IMITATION LOVE
STORY14


不意に広行のデスクの上に置いてあった携帯が震えだし、ディスプレイを見ると非通知の文字。
いつもなら絶対出ないのだが、なぜか今回だけは自然に通話ボタンに指が伸びでいた。

「もしもし」
『あの、海老 広行さんの携帯ですか?』
「はい、そうですが」
『広行。俺だ、総司だよ』
「総司?」

名前を言えばすぐにわかると思った総司だったが、5年という月日は広行の記憶からすぐには引き出せないほど奥底にしまわれていたということなのだろうか。

『忘れたのか?日渡 総司だよ。大学時代一緒だった』
「日渡って…何も言わずにアメリカに行っちまった総司なのか?今、どこにいるんだっ」

あまりの大声に周りにいた人達が、一斉に広行の方へ向けられる。
急いで立ち上がると、フロアの外に出た。

『どこって、家だけど』
「家って、日本に帰って来たのか」
『あぁ、昨日帰って来た。広行の携帯に掛けたんだけど、別の人がでてさ。実家に掛けてお袋さんに聞いたんだよ』
『そうか、前に会社を替えたんだ。親友の俺にさえ、何も言わずに行きやがって。聞きたいことは山ほどあるぞ』
「そう、言われると思った。だから、真っ先に電話を掛けたんじゃないか」
『いい心掛けだな。当分、日本にいるんだろ?また、何も言わずにどっかに行くんじゃないだろうな』
「もう、当分行くつもりはないよ。そう言えば、お前、そのまま東京で就職したってお袋さんに聞いたけど」
『アパートは越したけどな。明日、出てこられるか?』
「いいのか?」
『当たり前だ。今すぐ来いって言いたいところだが、それは勘弁してやる』

「あはは」と電話の向こうから、総司の笑い声が聞こえる。
今はこうして電話を掛けて来ているくせに、どうして行く時は何も言えないんだ。
言いたいことはたくさんあったが、今は彼が元気にしていたこととこうして帰って来た喜びの方が広行にとっては大きかったかもしれない。

「総司、里中さんには」
『言ってない、言える筈がないだろう』
「そうだけど、知らせるくらいはいいんじゃないのか?」
『知らせるなら、お前から言っておいてくれ』

莉麻のことを思うと広行も胸が痛む。
あの時の彼女は、本当に辛そうで見ていられなかった。
ただ、時間が解決してくれることを願うことしか広行にはできなかったのを総司のことより今も時々思い出すくらいだ。
たまにメールのやり取りをすることはあっても、総司のことは絶対に聞いてこなかったしあれ以来口にすることはなかったが…。
もし、今、総司が日本に戻って来ていることを告げたら、彼女はどう思うのだろうか…。
もう、忘れてしまったのだろうか?

「まぁ、近いうちに知らせておくよ」
『すまん。忙しいところ悪かったな』
「いや、俺のこと忘れてなかったんだなって思ったら嬉しいよ」
『広行』
「じゃあ、明日な」

電話を切ると広行は暫くの間、その場に立ったまま考え込んでいた。

+++

総司が再び東京に出て来たのは、夜になってからのことだった。
数年の間にこんなにも変わっていたのかと、逆に自分が外国人になったような気分にもなってくる。
待ち合わせ時間は19時だったが、先に着いたのは総司の方だった。
というより、お互い顔がわかるのだろうか?

「ごめん、遅くなって」

そんなことを考えていると目の前に現れたのは、ビシッと決めたスーツに身を纏ったエリートサラリーマン。

「広行か?」
「なんだよ。その、鳩が豆鉄砲くらったような顔をして」

総司は、相当間抜けな顔をしていたのかもしれない。
日本にいない間、27歳にもなれば彼は就職してそこそこ仕事もできる地位に就いているはず。
それに比べて、自分はどうなんだろう。
履き慣らしたというより、そればかり着ていたせいで痛んだデニムに季節感の感じられないレザーのジャケット。
これは広行には言っていなかったが、映画制作会社からのオファーもあり、住むところを決めるために数日厄介になるつもりの大きな荷物。

