IMITATION LOVE
STORY16


「里中さん、課長が呼んでます」
「課長が?」

―――何かしら?
また、面倒なことを頼む気じゃないでしょうねぇ。
うちの課長は40代の初めくらいだろうか?背も高いし、ルックスもそう悪くない。
気さくだし、莉麻も周りの課長の中では一番話し易かったが、最近になってやたらに細々としたことを頼まれるようになったのだ。
それが、嫌というわけではないのだけれど…。

「莉麻は、課長のお気に入りだもんね」
「何それ」

たまたま綾子の席で話していた莉麻は、無視して課長の元へ急ぐ。
綾子曰く、莉麻は課長のお気に入り…らしい。
広報部という仕事柄、女性社員は多いこともあって、課長も選り好みしてしまうのだろう。
何でも可愛く“ハイ”って言える性格ならまだしも、莉麻にはちょっと迷惑な話だった。

「課長、何か」
「あぁ、里中さん。今度、東洋映画社で航空機をテーマにした映画を作ることになってね、うちが全面的に協力することになったんだよ」
「映画、ですか?」

飛行機が舞台の映画といえば、パニックものやサスペンス・アクションものの洋画を思い浮かべるし、ドラマだとパイロットや客室乗務員を取り上げたものがあるが、今回もそういうものなのだろうか?

「そう。知ってるかな、林 耀二監督。僕はあまり映画のことは詳しくないんだけど、映画祭でグランプリを取ったのをニュースで見て知ってたよ」

―――林 耀二監督?
へぇ、あの人が…。
莉麻も大学時代映画同好会に所属していたのだから、今もそれなりにチェックはしているつもり。
しかし、あの個性派監督が、今度は飛行機ものとはね。
どんな映画になるのか、楽しみかも。
そんな時、ふと総司のことが頭を過ぎる。
今頃、どこでどうしているのか…。
この話を聞いたら、きっと喜ぶに違いないのに…。

「そこで、里中さんにはこれから映画会社のスタッフと撮影スケジュールを調整して欲しいんだ」
「私が、ですか?」
「問題でもあるのかな?」
「いえ、そういうわけでは…」

―――私が、そんな大事な仕事を担当してもいいわけ?

「なら、頼むよ。相手側には、もう君の名前は伝えてあるから。詳しいことは、別途連絡が来ると思うので、よろしく」
「はぁ」

なんだか荷が重い話だったが、もしかして有名俳優に会えるかも。
大変だとは思うが、それはそれで楽しいかもしれない。
初めてのビッグジョブに、期待と不安の入り混じった莉麻だった。



「課長、何だって?」

わりと長い間、課長と話し込んでいたからか、莉麻が席に戻ると綾子が気になってやって来た。

「うん。今度、航空機をテーマにした映画の製作にうちの会社が全面協力するんだって。その、スケジュールの調整役を私がやるように言われたの」
「えっ、映画?」
「林 耀二監督だって」
「えぇぇっ、林 耀二!」
「ちょっ、綾子ったら。声大きいって」

あまりに大きな声に莉麻は咄嗟に綾子の口を塞ぐが、周りのみんなは何事かと二人を見ている。

「ごめん。だって私、林 耀二監督の大ファンなんだもん」
「そうなの?全然、知らなかった」

綾子が映画好きだということは、聞いたことがない。
この前、総司のことを話した時もそんなことは言っていなかったし。

「言っとくけど、私が好きなのは彼が撮る映画じゃなくて、本人」
「はぁ!?」

普通、監督が好きと言えば映画を指すのだろうが、どうやら彼女は彼自身に、恐らく顔に惚れたのだと思う。
綾子らしい…。

「いいなぁ、莉麻。こっそり、写真撮ってきてね」
「あのねぇ。私はスケジュールの調整係であって、監督に会うことなんてないんじゃないの?」
「わからないじゃない、そんなこと」
「じゃあ、会ったらね」
「お願〜い」

両手を合わせて、お願いポーズをとっている綾子。
―――監督はいいけど、彼氏は?
まぁ、私だって、俳優と会えるかも…とか思っていたのだから、人のことは言えないんだけど…。

+++

約束をした日から3日後、総司は指定された時間よりも少し早めに東洋映画社に足を運んでいた。
スーツなど持っていないから体型が似ている広行に借りてきたが、着慣れないせいかネクタイが妙に苦しい。
受付で自分の名前を告げると、すぐに電話を掛けて来た男性が出迎えた。

「お忙しいところ、御足労いただいてすみません」
「いえ」

忙しいなんてとんでもない、暇で…と言いそうになったが、そこまで正直に言うこともないか。
監督直々の指名なのだからという安心感みたいなものはあったけれど、実際会ってみて断られる可能性だってある。
今の総司には、とにかく自分の腕を見てもらうことが大事なわけで、仕事を選ぶ余裕などなかったのだから。
エレベーターでどれくらい上がったのか、扉が開くと応接室に通される。
まだ、監督は来ていないよう。
総司は勧められたソファーに腰掛けると、見計らったように後ろから女性がコーヒーを持って入って来た。

「こちらで、少しお待ちいただけますか?もうすぐ、監督も来られると思いますので」
「わかりました」

一人部屋に残された総司は、緊張を解すために目を閉じた。
―――監督って、どんな人なんだろう。
テレビでちらっと見掛けたところ、かなりのいい男だという印象と、見掛けによらず三枚目だという感じを受けたが、本当のところは会って見なければわからない。
それに航空機をテーマにした映画とは、どんなものなのか?
考えただけでも、ワクワクしてくる。
コーヒーに口をつけて一息吐くと、ドアをノックする音が聞こえた。

「失礼します。監督が、お見えになりました」
「日渡さん。すみません、遅くなりまして。言い訳っぽいですが、車両故障とかで電車が遅れましてね」
「いえ、私も今来たところですので」

そう言いながら入って来た林に、総司は立ち上がって挨拶する。
彼は、テレビで見るよりも可愛い感じかもしれない。
それに電車で来るなんて…。

「えっと。申し訳ありませんが、二人だけで話をさせてもらってもいいですか?」
「ええ、それは構いません」

映画社の担当も少し驚いた様子だったが、これも林のやり方なのだろう。
二人だけになると林は総司の肩に手を掛けて、ソファーに座り込む。

「いやぁ、良かった。日渡さんが、他のところに取られてなくて」
「はぁ」
「待ってましたよ。帰って来るのを」

なんだか、イメージと全然違う!?
首を傾げる総司だったが、林は今度の作品について一気に話し始めた。
戸惑いつつもいつの間にか引き込まれていた総司は、時間も忘れて彼の話に聞き入っていたのだった。


※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。


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