メゾン塚田
Stoey4


それからというもの、あのナンパ男は調子に乗ってか頻繁に帆波の家を訪れるようになった。
いつもあたしの好きなものを手土産に持ってくるから、断れないというのが本音だったけれど…。
目の前で、今日の夕食であるドライカレーを黙々と食べているお隣さん。
それにしても、一体どういうつもりなのか…。

「あの、日向さん」
「湊って、呼んでくれていいよ?」

―――はぁ?
何を言い出すのよ、この男は。
って、あたしはそんなことを言いたかったんじゃないのよ。

「そうじゃなくってですね」

「うん?」と首を傾げてこっちを見ている彼は、この状況に全く違和感を感じていないよう。
―――やっぱり、おかしいわよね?
いくらなんでも、こんな毎晩のようにうちにご飯を食べに来るなんて…。
でも、かといってもう来ないでくれとも言えないのよねぇ。

「帆波ちゃん、食べないの?このドライカレー、すっげぇ美味いのに」
「え?あっ、あぁ。いただきます」

自分で作ったものをお世辞でも『すっげぇ美味い』なんて言われたら、何も言えなくなっちゃうわよ。
はぁ〜ぁ〜。
結局、二人でご飯を食べた後、締めくくりのデザートに彼が買って来てくれたミルクプリンをしっかり頂いたのだった。

+++

お隣さんが越して来てちょうど一ヶ月になるが、会社では帆波以外の子の名前を呼ぶことは一度もなく、ましてちゃん付けで呼ぶなんてことはまったくなかった。

「ねぇ。どうして日向さんは、帆波以外の人のこと、名前で呼ばないのかしら?」

初日にデカイ声で名前を呼ばれて以来、あたしはそのうち真由もそう呼ばれるわよなんて言っていたのだが、彼はまったくそういう素振りさえ見せなかった。

「さぁ。あたしにはあの人の頭の中は、皆目検討もつかないけど」

相変わらずの冷めた反応に真由も呆れ顔だ。
だって、急に態度が変わる方がおかしいじゃないねぇ。

「日向さんにとって、帆波は特別なんじゃないの?」
「そんなこと、あるわけないじゃない」

あのナンパ男が、そんなはずあるわけないじゃない。
きっと、本性を隠しているに違いないわ。



その夜もお隣さんは、帆波の家にやって来た。
もちろん、手土産は欠かさない。
今日のデザートは、有名な和菓子屋さんの水饅頭。
これ、すっごくおいしいのよねって、褒めている場合じゃないのよ。
そういうあたしも、なんだかんだいって新鮮な魚介類が手に入ったからと海鮮丼をちゃっかり二人分作ったりしてるんだけど…。

「日向さん」
「どうしたの?帆波ちゃん、眉間に皺なんか寄せちゃって」

知らぬ間に帆波は、顔をゆがめて眉間に皺を寄せていた。
それもこれも、このお隣さんが原因なのだということを当人はまったくわかっていない。

「日向さんは、どうして毎晩うちにご飯を食べに来るんですか?そりゃぁ、よろしかったらいつでもいらしてくださいとは言いましたよ?でも、これってなんだか変ですよ。恋人同士じゃないんですから」

帆波は、思っていることを一気にぶちまけるとすっきりしたのか、すっかり眉間の皺もなくなっていたはずなのだが…。

「帆波ちゃんは、恋人同士じゃないから変だって思うの?」

彼の言っていることは、なんか微妙に観点が違ってるように思うけど、ようはそういうことかしら?
単にお隣さんで同じ会社に勤めてるってだけで、特に親しいわけでも友達でもまして恋人でもない。
たまたま成り行きで夕飯をご馳走しただけで、これはどう考えてもおかしいものね。

「というか、お土産をくれるのは嬉しいんですけど、こういうのは早く彼女を作ってしてもらってくださいよ」
「そっかぁ、帆波ちゃんはそんなふうに思っていたんだね」

妙にしんみりしてしまったお隣さん。
―――あたし、そんな変なこと言ったかしら?
そういう顔されると正直困るのよね。

「そんな、変な意味で言ったんじゃないんですよ?ただ…」
「いい機会だから、恋人同士になっちゃおうか」
「はぁ!?」

―――このナンパ男は、何を言い出すのかと思えば…。
なんで、あたしがあなたと恋人同士にならなきゃならないの!

「その方がいいでしょ。そうすれば、帆波ちゃんの悩みも解決できるわけだし」

―――悩みってねぇ…。
それが悩みじゃないっつうの!
あなたが、毎晩うちに来てご飯を食べていくことが悩みなんでしょうがっ。

「どうして、そういう考えになるんですか?だいいち、日向さんはあたしのこと好きでもないのに」
「好きだよ」
「えっ?」

―――今…この人、好きとかなんとか言わなかった?

「俺は好きでもない子を名前で呼んだりしないし、いくら隣に住んでいるからってこんなふうに来たりしないよ」
「そんなこと…信じる方が無理です」

彼の言うことを信じれば、真由が『日向さんにとって、帆波は特別なんじゃないの?』と言っていたことも頷けるが…。
だけど、あの軽い口調のどこをどう信じればいいって言うのよね?

「う〜ん、困ったねぇ。どうしたら、信じてもらえるのかな?俺の気持ち」

顎に手をあてて、真剣に考えているお隣さん。
―――どうやってもこうやっても、あなたの気持ちなんて信じてあげられないんですぅ!

「じゃあ、一回寝てみようか。俺ね、自慢じゃないけど本気で好きな子にしか勃たないの」

―――は…い!?
今…勃つとか、勃たないとか…って、聞こえたような気がしたんだけど…まさか…空耳よねぇ…。

「体の相性って、重要だよ?もちろん、それだけじゃないけどね」

そうかもしれないけどって、思ってる側からいつの間に側に来ていたのか、彼はあたしのすぐ目の前にいて腰をしっかりと右腕で抱き寄せた。
そして、帆波の顎に左手を掛けて上を向かせる。

「ちょっ、日向さんっ。どっ、どういうつもりですか?」
「うん?どういうつもりって、こういうつもり」

「…っ…んっ…」

彼の唇が、帆波の言葉を封じてしまう。
それは時に優しく、時に激しさを増して帆波の全身を溶かし、するりと入ってきた舌が歯をなぞり器用に口内を這っていく。

「…はぁ…っん…っ…」
「いいよ、帆波ちゃん。その声、もっと聞かせて」

―――いやっ、何が『いいよ』なの!
と心の中で叫んでみても、体はしっかり反応している。
もう、なんなのよ!
想像すらしていなかった展開に拒絶することも忘れて、ただ彼を受け入れてしまう帆波だった。


※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。


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