「ほ・な・み・さん」
またもや、休憩をしようと帆波は自販機の前でオヤジのように腰に手を当てて首や肩を回したり、腕を回したりしていると、ティナが飲み物を買いにやって来た。
「あっ、ティナちゃん」
「海さんが言ってました。自販機で帆波さんを見掛けると、体操してるって」
「えっ…海さん、そんなことまで言ってるの?」
―――どこで何を言われているか、わからないわね。
気をつけないと。
抽出されたコーヒーのカップを取り出すと、帆波は近くの椅子に腰掛けた。
「あっ、そうだ帆波さん。今度、お買い物に付き合ってもらってもいいですか?」
ティナはコインを自販機に入れて、ペットボトルのお茶のボタンを押す。
ゴロンと出てきたボトルを取り出すと、帆波の隣に座った。
「買い物?うん、いいけど。でも、それなら海さんに付き合ってもらえばいいのに」
せっかく、海と付き合うようになったのだから、一緒に行けばいいのにと帆波は思う。
それとも、彼は買い物に付き合うのは、あまり好きじゃなかったりするのだろうか?
「内緒で、選びたいんで」
「内緒?」
―――なるほどね。
喜んでもらいたいっていう、女心。
可愛いなぁ。
そう言えば、帆波は湊に対してそういうことをしていなかったなと思う。
デートらしいデートをしたことがないし、彼と過ごすと言えばいっつもどちらかの家で…。
「はい。帆波さん、下着のコレクションをしてるっていうので、是非選んでもらいたいなって」
「げっ…」
帆波は、思わずコーヒーを吹き出しそうになった。
―――ティナちゃん…。
そんなの、一体どこで聞いてきたの?
とは言っても、出所はひとつしかないんだけど…。
恐らく、湊が海に話したのだろう。
一度、海も帆波の下着姿はちらっとだが、見たことはあるし…。
あの二人、仲がいいだけにそんなことまで情報を回していたとは…。
だいたい、それをティナちゃんに言わなくってもいいわよね。
「お願いしますぅ」
「それは、構わないんだけど…」
あまり嬉しい誘いではなかったが、ここは可愛いティナに免じて付き合ってあげることにしよう。
近いところで、今週の土曜日に買い物に出掛ける約束を交わしたのだった。
+++
久し振りの買い物を、実は帆波も密かに楽しみにしていたりして…。
二人が待ち合わせた場所は、最近できたばかりの大型ショッピングセンターなどではなく、昔から若者に人気のあった街。
たくさん立ち並ぶ路面店の中に、雑貨などに混じって安くて可愛い下着を扱うショップがたくさんあるからだ。
「ティナちゃん、ごめんね。遅くなって」
「いえ、私も今来たところですから」
先に待っていたティナは、若いということもあるが、本当に可愛らしい。
会社では見られない、ミニスカートからスラット伸びる足に目が釘付けになる。
彼女を隣に連れて歩いたら、海もさぞかし鼻が高いだろうと思う。
「あたしがよく買うのは、すぐそこにあるお店かな」
本当にすぐ近くにあって、一面ガラス張りの店内にはところ狭しとランジェリーが並べられていた。
彼氏同伴で来る子も少なくないが、湊をこんなところへ連れて来た日には、大変なことになるのは目に見えているから絶対しない。
「ここですか?やぁ〜ん、可愛いぃ。さすが、帆波さんっ」
「それって、誉められてるの?」
「そうですよ」
―――う〜ん、やっぱり素直に喜べないなぁ。
首を傾げる帆波を他所にティナは、店内を物色し始める。
買い物している時が、一番いい顔をしているかもしれないわね。
そういう帆波も目の前に好きなものが並んでいるだけに、さっきとは目の輝きが違う。
「ねぇ、ティナちゃん。これなんて、どう?」
帆波が見つけたのは、黒のベロア素材にシフォンレースがあしらわれているもの。
若くて可愛いティナの意表をついた、セクシーな大人の雰囲気。
海の好みはわからないが、湊は結構好きだったりするのだが…。
「すっごい、大人な感じですね。私、こういうの持ってないんです。ひとつは、押さえておきたいかも」
「ティナちゃんは、普段はどういうのを買うの?」
「そうですね。普通に淡いピンクとか、水色とかですね」
―――あ〜なんか、そんな感じする。
あたしもね、若い頃は…って、今も若いんだけど、学生の頃とかはそういう爽やかな色の下着を身に着けていたのよ?
それが、いつの頃か大胆なものになっていって…。
逆にあたしの場合は、清純派路線でいった方が、湊さんも喜ぶかもしれないわね。
「そっかぁ、だったら黒は必須ね」
「帆波さんは、どういうのが好みなんですか?」
「あたし?あたしはね、カッコ可愛い感じ?っていうか、黒でも全部じゃなくって、ポイントで明るい色が入っていたりとか。あとは、モコモコした豹柄のものとか、つい買っちゃったんだけど、あれはまだ身に着けたことはないわね」
見た目で可愛いと思うとつい買ってしまう、だから一度も身に着けないままクローゼットの中にしまわれているものもたくさんある。
これを湊に知られると試しになどと言われかねないので、内緒にしているのはここだけの話。
「帆波さんに似合いそう。湊さん、毎回楽しみですね」
「え…」
―――毎回って…。
何が?と突っ込もうかと思ったが、やめておくことにする。
ティナちゃんは、素なのかなんなのか、ときたますごいことを言うのよね。
色々見ているうちに今日はティナの下着を選ぶはずが、すっかり忘れて自分の欲しい物探しに変わってしまう。
店を出た時には、またまた買うつもりのない物まで買っていたのでした。
「おかげで可愛いものが買えました。帆波さん、ありがとうございます」
「どういたしまして。最後は自分のを選ぶのに必死になっちゃったけど、海さん喜ぶといいわね」
「そうだといいんですけど。あっ、ちょっとごめんなさい。電話みたいです」
バックの中から、着信音が聞こえる。
どうやら、噂の彼のよう。
―――海さん、ティナちゃんにゾッコンなのね。
良かったと思う反面、自分の彼はと思ってしまう。
比較するのはよくないが、あんなふうに電話を掛けてもらっているのを見ればやっぱり羨ましい。
「帆波さん、海さんと湊さんが車でこっちに向ってるそうです。一緒にご飯を食べましょうって」
「二人とも?」
「はい。湊さんは、車を運転してるから帆波さんと話せないのを残念がってると海さんが言ってましたよ」
―――そっかぁ、車の運転をしてたから。
なんだか、それだけでとっても幸せな気持ちになってくる。
『帆波は、俺のものだから。これからは俺だけを見て、愛して欲しい』と真剣に言われた時の彼の顔を今でも思い出す。
湊さん、早く来ないかな。
知らぬ間に彼を待ちわびている自分、そして彼のために買った下着。
やっぱり、スキなんだわ。
でもその後、ティナに付き合って帆波も下着を買ったことが湊の耳に伝わってしまい…。
『仲が良すぎるのよ、あの二人』とは、帆波の声である。
そのお話は、次回にゆっくりと…。
※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。
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