「俺のこと、よくわかったな」
「そりゃ、営業だからな。客の顔を覚えているのと一緒だ。っつうか、お前変わってないぞ」
「そうか?」

自分ではわからなかったが、総司は学生の頃とそう変わらないらしい。

「それにしても、やけにデカイ荷物だな。まさか、俺の家に居候する気じゃないだろうな」
「さすが、営業マン。言わなくてもわかるんだな」

こんなことで褒められても、ちっとも嬉しくない。
総司の悪いところは、相手にひと言もなく自分で勝手に決めること。
嫌と言えないことをわかっている、正しく確信犯なのだ。

「その性格、直した方がいいぞ?友達なくすから」
「広行だけは、別だろ」
「ったく、いい性格してるよな」
「だろ?」

こうやって笑い合っていると、空白の時間もすっかり忘れてしまう。
とにかく今夜は飲もうということで、途中の店で食材と大量にお酒を買い込んで、広行の家に向った。

「結構、綺麗にしてるんだな」
「まぁな。一応、彼女もいるし」
「どんな子なんだ?」
「同じ職場で、2つ年下の子なんだ。よく気がついて、可愛い子だよ。付き合って、3年になるかな。そろそろ、落ち着こうかなとは思ってるんだけど」
「そうか」

総司と違って広行は真面目で、学生の頃から将来のこともきっちり考えていたし、顔だっていいと思う。
昔からモテていたのを思い出すが、今は同じ会社の子と付き合っていて、結婚も考えている。
まだ、フラフラしている総司とは大違い。

「取り敢えず、総司が無事に帰国したことを祝って乾杯」

広行が奮発して買ったビールの缶をカチンと合わせて、一気に飲み干す。
学生の頃はお金がないからといつも飲んでいた発泡酒に加え、最近は第三のビールなるものが出現したことに総司は驚いた。

「外国は、どうだったんだ?映像カメラマンの勉強は、思うようにできたのか?」
「行ったからには、それなりの成果を上げないとな」
「だろうな。彼女を置き去りにしたんだから」

チクリと胸を刺す言葉だった。
しかし、総司に言い返すことはできない。
本当のことだから。

「俺の夢に付き合わせるわけにはいかなかった。何も言わなかったことは悪いと思ってるけど、言ったら俺自身の決心も鈍りそうな気がして」

今思えば、全て自分自身のためだった。
『友達なくすから』
そうかもしれないな…。

「かわいそうに。彼女、お前が目の前から突然いなくなって、そりゃ見ていられなかったんだぞ。ずっと大学も休んでいて」
「えっ」
「本当なら、俺はここでお前を殴ってやりたいところなんだ」

拳を振り上げた広行は、総司の顔の前でそれを辛うじて止めた。
莉麻が…そんなことになっていたことを知らなかったというより、自分をそこまで想っていたことに気付かなかった。
キスだって滅多にしなければ、一度だって体も合わせない。
そんな関係が、恋愛と言えるのか…。
でも、莉麻にとっては違ったんだ。

「莉麻は今、どうしているんだ?」
「付き合ってる男がいるかどうかは知らないが、普通に勤めてる。彼女を立ち直らせた、友達の力はすごい。感謝しろよ」

二人は、2本目の缶ビールのプルタブを引いた。

「なぁ、逢いたいか?彼女に」

逢いたいかと聞かれれば、逢いたい。
だからといって、今更逢ってどうする…。

「逢いたくないと言えば嘘になる」
「今になって逢ったところで、あの時の記憶を呼び起こすだけだ。彼女には、迷惑以外の何者でもないんだぞ」
「わかってる」

総司は、2本目の缶ビールも一気に飲み干した。

「ただし、彼女が逢いたいって言えば別だが」
「え?」
「勘違いするな。俺はまだ、お前が帰国したことは彼女に話してない」

「今夜はとことん飲もう」と3本目の缶ビールを総司に手渡した広行は、それ以上莉麻のことについて何も言わなかった。


※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。


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