メゾン塚田
Story27


『俺、海だけど。兄貴から土産を預かったんだ』
「すみません。すぐ、開けますね」

定時で家に帰っていた帆波のところへ、珍しく海がやって来た。
湊は顧客先に行っていて戻るのが遅くなると言っていたから、いつものお土産を海が預かってきたのだろう。
玄関のドアを開けると、手に紙袋を提げた海がスーツ姿のままで立っていた。

「はい、これ。どっかのシュークリームだって。兄貴、一度会社に戻って来たんだけど、残業で遅くなるから浅倉に渡しておいてくれって」
「ありがとうございます。海さん、お茶でもいかがですか」
「遠慮しとく。兄貴の彼女の部屋には、入れないからな」

海はティナと付き合うようになってからというもの、帆波の部屋には一度も来ることはなかった。
これも、彼なりのケジメというものなのだろう。

「じゃあ、これはありがたくいただいておきます」
「あのさ…」

なんとなく帆波の様子がおかしいと思ってはいたが、それがティナと話をした後だったと聞いて、海はちょっと気になっていたのだ。

「いや、ティナが余計なことを言ったんじゃないかって」
「ティナちゃんが?」

特に帆波には身に覚えはなかったが…。
―――ティナちゃん、別に変なことなんて言ってなかったわよね?

「ほら、浅倉元気なかったし。何かあったのかなって思ってさ」

―――また、心配掛けちゃった…。
元気がなかったのは確かだが、それはティナのせいではなく自分のこと。
いつか、湊が自分の元から離れていってしまうかもしれない。
相手のことを好きになればなるほど、不安になるのだった。

「また、心配掛けちゃったみたい。でも、誰のせいでもないの。ただ…」
「ただ?」
「湊があたしの前からいなくなっちゃったら、どうしてようって…。あたしのこと、いつまでも好きでいてくれるとは限らないし…」
「何だ、そんなことで悩んでたのか?」
「そんなことって…。ティナちゃんだって、同じこと思ってますよ」
「えっ、ティナも?」

黙って頷く帆波に、海もただ事ではなくなってくる。
ティナも、そう思っていたなんて…。
いつも明るくて、元気で、そんなことを思っているようには見えなかった。

「浅倉、やっぱりここじゃなんだから。部屋、入れてくんないか?」
「はっ、はい。どうぞ」

話が長くなりそうだったから、海は帆波の部屋に上がらせてもらうことにする。
もちろん、他意はない。

「コーヒーで、いいですか?良かったら夕食も、今日はハヤシライスだからたくさん作ったんですよ」
「お構いなく、話をするだけだから」

とは言われても、海は会社からそのままここへ来ていたから、食事もまだに違いない。
彼女に疑われることを気にしているのなら、後で帆波からメールを送っておこう。

「さっきの話の続きだけど、兄貴はあんたのこと嫌いになったり、離れていくようなことは絶対ないと思う」
「絶対なんてこと、言えないと思います」

絶対なんてこと…。
今はそう思っても、明日はわからない。

「兄貴は、そういうヤツだから。あの人、スッポンみたいなんだ」
「スッポン!?」

―――スッポンって、あの亀みたいな噛み付いたら離れない?
湊さんとスッポンねぇ。
思い浮かべても、似ているようには思えないんだけど…。

「あぁ。一度好きになったら相手が自分のことを嫌いにならない限り、絶対離れない」
「だから、スッポン?」

―――なるほど。
海さん、うまいこと言うわね。
って、感心している場合じゃないんだけど…。

「兄貴は軽いヤツにしか見えないんだけど、想いは誰よりも深いんだ。だから、あんたは何も心配することはないよ。まぁ、それだけ兄貴を好きだってことだろうから、知ったらめちゃめちゃ喜ぶんじゃないか?」
「そうでしょうか…」
「ったく、そんなことでいちいち悩むな」
「悩みますよ」

