メゾン塚田
Story29


「おはようございます。随分、たくさんありますね」

帆波が出勤時に出会った同じ階の住人が、大きなゴミ袋を3つも手に持っている。

「おはようございます。今度、引っ越すことになったんです。いらないものを捨ててるんですけど、たくさんあって」
「お引越しですか、大変ですね」

―――なるほど、だからこんなにたくさんのゴミが出たのね。
ということは、部屋が空くってこと?
この人は海さんの隣の部屋の人だから、ここが空いたらティナちゃん住めるじゃない。

海さんと、ティナちゃんもここに住めばいいのにという話をしていたのだが、こんなに早く部屋が空くとは。
そのことを彼女に話したら、是非って言ってたし、それも隣なんてねぇ。

会社に着いたら、早速ティナちゃんに報告しなきゃ。
まだ、誰も借り手がついていなければいいと帆波は思いながら、駅に向かって歩き出した。



「帆波さん、おはようございます」
「あっ、ティナちゃんおはよう。ちょうど良かった、あのね」

帆波が会社に着くと一番にティナに出会ったので、早速部屋の話をしてみる。

「海さんのお隣の部屋が、空きそうなの。ティナちゃん、越してこないかなって思って。もう、借り手がついちゃってるかもしれないから、確認してみないと何とも言えないんだけど」
「えっ、そうなんですか?住みたいですぅ。あそこ、便利だし、おしゃれだし、それに一人暮らししてみたかったんですよぉ」
「一番は、海さんがいるからでしょ?」
「あ…」

思っていることを言い当てられて顔を赤くするティナが、可愛いなぁと帆波は思う。
でも、そうとなれば早く手を打たないと。

「じゃあ、あたしから不動産屋さんに聞いてみるわね。そうだ、もしあの部屋にティナちゃんが住めることなったとしても、あの二人にはまだヒミツにしておかない?」
「ヒミツ?」
「そう。内緒にしてて、びっくりさせちゃおう」
「おもしろそうですぅ。海さん、驚くなぁ。きっと」

そうなればいいとは海も言っていたけれど、まさか本当になったとしたら驚くに違いない。
それも、内緒で隣に住んでいたら尚更。

「帆波さん、教えてくれてありがとうございます」
「ううん、あたしもね今朝偶然にその部屋の人に会って、聞いたばかりなの。ティナちゃん、住めるといいわね」
「はい。よろしくお願いします」
「任せて」

10時頃になったらすぐ、不動産屋さんに電話してみよう。
―――なんだか、楽しくなってきたわ。
4人が同じアパートの同じ階に住んだらまるで社員寮のようだが、それはそれで楽しそう。
自分のことのようにワクワクする、帆波だった。



「あの202号室の方が越すと聞いたもので―――。そうですか。知り合いに住みたいって子がいるので押さえておいていただけますか?お願いします」

――― ヨシっと、これでバッチリだわ。
もう少し遅かったら、別の人に入られちゃうところだった。

人気のアパートだったから問い合わせが結構あるとのことだが、いちいち連絡するのが面倒だからと予約は受け付けていないらしい。
そんなことをしなくてもすぐに入居者が決まるから、その必要がないのだろう。
たった今、入居者募集の張り紙をしようとしたところだったと言っていたので、もう少し遅かったら誰かに入られてしまっていたかもしれない。

「帆波。202号室の人、越すのかい?知り合いに住みたい子がいるって、帆波の知り合い?女の子?」
「げっ。湊…いつから、そこに…」
「たった、今だけど」

―――やだ、いつから湊ったら、そこにいたのよ。
まぁ、名前は言ってないから、誰が越してくるかはわからないわよね。

「うん。202号室の人が越すらしいから、一人暮らししたいっていう友達にどうかなって思って。もちろん、女の子よ?」
「そっかぁ。高畑さんが、住めばいいのにな。そうしたら、海も喜ぶだろうに」
「そっ、そうねぇ。そうだったら、いいのに…ね。あは…」
「ん?帆波、何か隠してるね」
「えっ…」

―――バレタ…。
湊って、こういうところ鋭いのよね。

「やっ、あたしは…何も…」
「今夜、ゆっくり聞かせてもらうから」

「じゃあ、これから会議なんだ」と、湊は行ってしまった。

―――あぁ…内緒にしておこうと思ったのにぃ…。
でも、湊にバレても海さんに知られなければ大丈夫よね。
それよりも先にティナちゃんにOKだって、言っておかないと。

+++

「ただいま」
「お帰りなさい」

「はい、お土産。今日は、美味しそうな苺が売ってたから」と、いつもいつも彼は何かしらを買ってきてくれる。
―――それにしても、美味しそうな苺。

「うわぁっ、美味しそう。ありがとう」
「どういたしまして。でもさ、女の子が苺を食べてる姿って、ちょっとエロいよな」
「湊っ」

―――どうして、そうなるの?
湊ったら、何かの見過ぎなんじゃないかしら。

「そう言えば、帆波の隠してることって何なんだ?」
「えっ…」
「俺が忘れたと思ったら、大間違いだよ」

湊は帆波の手を掴んで、自分の方へ抱き寄せる。
観念したように帆波は黙って、彼の胸に頭を預けた。

「えっとね、海さんには内緒にしておいてくれる?」
「海に?」

―――海に内緒にするとは、どういうことなのか?
湊には、さっぱりわからない。

「うん。202号室には、ティナちゃんが越して来るの」
「高畑さんが?」
「驚かせようと思って、本当は湊にも内緒にしておこうかなって思ってたんだけど。バレちゃった」
「なんだ、そういうことか」

―――何を隠しているのかと思ったら、そういうことだったのか。
まぁ、彼女が隣に住んでいれば悪い虫が付くこともないだろうし、なんと言っても逢いたい時にすぐ逢える。
喧嘩をしても、早く仲直りできるし。

「だから、湊もこのことは絶対海さんに言ったらだめよ?」
「わかったよ、海には黙ってる。だけど、俺にも内緒にしようとしていたなんて、ちょっと納得できないな」
「だって、湊ったらすぐ海さんにしゃべっちゃうんだもん」

この二人、すぐしゃべっちゃうからどっちにも内緒にしておかないと筒抜けなんだもの。

「しゃべっちゃうって、ひどいなぁ」
「だってぇ…っぁ…っん…」

すかさず、湊に唇を塞がれる。
片方の手はなぜかおしりを撫でているのだが、もう一方の手で腰をがっしりと抱えられていて、身動きが取れない。

「やぁ…んっ…っ…」
「俺まで内緒にしようとした罰、覚悟してね」

―――あんっ、もうっ。
苺が食べたかったのにぃ。
と思ったが、その苺をのちに彼口に咥えたものを食べさせられるとは…。
このすぐに顔に出てしまう、わかりやすい性格をなんとかしないとっ。
海にはバレないよう、なんとか頑張る帆波だった。


※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。


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