IMITATION LOVE
STORY9


勢いで付き合うと言ってしまったはいいが、あんなことになってしまって…。
あの日から数日が過ぎていたけれど、田村からの連絡はない。
もしかして、愛想をつかされた?
そうなっても仕方がないのかもしれない。
こんな面倒な女なんて…。
―――その前に本当の名前を言わなきゃ。
せめて、綾子の代わりにお見合いに行った経緯と名前くらいは名乗っておかなければ。
ただ、なんとなく顔を合わせづらいのは確か。
はぁ…ぁ…。

部屋でひとりローテブルに突っ伏しながらこんなことを考えていると、手に握っていた携帯が震えだした。
―――綾子かな?
彼女は何も言わないけれど、きっと会社での私の様子から察していたに違いない。

「もしもし、綾子?」
『莉麻』
「えっ…」

つい確かめもせず出てしまったのだが、男性の声に莉麻は驚きのあまり思わず電話機を耳から遠ざけた。
―――誰っ…。
莉麻の携帯に電話を掛けてくる男性はないはずだし、まして名前を呼び捨てにする人など…。

『おいっ、莉麻。聞いてるのか?おいっ―――』

電話機から莉麻を呼ぶ声が聞こえるが、この口調は…。
―――まさか…えぇぇ?!
恐る恐る、莉麻は電話機を耳を当てる。

「はい―――」
『やっと、出たか。切られるかと思ったぞ?』
「あの…田村さん」
『ごめんな、横田さんに聞いて勝手に莉麻の携帯に掛けた』
「名前、知ってたんですね」

綾子に聞いたのだとは思うが、いきなり電話を掛けてくるとは思わなかった。

『言っとくけど、これはあんたが自分で言ったんだからな。覚えていないかもしれないけど』
「え?私が」
『俺が“横田さん、家はどこなんだ?”って聞いたら、“え〜誰?横田って。私は里中、さとなか〜りまって名前なんだけど〜”って』

―――あちゃー。
自分で言ってちゃ、世話ないわね。
だけど、ワインを一本空けちゃったんだものいくらお酒が飲める方だといっても、酔うわよね。
言い訳してるわけじゃないんだけど…。

「私こそ、ごめんなさい。嘘をついているつもりはなかったんですけど」
『それは、本当の横田さんに聞いたから。俺はなんとも思っていないし』

―――そのおかげで、俺は莉麻に会えたんだ。
身代わりに選んだ彼女に感謝したい。
そう続けようとしてやめたのは、なんだかそういうことを平気で口に出すのはキザっぽい気がしたから。

「ならいいんですけど…他には」
『え…』
「他に私、変なこと言いませんでしたか?」

この質問に他意などなかった。
ただ、余計なことを言ったのではないかと莉麻が思っただけ…。
一瞬、田村はソウジという男の名が頭に浮かんだが、今は自分の心の中に留めておくしかない。

『あ?変なことは言ってなかったけど、かなり大胆なことは…』
「大胆って?」

―――抱いて、なんてな。

『いや、なんでもない。可愛かったよ』
「はぐらかさないでくださいっ」

電話の向こうで顔を赤く染めているであろう莉麻を想像して、田村の顔が緩む。
彼女が誰を想っていたのかはわからないが、可愛かったという言葉に嘘はない。

『何、赤くなってるんだよ』
「見えないくせに…」
『なんか言ったか?よく聞こえなかった』
「いえ、なんでもありませんっ」

―――まったく…でも、田村さんは何の用があって電話を掛けてきたの?
付き合っている相手なら、声が聞きたかったとか、デートの誘いとかあるかもしれないけど…。

「あの…」
『あっ、そうそう。明日なんだけど、夜空いてるか?』
「え?」

莉麻の聞こうとしていたことがわかったのか、田村に遮られるように言われてそれ以上聞けなくなってしまう。

『デートに誘うために電話を掛けたんだ』

これは田村の咄嗟についた嘘のように感じられたが、それでも莉麻にとっては嬉しかったかもしれない。
もう、会わないとはっきり言われなかっただけ―――でも。

「田村さん」
『命(あきら)だ』
「命…さん?」
『さんは、いらない』
「命、あの…お気持ちは嬉しいんですけど、デートに誘われる理由が…」

酔っ払って寝てしまうようなことになって…その上、この年でヴァージンだったなんて…。
そんな面倒くさい女と、これ以上付き合いたくなんてないはず。

『何言ってるんだ?俺達、付き合ってるのに何でデートに誘ったらいけないんだ?』
「まぁ、そうですけど…」
『だったら、何も問題はないだろ?どうせ、予定もないんだろうし』
「そんなこと、あなたに言われたくありません」

―――そりゃ、仕事が終わったら真っ直ぐ家に帰るだけだけど…。
それをいちいち、あなたに言われたくないわね。

『明日、18時に迎えに行くから。それとスカートは短めに。以上』

有無も言わさず、田村からの電話は切れた。
―――何が以上…よ。
だいたい、スカートの長さなんてどうだっていいじゃない。
まったく、エロオヤジなんだから。
そんなふうに思う反面、それが彼の優しさなんだと思う。
外見とは全然違う。
何も、こんな私なんかに構うことなんてないのに…。
田村さん…命…かぁ…。

+++

次の日の朝、会社に出勤すると周囲の視線が突き刺さる。

「莉麻、おはよ―――」
「おはよう、綾子」

目を見開いて口をぽっかりと開けたままの綾子を残して、とっとと莉麻は自分の席に行ってしまう。

「ちょっ、待ってよ。莉麻ったら」

そんな莉麻の後を数秒遅れて、綾子が後を追う。

「ねぇどうしたの?それ」
「別に」
「うそ、それって田村さんの好み?」
「ちっ、違うわよ」

澄ましていても、突っ込まれればうろたえてしまう。
そういうところが莉麻らしいというか、なんというか。

「それは、反則だわ」
「反則って、どういう意味?」

気付いていないところが既に反則だと綾子は思ったが、いくら田村の好みとはいってもあんな足を見せられた男達が黙っていないだろう。

「いい、なんでもない」
「変な綾子」

ここで言わなくても、彼だってこの姿を見たら即禁止令を出すに決まってる。
―――でも、莉麻がねぇ。
男性を避けるようにしていた莉麻が、彼のためにしているのだと思うとなんだかいじらしい。
彼が暴走しないことを祈りつつ、この変化を嬉しく思う綾子だった。


※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。


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