彼の想いはわかっているつもりだけど、他の人に言われるとつい自分の心が揺らいでしまう。
本当は帆波自身が湊のことを想ってさえいれば、それでいいことなんだろうけど…。
できたばかりのハヤシライスの良い匂いが、部屋中に漂っていた。

「すっげぇ、良い匂い。美味そう」
「どうぞ、食べていって下さい。ティナちゃんの手料理に比べれば、劣りますけどね」
「それじゃあ、遠慮なくいただきます」

お腹がすいていた海は、美味しそうにそれを食べている。
その姿を見ていた帆波は、ふと思った。
―――双子の海さんも、湊みたいにスッポンなんだろうか?
でも…初めて会った時には、行きずりらしき女性を部屋に連れ込んでいたし…。

「海さんは、どうなんですか?」
「どうって?」
「湊さんみたいに、スッポンなのかどうか?」
「俺?兄貴ほどじゃないけど、本気で好きになったら他の女は目に入らないな。そういう子にはなかなか出会えなくて、遊びで付き合うことが多かったけど」
「じゃあ、ティナちゃんを離すようなことはないんですね」
「それは、誓ってもない。ティナは、特別だから」

その言葉を聞いて、帆波はホッとした。
あれだけ、海のことを想っていたティナに悲しい思いだけはして欲しくなかったから。

「あたし、湊に『希望を何でも叶えてあげる』って言われて、ティナちゃんだったらどうする?って聞いてみたんです。そうしたら、『物なんていらない。どこにも連れて行ってもらわなくてもいいから、海さんには私の側にずっといて欲しいんです』って、言ってました」
「ティナが…」
「恥ずかしい話、あたしそんなこと一度も思ったことなかったんです。どこかで、別れたとしても仕方がないことだって思ってたんですね。それが、ティナちゃんに言われたからっていうか、湊だけはそうじゃないんだって気が付いて」

今までの自分は、その程度の恋愛しかしていなかったんだと…。
改めて気付かされた。

「本気の恋って、難しいんだな。でもさ、部屋が隣だとこうやってすぐ話ができていいかも」
「ティナちゃんも、越してくればいいのに」
「そうだな。部屋が空いたら、越せるように予約しておくか」

二人の笑い声が、室内に響き渡る。
みんなでここに住んだら、すごく楽しいだろう。
―――だけどもしそうなったら、こんなふうに海さんが家に来るようなことは、ちょっと控えてもらわないとね。

「ご馳走様、美味かった。兄貴が帰ってくる前に自分の部屋に戻るよ」
「いえ、こちらこそご心配をお掛けしてすみませんでした」
「あんまり、深く考えすぎないことだな。兄貴を信じて付いていけば、大丈夫だから」
「はい」

玄関先で海が自分の部屋に入るのを見送ると、入れ替わるように湊が帰宅した。

「ただいま。海が来ていたのかい?」
「お帰りなさい。シュークリームを持ってきてくれたの」
「そっか―――帆波?」

急に抱きついてきた帆波に湊は嬉しさと、何かあったのか?という不安が入り混じる。
いつもは恥ずかしがって、絶対こんなことはしてくれないのに。

「どうしたんだ?」
「ううん、何でもない」
「そうか?だったら、いいけど。帆波にこんな可愛いことされて、俺が黙っていられると思う?」
「え…」

―――そういうつもりじゃなかったんだけど…。
なんて考えている間もなく、帆波は湊に抱き上げられてソファーに直行していた。

「やぁっ…」
「嫌じゃないでしょ。帆波が、悪いんだからね」

こんなえっちな彼だけど、こういうことをするのは自分だけなんだって思ったら、やっぱり嬉しいかも。

「ねぇ、湊」
「ん?」
「好きって、言って?」
「好きだよ」
「もっと」
「今日の帆波は、甘えん坊さんだね。そういう、帆波も大好きだよ」

彼の前では、深く考えることなんてないのかも…。
海の言う通りかな、と思う帆波だった。


※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。


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