ソウジとは一体、誰なのか?
普段の彼女を見ていると明るくて可愛くて、あの涙などとても想像できないが…。
「命、どうかしたの?」
「いや、何でもない。莉麻、こっちにおいで」
『もう少し…一緒にいてもらっても、いいですか?』
彼女の過去は気になるが、この言葉を思い出しただけで顔がニンマリしてしまう。
命は莉麻にツッコまれないよう至って冷静に振舞うが、やっぱり嬉しい。
キッチンでコーヒーを入れていた莉麻を、命は自分の方へと呼び寄せる。
「もう、コーヒー入れてるのにぃ」
「コーヒーなんて、いつでも入れられるだろう?」
「そうだけど」
少し不満顔の莉麻、そんな膨れっ面も命には全部可愛く見えてしまう。
ここまで溺れるとは…正直、思いもしなかった。
「一緒にいて欲しいと言ったのは、莉麻の方だぞ?」
立っている莉麻の腰に腕を回し、命は自分の方へ引き寄せるようにして座らせる。
なぜかわからなかったが、こうやって側にいないと不安だった。
「ねぇ。命って、いつもこうなの?」
「いつもって?」
聞かなくてもだいたい彼女の言いたいことはわかるのだが、わざとわからないふりをする。
「えっと、こんなふうにベッタリくっ付いてるのかなって」
「生を受けてから今まで、そういうことは一度もない」
「えっ、ないの?」
―――うそ、ないの?
だって、当たり前みたいにさっきからベッチョリくっ付いてるじゃない。
それが、一度もないなんて…。
「ないね。俺の趣味じゃない」
「趣味とか、そういう問題なの?だったら、何で私とは」
「さぁ、それは莉麻を愛してるからじゃないのか?」
自分でもよくもまぁ、こんなクサイ台詞が言えたものだと感心するくらいだが、実はこれが本心だったのかもしれない。
愛してる―――。
愛しているからこそ、側にいて欲しいし、笑っていて欲しい。
「うそ」
「え…」
いきなり、『うそ』と言われて、カウンターパンチをくらったようだ。
「さっきから、愛してるって。そんなに簡単に口にする言葉じゃないでしょ?」
「言っとくけど、こんなふうにくっ付いてることも、愛してるって言葉にすることも、今までの俺にはあり得ないことだ」
「そういうのが、うそっぽいのっ」
腕をすり抜けようとする莉麻を、命は慌てて引き寄せる。
―――ヤダっ、もう。
私は、こういうの慣れてないんだから…。
彼の言うことはどこまでが本当で、どこまでが嘘なのか…いまいちよくわからない。
「莉麻が付き合った男は、愛してるって言葉を口にしなかったのか?」
「え、どうして?」
「なんとなく。俺が言うと、うそっぽいんだろ?他の男だったら、どうなのかなって」
「そんなこと…」
「教えて?莉麻が、どんな男と付き合ってきたのか」
どうしても、莉麻の口から聞きたかった。
どんな男と付き合ってきたのかを。
その中にいたであろう、ソウジという男のことを。
「私は命じゃないから、そんなに男の人と付き合ったことなんてないもの」
「初めてデートした相手は?」
初めてのデートは、忘れもしない中学3年生の時。
高校受験を控えて、同じ塾に通っていた隣のクラスの男の子と1日だけサボってなぜか動物園に行った。
―――あれ?これって、デートって言わないのかしら!?
今思えば、彼からは好きという言葉もなかったし…その後、付き合ったわけでもない。
自分の中ではあれが初デートだと思っていたけど、実際は違うかも?
「中学3年生の時、かな?」
「ふううん。じゃあ、キスは?」
「え…キス?」
―――キスは…。
キスは…総司…。
大学に入ってすぐ、映画サークルに勧誘された。
活動内容は、鑑賞と自分達で映画を作るのが目的のサークルだ。
映画を見るのは好きでも嫌いでもなかった莉麻がほんのちょっと興味を示すと、人員が足りないということもあったのだろう、一生懸命口説き落としたのが、1年先輩の日渡 総司だったのだ。
その様子があまりに真剣で、映画の話よりも彼のことばかり見ていたことはここだけの話である。
「莉麻?」
「えっ、あぁ。えっと、何の話だった?」
急に考え込んでしまった莉麻に、不安を覚える命。
「キスはいつか、って話。何か、嫌な思い出でもあるのか?」
「ううん、そんなことない」
「ならいいけど」
首を横に振る莉麻だったが、やっぱり何かあったのではないかと思ってしまう。
「私ね、男の人と付き合ったのって、今まで一人だけなの」
「え?」
予想外の答えに命は、固まってしまう。
これだけ可愛い莉麻が付き合った相手は、たった一人。
ということは、その男がソウジなのか?
「驚くわよね」
こういう時こそ、弁解しなければならないだろう。
でも、命には何も言うことができなかった。
たった一人の男…ソウジ…初めてだったこと。
全てが重なったように思えたのは、気のせいか?
「なのに、命って優しいのね」
「俺が、優しい?」
「そう。だって、私初めてだったのに何も言わないし」
「それは…」
好きな子にそんなこと、聞けるはずないだろ?
初めてとか、そうでないとか、そういうことが問題なんじゃない。
経験しているのが普通の世の中かもしれないが、だからなんなんだ。
「関係ないだろ、そんなこと。俺は、莉麻が初めてでも、そうでなくても、愛していることに変わりはない」
「命…」
それ以上言えないよう、命は莉麻の唇を塞ぐ。
「…っ…んっ…ぁっ…っ…」
「莉麻は、俺のモノだ。誰にも渡さない」
「…ぁっ…あ…き…らっ…っ…」
誰にも渡すものか―――。
この体に、嫌というほど刻み込んでやる。
今だけは、俺を見てくれ…。
心の中で祈るように、命は莉麻を抱いた。
※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。
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