自分で言っておきながら、田村は莉麻の姿を見て声が出なかった。
―――いくら、スカートは短めにと言ったからって…あれは…。
すぐに彼女を車の助手席に押し込むと、どこへともなく走り出す。
「田村さん。デートって、どこへ行くんですか?」
莉麻は、さっきから口も利かずに難しい顔でハンドルを握っている田村に何事もなかったように普通に話し掛ける。
「夜景が綺麗に見える店で食事でもと思ったけど、やめた」
「えっ、やめたって…どうしてですか?もったいない。夜景見たかったのにぃ」
夜景という言葉に反応した莉麻だったが、やめたと言われて口を尖らせながら抗議する。
「どうしても、こうしてもないだろうが。そんな足を出して」
「『スカートは短めに。以上』って、電話を切ったのは田村さんじゃないですか」
「だからってな、何もそんなに短いのを選ばなくてもいいだろうが」
―――確かに言った。
言ったことは認めるが、何もあんなに足を出さなくても。
パンツこそ見えないけれど、風が吹けば一発だろう。
だいたい、駅の階段でも上がろうものなら、男は姿勢を低くしながら食い入るように上を見上げるに違いない。
って、俺は言っとくけど、絶対にそんなことはしないからな。
「そんな言い方しなくても…。田村さんが、喜んでくれると思ったのに」
あまりに意外な返答に、田村は危うく赤信号を見落とすところだった。
田村がああ言ったのは単なる口癖というかであって、別に本当にそうしなくても良かったのである。
それが、彼のためであったとなれば、嬉しくない男などいるはずがない。
「莉麻…。あーわかったよ。せっかく予約したし、言う通りもったいないから行こう」
「本当?」
「あぁ」
さっきとは打って変わって目を輝かせている莉麻を見て、車の運転さえしていなければ田村はその場に押し倒すところだった。
――― 一体、どうしちゃったんだ?
デートに誘った時も、理由がわからないとか言ってたくせに。
今日の莉麻はあまりに可愛くて、今までとは別人のようだ。
これも、酔ってたにせよ体を重ねたからなのか?
なんとなくだが、もう会ってはくれないような気がしていただけにこの変化は嬉しい限りだが…。
夜景が綺麗に見える店というのは都心にある高層ビルの最上階にあるもので、フロアがゆっくりと動いて1時間で一回転するというもの。
足元までがガラス張りになっていて、まるで宙に浮いているように感じる。
「うわぁっ、スゴイ!こんな素敵なところ、やめなくて正解ですよ」
これだけの景色、もちろん料理も絶品で評判の店である。
常に予約でいっぱいなのも頷ける。
「莉麻が気に入ったんだったら、いいけど」
「超、気に入りました」
「あっ、言っとくけど今夜は酒はナシな」
「え〜どうしてですか?こんな素敵な夜景を見ながら、一杯やるのがいいんじゃないですか」
「ダメだ。この前みたいに酔っ払ったらどうするんだ。俺の家に連れ込まれてもいいのか?」
―――酔っ払って、ソウジって男と間違えられても困るんだよ…。
ソウジという男のことを聞き出すには酔わせるのが一番かもしれないが、今はまだそれをする気にはなれなかった。
「それは…だったら、前もって私の家を教えておきますから、それならいいでしょ?」
「ダメだ」
「ケチぃ」
納得いかないままの莉麻だったが、ギャルソンに案内されて仕方なく席に着く。
「ちょっとくらい、飲ませてくれても」
「ちょっとじゃ済まないくせに」
一杯だけと思ってもついついお酒が進んでしまい、最後には泥酔状態にまでなってしまう。
これは、いつものパターンで…。
わかっていても、やめられない。
「今夜は、夜景で我慢しろ。今度、俺の部屋でゆっくり飲ませてやるから」
「それじゃぁ、ここで飲んで連れ込むのと一緒じゃないですか」
「いいんだよ」
どうにも腑に落ちないが、彼にいくら言っても無駄だろうから、莉麻もこれ以上は何も言わなかった。
それよりも目の前に広がる夜景があまりにも美しくて、お酒が飲めなくても彼の言うように十分だと思ったから。
◇
食事も夜景も堪能して駐車場に戻ると、莉麻が躊躇うように口にした。
「もう、帰っちゃいますよね」
「えっ、どうして?」
どうして?などと聞き返さなくても、莉麻の顔を見ればそれはわかること。
まだ、一緒にいたい。
そう思っているのは、明白だった。
なのに、わざと聞き返してみたりして…。
「あっ、何でもないです」
「なんだよ。はっきり言わないとキスするぞ」
田村は、莉麻の視界いっぱいに顔を近づける。
既にキスする一歩手前という状況に莉麻は慌てて後ずさりするが、車に背後を阻まれて…。
「帰ったらいけないのか?ん?」
腰に腕を回され、彼にしっかりと抱きしめられる。
この前は酔っていたから何も覚えていないが、今は違う。
莉麻の心臓は、今にも飛び出してしまいそうなくらい鼓動を早めていた。
「莉麻、言ってごらん?」
耳元で囁くように言われて、それは益々激しくなっていく。
―――そんな、優しい口調で言わないで…。
「もう少し」
「もう少し?」
「もう少し…一緒にいてもらっても、いいですか?」
最後の言葉を聞き終わるか終わらないうちに田村は莉麻の唇を奪う。
今夜会った時から、食事よりも何より味わいたかったもの。
「…ぁっ…田村…さ…ん…」
「命(あきら)って呼ぶよう、言っただろう?」
「…命っ…」
「そう、いい子だ。莉麻」
何度も何度も角度を変えて、くちづけは段々と深くなっていく。
周りに人がいなかったからいいようなものの、もし誰かに見られたら…。
そう思っても、お互いあまりに気持ちよ過ぎて途中でやめることなど無理だったが。
「…あき…ら…っ…」
「莉麻、愛してる」
―――例え、莉麻の心の奥底でソウジという男のことを想っていようとも俺は構わない。
必ず、莉麻の全てを俺に向けてみせる。
必ず―――。
そう莉麻に刻み付けるように田村は、いつまでも唇を離さなかった。
※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。
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