IMITATION LOVE
STORY18


「綾子。私、命と一緒に住むことにしたの」
「え?住むって…結婚するの!?」

二人がカフェテリアで昼食を取っていると、莉麻の爆弾発言に綾子はフォークを口の前に持ってきたまま固まった。
一緒に住むとなれば、結婚と思っても仕方がないかもしれないが、莉麻はまだそこまで考えてはいない。
彼の方は籍を入れてもいいと言っていくれているけど、莉麻には少し早過ぎた。

「ううん。彼は、籍を入れたいって言ってくれたんだけど、私にはまだそこまでは考えられないかなって。将来はそうなればいいな、とは思うの」
「そっかぁ。そんなところまで、二人は話が進んでたのね。でも、良かった。莉麻が、幸せになって」
「綾子…」

綾子はいつも、影で莉麻のことを心配していてくれた。
命と出会えたのだって、彼女が見合いの代わりを頼んできたから。
あの時は仕方なく行った形になったけど、今となっては機会を作ってくれた綾子に感謝しなければいけない。

「私こそ、ありがとう。綾子のおかげで、また恋愛することができたんだから」
「なんか、照れるわね」

それを隠すように、一人黙々と食事を続ける綾子。
―――案外、照れ屋さんなのよね。

「田村さんの家って、すごいんでしょ?いいなぁ、莉麻は。今流行のセレブってやつじゃない」
「セレブ?彼の家はすごいけど、今と変わらないわよ。仕事を辞めるわけじゃないし」
「それでも、将来はそうなるかもしれないんでしょ?」

そうなる…かもしれない。
まぁ、確かに普段から食事に連れて行ってくれるお店はどこも美味しいし、特にデザートは。
だけど、彼自身そんなにお金持ちだということを感じさせないような気がする。
支払っているところを見ていないので、もしかしたらものすごく高いのかもしれないけど…。

「なったって、変わらないわよ」
「そう?私、結婚しても仕事は続けようと思うのよ。子供ができても産休取って、定年までね」
「へぇ、綾子ってそこまで仕事熱心だったんだぁ」

―――知らなかったわ。
綾子なら結婚が決まったら、すぐ会社を辞めると思っていたのに。
産休を取っても、働き続けるなんて。

「辞められないわよ。彼のお給料だけじゃ家も買えやしないし、家持で年収ウン千万の彼とはわけが違うんだから」

恋することから遠ざかっていた莉麻がこんな現実的なことを考えることすらなかったわけで…。
もし、総司とあのまま付き合っていたら、どうたったのだろう…。
売れないカメラマンだったら、自分が生計を立てるために働かなければならなかったかもしれないし。
その逆も…。

「ちょっと、莉麻。どうしたの?早く食べないとお昼終わっちゃうわよ」
「うっ、うん」

今更、かもしれない…と想像しても始まらない。
命との新しい生活を考える方が、大切だから。

+++

「これで、全部か?」
「うん」
「なんか、随分少ないなぁ」

冷蔵庫とか洗濯機とか、莉麻の家にあるものは全て処分したら、自分の物がほとんどないことに気付いた。
洋服も靴もシーズン毎に買い換えて、古いものは処分してしまう。
徹底しているせいか、物が増えることはなかった。

「いらないものは捨てる性分なのよ。引っ越すの楽で、いいでしょ?」
「まぁな。―――うん?これ…」
「え?あっ…」

命が見つけたのは、1枚のDVD。
そこにマジックで書いてあったのは、“RIMA”の文字。
これは、総司が莉麻をビデオに収めた1枚だった。
あんなにたくさん撮ったのにも係わらず、莉麻が手にしていたのはこの1枚だけで、一度も見ることはなかったけれど、だからといって捨てることもできずにいたもの。
よりによって、そんなものが命の目に触れるとは…。

「もしかして…。彼が撮ったもの?」

黙って頷く莉麻に、命はそれ以上何も言うことはなかった。
本当なら、自分との新しい生活にこれを持ってきて欲しくはない。
しかし、彼女の思いを無視して、それを強制するつもりはもちろんなかった。

「ごめんね。こんなもの、いつまでも持ってて」
「いや。莉麻の大事な物だろう?俺の前で見られるのは耐えられないけど、思い出の品として持っている分には構わないよ」

きっとそれは、彼の優しさ…。
これからの新しい生活に、このDVDは必要ない。

「これは、処分する」
「えっ、でも…」
「私には、命が全てだもん。総司のことは、記憶として心の中にとっておくから」
「莉麻が、そう言うなら」

莉麻を優しく抱きしめる、命。
口では構わないと言っておきながら、実際は総司という男のことを莉麻の記憶からも消してしまいたい…。
消せるものなら…。

+++

命との生活を始めた矢先、いよいよ映画のクランクインの日程が決まり、新しいこと尽くしではあったが、慌しさの中にも充実感のようなものを莉麻は感じていた。

「やっぱり、私も行かないとダメみたいでしょうか?」
「そうですね。そうしていただけると、こちらも非常に助かります。事前に調整されていても、当日に何が起こるかわかりませんので」

莉麻は社内での調整のみを考えていたが、どうやらそれだけでは収まりそうもない。
それをいいことにちょこっと撮影を覗いてみたいという願望が、なかったと言えば嘘になるかもしれないが…。
しかし、映画の撮影も大事だが、その前に空港や飛行機の運航に支障が出てはならないのである。
両方を円滑に進めるためにも、これは止むを得ないことだろう。

「わかりました」

これからは会社と空港の行き来になると思うと大変だったが、家に帰れば愛しい彼が待っていてくれる。
それだけで、心は軽やかだった。



莉麻が約束の時間より少し早く空港に到着すると、先に来ていた撮影スタッフ達が既にたくさん集まっていた。
―――うわぁっ、なんかすごくない?
大学時代にも撮影現場を覗かせてもらったことはあったが、こんなに大々的なものではなかったように思う。
やっぱり、人気の監督が手掛けると違うのかしら?

映画会社の担当と共に機体の使用許可と控え室等を確認した後、特に問題もなく撮影スタッフを機内に誘導しようとした…その時…。

えっ…。

総…司―――

一瞬見間違えたかと思ったが、莉麻の目に映ったのは5年前いきなり自分の前から姿を消した彼だった。
どうして…。

莉麻は金縛りにでもあったように彼を見つめたまま、その場を動くことができなかった。


※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。


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