぁ。ティナちゃん、つぶれちゃった」
「どうするのよ。真由、責任取りなさいよ」
「え〜何で、あたしよ」
「何でって、真由が飲ませたんでしょ」
「ティナちゃんの家知らないし、うちは家族で住んでるから連れて帰れないわよ。帆波なんとかして」

―――うわぁ、そうくるわけ?
なんで、こうなるかなぁ。
ここで、文句を言っても仕方がない…。
とにかく彼女を家に連れて帰らないとと思っていると、帆波の携帯が震えだす。

「あっ、湊さんから」

グッドタイミングで、湊から電話が入る。
急いで外に出ると通話ボタンを押した。

「もしもし、湊さん?」
『帆波ちゃん、まだ帰っていないんだね。今、どこにいるの?』
「真由とティナちゃんと3人で飲んでたんですけど、ティナちゃんが酔いつぶれちゃって。家も知らないし、あたしの家に連れて帰るしかないかなって」
『高畑さんは、大丈夫なの?良かったら、俺が車で迎えに行くよ』
「本当ですか?助かります」
『すぐ行くから、待ってて』

店の場所を教えると電話を切る。
―――良かった。
ここからタクシーで家までなんていったら、いくらかかるかわからないもの。

「湊さんが、車で迎えに来てくれるって」
「ほんと?よかった」

こういう時、彼氏が隣に住んでいると便利だわ…。
暫くして、到着したとの湊からの電話で外に出ると…。

「海さん?」

湊の隣にいたのは、海だった。

「大丈夫なのか?高畑さん」
「ええ、なんとか」

帆波と真由に両脇を抱えられるようにしてかろうじて立っていたティナを、海が代わって抱きかかえる。

「ったく、こんなに飲みやがって。心配しただろうが」

そう言うと、海はティナを抱き上げて後部座席に乗せた。
それを見ていた3人は、ぽっかり口を開けたままで…。

「3人とも何、池の鯉みたいな顔してんだ。早く乗ったら?」

―――もしかして…。
池の鯉と言われてもこの際、文句は言わないことにする。
助手席に乗った帆波は良かったが、後部座席に乗るはめになった真由は、窓ガラスに映る海の献身的な介抱振りに、視線をどこへ持っていっていいかわからなかった。


※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。


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