IMITATION LOVE
STORY13


「私、大学に入ってすぐ映画サークルっていうのに入ったの。映画を観たり、自分達で作ったりが主な活動だったんだけど、正直それほど興味はなくて。でも、その時勧誘してきた彼があんまり熱心に話すものだから、悪いと思ってつい入っちゃったの」

それが、1年先輩の総司との初めての出会いだった。
彼は背も高かったし、顔だってよく見ればいい男なのに、第一印象はあまりいいものではなかったと思う。
髪はボサボサ、髭は生え放題…。
そう、思い返してみると目の前にいる命に初めて会った時と同じだったのだ。

「もしかして、その彼っていうのが、ソウジって人?」
「そう。彼は1年先輩で、勉強より映画って感じの人だった。会話なんて、映画の話ばっかりなんだけど、それが不思議と嫌じゃなかったのよね」

まともに彼の話を聞ける人は誰もいなかったが、あまりの熱心さに負けたというか、聞き手はいつも莉麻の役目。
一生懸命な彼にいつしか恋していたのだろう。

「好きになったんだ」
「最終的には、なってたって感じ?側にいるのが当たり前みたいな。お互いそんな存在だったんだと思う」

総司はいつもビデオカメラ片手に街を歩いては、莉麻のことを撮っていた。
監督や俳優ではなく、彼の担当はカメラマン。
とにかく、映像を撮るのが大好きだったのだ。
どこへ行くにもビデオカメラ持参で至る所で撮られるものだから、莉麻も初めは恥ずかしくて何度もやめてと言ったのだが、慣れというものは恐ろしい。
最後には、撮られているのも忘れてしまうくらいだった。
ある日、『そんなに好きならどうして専門の学校に行かなかったの?』と莉麻が問うと、このサークルに勧誘されるまでその気は全くなかったのだという答えが返ってきて、笑ったのを思い出す。
人数集めに勧誘されたのに、自ら嵌ってしまうとは…。

「でもね、恋人って雰囲気はあんまりなかったかも。キスだって、周りに冷やかされて仕方なくってところもあったし」
「彼は莉麻のこと、好きって言わなかったのか?」
「言ったような言わないような…」
「なんだよ、それ」

二人の関係が、命にはいまいち理解できない。
そういう自分だって今まで言ったことがなかったのだから人のことは言えないが…。
―――そうか、だからあの時『愛してるって。そんなに簡単に口にする言葉じゃないでしょ?』と言ったのか…。
さらっと命が言った言葉が、莉麻には信じられなかったのかもしれない。

「私ね、不器用っていうかそんな総司がすごく好きだったの」

だった―――。

過去形で言える自分が、なんだか不思議な気さえする。
あんなに好きだったのに…。

「なのに、どうして別れたんだ?いや、ごめん。先を急ぎ過ぎた」
「ううん、いいの」

一緒にいるのが当たり前で、離れることなんて絶対ないと思ってた。
それが、どうして別れることになったのか…。

「彼は卒業後に専門の学校に入って勉強したいって言ってたの、本気で映画の道に進みたいんだなって思ってた。ところが…」

大学卒業後は、映像関係の専門学校に入って勉強したいと言っていた。
本気で映画の道に進みたいという彼の思いを理解していたからこそ、その夢を影ながら応援しよう。
そう思っていた矢先、彼は突然莉麻の前からいなくなったのである。

『アメリカに行く。俺のことは、忘れてくれ』

たったこれだけ書いたメモを残して、彼はアメリカに行ってしまったのだ。
これが、総司と過ごした最後の夜だった。
お互いの家に泊まることは普通だったけれど、その間も彼は一度だって莉麻に手を出すことはなかった。
今となってみれば、莉麻の勝手な片思い。
彼にとっては、映画のことを語れるよき理解者、単なる同士に過ぎなかったのか…。
待っていてくれではなく、忘れてくれ―――。
こんなふうに目の前からいなくなると思わなかった莉麻には、到底彼の行動など理解できるはずもなく…。
初めて本気で人を好きになったということも、少なからずあったと思う。
一人の男性で、自分がこんなになってしまうとは…。
どれだけ彼に依存していたのか、思い知らされたのもこの時だった。
抜け殻のようになってしまった莉麻は暫く大学を休んでいたのだが、友人の助けもあってなんとか日常生活を送れるまでになる。
時というもののありがたみを、身に沁みて感じたのだった。

「『アメリカに行く。俺のことは忘れてくれ』なんて、総司らしい言葉なんだけど、あの時は理解できなかった。なんで?どうして、何も言ってくれなかったの?もうそればっかり。せめて、連絡先くらい教えてくれてもって思ったけど、いつ戻って来られるかわからないのに私を待たせるわけにいかなかったんでしょうね」

彼なりの優しさだったんだと思う。
あれから恋をするのが怖くて、ずっと一人で誰とも付き合わなかった。
命に逢うまでは…。

「そうか」

命は短くそう言うと、莉麻の肩に回していた腕に力を込めた。
―――莉麻は、まだ総司という彼のことを想っているのだろうか?
もし、今目の前に彼が現れたなら…。

「私達、まだ学生だったし、あのまま総司と付き合っていたとしても、先のことなんてわからない。辛い思い出には変わらないけど、今私が好きなのは命だから」
「莉麻…」

莉麻が愛しているのは総司ではなく、命なのだ。
ただ、どうして酔うと総司のことを思い出すのか…。

「でも私、命のこと総司と間違えてるんでしょ?そんな女と付き合うの―――」

それ以上言葉を言わせないように命は、莉麻の唇を自分のそれで塞ぐ。
まるで、彼女の中にいる総司の存在を消すように。

「俺は、莉麻の前から決して消えたりしない。そして、必ず莉麻の中からそいつの存在を消してやる。愛してる」
「命…」

命に惹かれたのは、どこか総司に似ているような気がしたから。
だけど、一つだけ違うのは想いを全身でぶつけてくれること。
どこかで、ずっと確信が欲しかった。
私を愛しているという言葉が―――。

+++

空港に降り立った総司は、久し振りに日本の土を踏んだ。
アメリカを始め、諸外国を転々と巡ってようやくここへ戻って来る決心がついたのだ。

『莉麻―――』

あんなメモ一つで出て来てしまったことを後悔しなかったわけではないが、彼女を自分の夢に巻き込みたくなかった。
これで良かったのだと思いつつも、何百本にも及ぶ映像を見ればそうもいかないのが本音かもしれない。

『今、何をしている―――』

忘れてくれと自分で言っておきながら、忘れられないのは総司の方なのだと…。
東京に向う電車の中で、窓の外を見ながら一人苦笑した。


※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。


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