次の日、会社に出社すると既に来ていた河西 真由があたしに気付いて駆け寄って来た。
「帆波、おはよう」
「おはよう、真由」
「ねぇ、今日から新しい人が来るらしいよ?」
「え…」
まさかとは思うけど、妙な胸騒ぎ嫌な予感がしてきたわ。
「あたしはまだ実物と対面していないからなんとも言えないんだけど、関西支社から引き抜かれたエリートで、すごく背が高くてかなりのいい男だって見た子が言ってたわよ」
背が高くて、いい男…。
おまけに関西支社からの異動となれば、まさしくあいつじゃない。
なんてこった…。
まあ予想通りだから、そんなに驚かないけど。
なんて思っていると始業の鐘が鳴り響いた。
「ちょっと、みんな集まってくれるかな」
部長の呼びかけに皆が一斉に中央に集まった。
見慣れた髪の薄いオジサンの隣には、昨日にもまして改心の笑みをたたえたお隣さんが立っていた。
ジーパンにTシャツ姿とは一変、ダークグレーのスーツに趣味のいいネクタイが一層彼の魅力を引き立てているように見える。
ふと周りを見回すと女子社員は彼に釘付けになっているようだ。
確かに外見はいいけど、中身は軽いナンパ男なのに。
「今日から、こちらで営業を担当してもらうことになった日向 湊君だ。彼は入社以来3年間、関西支社で営業のノウハウを勉強してもらっていたが、ようやっとこっちに来てもらえた将来有望な人材だ。まぁ、初めは慣れないこともあるかと思うが、皆もよろしく頼むよ」
「では、日向君から一言もらおうか」との部長の前置きの後、一歩後ろにいた彼が前に出て来た。
「本日より、こちらでお世話になります日向です。少しでも皆さんのお力になれるよう頑張りますので、よろしくお願いします。あと、彼女募集中なので年上年下年齢問いませんから、そっちもよろしくお願いします」
拍手と共にみんなの笑い声が聞こえたが、あまりにナンパな発言にあたしは笑うことなどできなかった。
と言うよりバッチリ目が合って、微笑まれてしまったのだ。
あ〜あたしがお隣さんだって気付いちゃったわね。
だからって、どうってことないし…。
挨拶が終わって、あたしは何事もなかったように自分の席に戻ろうとしたが…。
「帆波っちゃん!!」
ゲッ。
こんなところで、デカイ声で人の名前を呼ぶな!それもちゃん付けで!
「帆波ちゃん、今ゲッって言ったでしょ。水臭いな〜同じ会社に勤めてるなら、そう言ってくれればいいのに」
「ちょっと!ここは会社なんですから。そういう呼び方、やめてくれませんか!」
いつも温厚なあたしが、声を荒げたことに周りにいたみんなが驚いて見てる。
いくらあたしだって、怒る時は怒るのよ。
なんなのよ、この男。
人に恥じかかせて、面白がってるわけ?
「怒ってる帆波ちゃんも、可愛いいねぇ」
「・・・・・・・。」
空いた口が塞がらないって、まさしくこのことを言うんだわ。
って感心してる場合じゃないのよ。
「こら、日向。もう浅倉さんに手を出してるのか?それより、挨拶周り行くぞ、早く支度して来い」
「は〜い。じゃあ帆波ちゃん、またね」
寺崎主任のおかげで、ようやくあの男はあたしの前から去って行った。
しかし、女子社員のあたしへの視線が痛い…。
そうよね、あんなナンパ男だけど顔はいいんだもの。
彼女募集中発言を真に受ければ、みんな我こそはって思ってるに違いない。
なのにあたしへのあの発言は、聞き捨てならないだろう。
「ちょっと帆波っ。日向さんと知り合いなのっ?」
ここにそれを代弁すべく、問い詰めてくる子が1人いた。
「知り合いっていうか、なんというか…」
「なによそれ」
「まあ、後でゆっくり話すから」
興奮気味の真由を取り敢えずその場はそれで抑えて、あたしはいつものように仕事をこなした。
◇
お昼休み、食堂で定食を食べながら待ってましたとばかりに真由が突っ込んできた。
「で、日向さんとはどういう関係なの?」
「関係もなにも、単なるお隣さんよ」
「お隣さん?」
真由は、何か期待でもしていたのだろうか?
お隣さんという言葉を聴いて、少々拍子抜けの様子だ。
「そう、日向さんは昨日あたしの隣の部屋に越して来たの。それだけ」
「でもさ、随分仲いいじゃない。もう帆波ちゃんなんて呼ばれてさ」
「そんなことないわよ。名前を教えてくれって言うから、それにあの人が勝手にそう呼んでるだけよ」
「ふ〜ん」
「なに?なんか言いたそうね」
この目は、本当にそれだけなのか?と言ってるようにしか思えない。
だけど、それだけなんだから他に何を言えばいいって言うのよね。
「だってさ、帆波だけそんなふうに呼んでもらえるなんて」
「大丈夫よ。あの人ナンパ男だから、すぐに真由のことも”真由ちゃん”って呼ぶようになるわ」
あの男のことだもの、部内いや会社中の女の子の名前を全部聞き出してちゃん付けで呼ぶに決まってる。
はぁ〜。
あたしは、これからのことを考えると溜息しか出てこなかった。
※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。
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