IMITATION LOVE
STORY15


「――でね。莉麻、聞いてる?」
「え?あっ、ごめん」

いつものように綾子と昼食を取っていた莉麻だったが、ふと命とのことを考えてしまう。
―――総司と間違えていたなんて…。
総司とのことは遠い過去の記憶のはずだったのに…自分の知らないところで彼への想いが消えていなかったということなのだろうか。
それでも、命は私のことを愛してると言ってくれた。
でも…このまま、命の側にいてもいいの?
また、どこかで私の中から総司への想いが現れたりしないのだろうか…。

「ボーっとして、どうしたの?何かあった?」
「うん、ちょっとね」

心配そうに見つめる綾子。
命と付き合うようになってからというもの、彼の好みなのか服や髪型、化粧も変わって社内での莉麻の人気は急上昇。
何より明るくなったところが綾子には一番だったが、そんな彼女に何があったのだろうか?

「田村さんと喧嘩でもしたの?」
「ううん、そういうわけじゃないんだけど…」
「何よ、ちゃんと言いなさいよ。気になるじゃない」

一人で悩んでいてもどうにもならないし、ここは親友の綾子に相談してみるのが一番かもしれない。

「わかった。じゃあ、綾子先輩に聞いてもらおうかな」
「何それ」

呆れ顔の綾子だったが、黙っていられるよりはずっといい。
二人は、久し振りに美味しいものでも食べに行こうという約束をしたのだった。



乾杯!とグラスを合わせたのはビールではなく、趣向を変えて日本酒。
極上の会席料理をいただきながら、女同士でなんとも贅沢な時間だった。

「あ〜美味しい。たまには、日本酒もいいわね」
「うん、美味しい」

莉麻もこの時ばかりは命のことも総司のことも忘れ、美味しいものを口にして幸せを実感していたのだが…。

「で、聞いてもらいたいことって何なの?」

とは思っても、ここへ来た目的はこれなのだから、そういうわけにもいかない。

「私ね、酔うと何がなんだかわからなくなっちゃって…。命のことを大学時代に付き合ってた彼と間違ってたみたいなの」
「えっ、どういうこと?」

綾子が驚くのも無理はない。
今の彼と元彼をとっ違えていたなんて…。
そんなことは、普通あり得ないことなのだから。

「無意識に大学時代に付き合ってた彼、総司って言うんだけど。その総司と命をとっ違えてたらしいの。私、全然気付いてなくて…。命に言われて、初めて知ったって言うか」
「何で、元彼と今の彼をとっ違えるのよ。そんなこと、あるわけ?」
「普通ないと思うけど…自分でもわからないんだもん。どうして、そうなったのか」

本人にもわからない。
心の奥底に余程の何かが潜んでいるということなのか…。
それは、莉麻が今まで恋愛に臆病になっていたことと、どこか関係があるのではないだろうか?と綾子は思う。

「元彼、総司さんって人との間に何かあった?」
「私、後にも先にも総司しか男の人のこと知らなくて。すごく好きだったのね。ずっと一緒にいられる側にいてくれるって思ってたのに、『アメリカに行く。俺のことは忘れてくれ』ってメモを残して突然目の前からいなくなっちゃって」
「そうだったの…」

莉麻にそんな辛い過去があったとは…。
そこまで人を好きになったことがない綾子には、その辛さ到底わからない。

「あの時は、何も手につかなかった。学校にも行けなくなって…。こんなに好きだったの?って、逆に思い知らされた感じ」
「今でも、総司さんのことが好きなの?それで、田村さんと…」
「ううん。総司のことはもう終わったことだし、そのことで命とってこともない。命は、自分が総司の存在を消してやるからって。私も今は命のことが好きだから、だからこそ申し訳ないような気がして…」

そこまでして自分を愛してくれる命に、このまま甘えてもいいのだろうか…。

「田村さんがそう言うんだもの、信じていいんじゃない?」
「え?」
「やっぱり、私の思った通り。田村さんは、莉麻の運命の人だった」
「運命の人…」

見合いの代わりを頼まれた時は大げさなと思ったが、言われてみればそうなのかもしれない。
命を信じればいい。
黙って頷く綾子に、莉麻はさっきまので悩みはすっかり消えてなくなっていた。

+++

一方、総司は暫く広行の家に厄介になりながら住むところを探していたが、さすがに東京の家賃は桁違いに高い。
映画制作会社からのオファーはあるもののまだ正式に契約を交わしていたわけではないし、ほとんど収入のない総司にはなかなか思ったような部屋が見つからない。
かといって、彼女のいる広行の家にずっといられるはずもなく…。
彼はそれを口には出さず、総司のことを気遣ってくれているのが心苦しかった。
―――もう少し、安い部屋はないのか?
敷金礼金なしの家具付すぐ住めますみたいな部屋も、家賃はそれなりに高い。
はぁ…。
総司はセルフのコーヒーショップで、賃貸情報誌をペラペラと捲りながら溜め息を吐いた。

ブルルルルルル―――
   ブルルルルルル―――

そんな時、東京に出てきてすぐに契約した携帯が震え出す。
番号を知っている人間はごくわずかだったが、それは非通知のものだった。

「もしもし」
『あの、日渡さんでしょうか?』
「そうですが」
『わたくし、東洋映画社の者ですが―――』

―――えっ、東洋映画社?
電話の相手は、総司も耳を疑うような日本でも有数の映画制作会社の人だった。
―――でも、そんな人がなぜ?
だいたい、誰に番号を聞いたのだろう。
今は、そんなことは関係ないか…。

「どうして、俺を?」
『すみません、勝手に電話を掛けてしまいまして。日渡さんが帰国しているという噂を耳にしまして、ご自宅に連絡してお聞きしたんです。実は、今度製作を予定している航空機をテーマにした作品を是非、日渡さんに撮って欲しいとの監督の申し入れがありまして』
「監督?」
『はい。林 耀二さんです』
「はっ、林 耀二監督?!」

林 耀二と言うのはまだ若手の映画監督だったが、独創的な作風から初出品でありながらも海外で行われる映画コンクールでグランプリを取るなど、国際的にも評価の高い人物だった。
そんな人が、直々に総司を指名するとは…願ったり叶ったりとはこのことで…。

『もう、他の会社と契約を結んでしまわれたとか…』
「いえ、まだ…」
『でしたら、お話だけでも聞いていただけないでしょうか』
「わかりました。いつ、伺えばいいですか?」

今すぐにでも総司にはいいくらいだったが、相手はそうもいかないだろう。
3日後に会う約束をして電話を切ると、部屋が見つからないことなどどうでもいいことのように思えて、暫くの間放心状態だった。


※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。


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