アパートに着くと、海は何も言わずにティナを自分の部屋へ連れて行く。
「えっ、海さん。まさか、ティナちゃんを…」
「帆波、なんか文句あるのか?」
―――文句は、ないけど…。
付き合っているわけでもない女の子を、自分の部屋に連れ込むなんて。
それに、ティナちゃんは海さんのことを想っているけど…彼は違う。
「でも…」
「帆波ちゃん、大丈夫だよ。高畑さんのことは、海に任せよう」
湊に言われて、帆波は心配ながらも彼の言葉を信じることにする。
―――だけど、海さん。どういうつもりなのかな?
もしかして、ティナちゃんのこと本気で…。
「彼女にも帆波にも、迷惑を掛けるようなことはしないから」
海はそういい残して、ティナと共に自分の部屋に入っていった。
「ところで、帆波ちゃん。うち来る?」
「えっ」
聞いておきながら確認する間もなく、湊は帆波の手をしっかりと掴んで自分の部屋の前に歩き出している。
―――だったら、聞かなくてもいいのにと思いつつも、従ってしまうんだけど…。
二人のことは気にならないわけじゃないけど、今は『迷惑を掛けるようなことはしないから』と言う、彼の言葉を信じるしかない。
◇
『ったく、こんなに飲んで…』
気持ち良さそうに海のベットで眠るティナを見つめながら、一人呟く。
どんなに冷たい態度をとっても、いつも明るく笑顔を絶やさない。
何で、俺のことなんて好きになったりしたんだ―――。
初めは、うざったい以外の何者でもないと思った。
俺なんかよりも、別の男を好きになればいいじゃないか…。
ところが自分も同じなんだと気付いた時、ほんの少し彼女の想いを理解したような…。
そうしたら、なんだかものすごく彼女のことが気になり始めた。
エロ丸出しで、舐め回すように見てる奴。
そんな男にまで、彼女はとても優しくて。
いつしか、目で追っている自分。
彼女を諦めさせるはずだったのに、俺自身が好きになってどうするんだよ…。
思わず笑いが込み上げてきて、たまたま側にいた兄貴が変な顔で見ていたっけ。
「…うぅっ…っ…」
そんなことを考えているとティナが目を覚ましたのか、眉間に皺を寄せて苦しそうな表情をしている。
「おいっ、大丈夫か?気持ち悪いのか?」
「…うぇ…っ…っ…」
「うわぁっ、待てっ!吐くなっ」
海は慌ててキッチンへ行くと、手当たり次第にコンビニのビニール袋をあさって戻って来た。
途中、その辺に転がっていたペットボトルを踏ん付けて引っくり返ったりとすごい音が響いていたが、それどころではない。
吐かれるよりは、マシなのだから。
「高畑っ、吐くならこっちっ!!」
間一髪、ヘッドスライディングでなんとか周りへの被害は抑えられたようだが…。
「…エホッ…っ…」
ティナの背中を何度も何度も、大きな手が上下する。
気持ち悪いのに変わりはないが、それ以上にこの心地よさはなんなのだろう…。
「大丈夫か?」
―――今、男の人の声が…それも…。
それも、聞き覚えのある声。
どうして?っていうか、ここは…。
段々意識がはっきりしてきたが、見知らぬ場所に不安が過ぎる。
「高畑?」
「えっ…海…さん…」
名前を呼ばれて顔を横に向けると、そこにいたのは海だった。
―――どうして、海さんが?一体、ここは?
「気持ち悪いなら、我慢することないぞ」
「どうして…」
「あっ、そうか。なんでここにいるか、わからないんだな。じゃあ、説明すると、ここは俺の家。兄貴が帆波に電話を掛けたら、あんたが酔っ払って動けないって言うんで取り敢えず連れて来た」
―――えっ、ここは海さんの家なの?
ゆっくり見回してみると、ところどころに空のペットボトルが転がっていて、洋服なんかも脱ぎ散らかしたまま。
黒とグレーを基調にしたインテリアは、確かに女性の部屋らしくない。
「すみません。海さんにまで、ご迷惑をお掛けして」
「そうだな。俺をこんなに心配させて」
「え?」
―――それは…どういう…。
「そんなに飲めないのに、無理するからだぞ?」
「ごめんなさい」
―――でも、どうして海さんの家に…。
帆波さんと真由さんは?
「あの…みなさんは」
「あぁ。河西さんを家に送って、帆波と兄貴は隣の自分の部屋に行ったよ。今頃は、美味しいことしてると思うけどさ」
「隣?」
「あれ、知らなかった?隣の部屋が帆波で、その奥が兄貴。俺達3人並んで住んでるんだ」
「そうなんですか?」
―――知らなかった。
そんなことって、あるのね。
3人が、並んで住んでいるなんて…。
「帆波が初めに住んでいて偶然隣に兄貴が越して来たんだけど、そこへ俺がアメリカから戻って来て転がりこんだってわけ。運よくここが空いたから、越して来たんだ」
―――だったら、どうして…私は、帆波さんの部屋ではなくて、海さんの部屋にいるのかしら?
海さんは、私のことが好きじゃないはずなのに…。
「どうした?まだ、気持ち悪いのか?」
「いいえ」
急に俯いてしまったティナに海はまた気分が悪くなったのかと思ったが、本人は違うと言う。
しかし、どう見てもそういうふうには見えないが…。
「だけど」
「お願いですから、そんなに優しくしないで下さい」
「高畑…」
「いつものようにごめんって言って、知らんフリしてくれればいいんです。なのに、こんな時に…優しくされると勘違いしちゃうじゃないですか」
ティナの瞳から、大粒の涙が溢れ出す。
泣くつもりなど…迷惑が掛かるとわかってはいても、勝手に溢れ出してしまうものを止めることができなかった。
「ちょっ、泣くなよなっ、高畑。俺は、そんなつもりでここへ連れて来たんじゃないんだからっ」
まさか、泣かれるとは思っていなかった海はどうしていいかわからない。
ただ、彼女が心配で側にいたかった。
それだけなのに…。
「だったら、どうして連れて来たんですか?」
「それは…高畑が、心配だったから」
「海さんが、私のことを心配する理由なんてないじゃないですか」
「なんだよ、その言い方。俺が心配したら、いけないのか」
「そんなこと…」
「ごめん。俺、本当に高畑のことが心配だった。側にいたかったんだ」
「海さん…」
肩を抱かれ、海の温もりを感じて余計に涙が出そうになる。
だけど、このままでは彼の優しさに甘えてしまう…。
「好きだ」
一瞬、何を言われたのかわからなかった。
―――好きって、言われたような…。
「高畑が、ティナが好きだよ」
「うそ…」
「うそって、俺がうそなんて言うかよ」
「でも…」
「でもも、くそもないんだよ。俺がティナを好き、ティナも俺を好き。それで、いいんだ」
今度はしっかりと抱きしめられて、彼の顔が至近距離に迫って来る。
「ダメっ」
「なんでだよ」
「汚い」
「あ?」
「俺は、そんなの気にしないけど」と言いながら、海はティナの額に唇を落とす。
あんなに迫って来たくせに、いざとなると強がって。
「今度、改めてキスしてくれますか?」
「あぁ、いくらでも。気の済むまで、してやるよ。息もできないくらいのやつを」
より一層強く抱きしめられて、再び額にくちづけが降り注ぐ。
酔いが覚めたら、夢だった…なんてことにならないかしら…。
だったら、このまま…夢のままでいい。
朝、目が覚めてもティナの隣にはぐっすりと眠る海がいた。
※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。
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