IMITATION LOVE
STORY19


―――総司…。

いつ、日本に帰って来たの?
どうして、私の前からいなくなったの?

聞きたいことは、山ほどあった。
しかし、今は顔を合わせることも躊躇われてしまう。
というよりも、どうして今になって私の前に現れたりするの…。

溢れる思いを抑え、莉麻は敢えて彼に気付かないフリをして、撮影スタッフを機内へと誘導して行った。



撮影初日とあって、午後からはテレビ局や雑誌等の取材陣が来る予定になっていたが、こればかりは莉麻だけの手に負えないからと広報部総出で応援に来てくれた。
林監督の意向で、あまり取材を受けないようにとの配慮がなされていたけれど、やはり人気監督のことだけあって、そうもいかなかったのだ。
急遽借り出された綾子は出演者達を目の間にして、その興奮振りといったらすごいもので…。
本当なら莉麻だってその一人だったかもしれないのに彼のことが気になって、こんな滅多にないチャンスさえもはっきり言ってどうでもいいことだったかも…。

「やぁっんもうっ!林 耀ニ監督、超素敵だったっ」

興奮気味の綾子は、鼻息荒くそう叫ぶように言う。
新人俳優や有名ベテラン俳優には目もくれず、彼女の目には林監督しか映っていないようだった。

「・・・・・」
「ちょっと、莉麻。聞いてるの?」
「えっ、何?」
「どうしたのよ、ボーっと考え事なんかしちゃって」

こんな時に考え事とは…何か、あったのだろうか?
はしゃいでいて気付かなかった綾子は、急に莉麻のことが心配になった。

「ううん、何でもない。あんまりすごいから、びっくりしちゃって」
「そうね、莉麻は朝からずっとこんな調子なんだもんね」

考えてみれば、莉麻は朝から一人で対応していたのだから無理もない。
それに今日だけのことではなく、クランクアップするまで続くのだから、単なる助っ人の綾子とは違うのだ。

「まぁ、こんなすごいのも今日だけでしょ。だけど、副操縦士役の新人俳優君も結構イカスじゃない?なのに綾子は、林監督なんだ」
「二十歳そこそこの男の子なんて、興味ないのよ。さっき、こっそり携帯で監督の写真撮っちゃった」
「綾子ったら」

そう言いながら、嬉しそうに携帯の画像を莉麻に見せる。
いつの間に…。
だけど、将来大スターになるかもしれない新人俳優を撮らないで、監督の写真だけというのがなんとも綾子らしい。
ボーっとしていてそんな気さえ回らなかった莉麻だったが、撮っておけば良かったと今更思ったりして。
命に自慢できたのにな。

「でもね、もう一人撮っちゃったのよ」
「ん?もう一人って?」

―――新人俳優君を撮らずに他に誰を撮ったのかしら?
「見て、カッコいいでしょ」と別の画像を見せられて、莉麻は心臓が止まるかと思った。
それは、カメラのファインダーを真剣な眼差しで覗き込んでいる総司だったのだ。

「これ…」
「この人、ちょっと素敵じゃない?莉麻も好みでしょ」
「え…そんなことも…」

―――なくはない…かぁ…。
何を納得しているのやら…。
その前に綾子、鋭過ぎ。
こんなマイナーなカメラマンの画像をGETしてくるなんて。

「そう?絶対、莉麻好みだと思ったんだけどなぁ。っていうかぁ、田村さんっていう人がいるのに他の男に現をぬかしている場合じゃないもんね」
「その言葉、そっくり綾子に返すわよ」

綾子だって、人のことを言っている場合じゃない。
芸能人の画像ならまだしもこんな一般人の画像を彼氏に見られでもしたら、大変なことになるでしょうに。

「大丈夫。うちの彼氏、あれでも心が広いから」
「はいはい。ごちそうさま」

―――彼の心が広いのはわかるけど、自分はすぐ嫉妬するくせにぃ。
言っても言い返されるだけだから、言わないけど。



芸能関係者への対応が済み、助っ人で来てくれた綾子達は会社に戻って行き、撮影は機内で行われているため、莉麻は一人静寂の時を味わっていた。
―――だけど、疲れたぁ。
明日からはこんな騒ぎにはならないだろうけど、結局はこうやって私は足を運ばなければならないのよね。
これからは空港関係者にだけ任せるというわけにもいかず、莉麻がここで間に入って調整役を引き受けなければならないと、さっき来た課長に言われたのだ。
あぁ…。
なんだか、面倒な役を引き受けちゃったなぁ。

莉麻は大きく溜め息を吐くと、視界いっぱいに広がる大きな飛行機の機体を眺めていた。
暫くして撮影が終わったのか、扉が開き関係者が続々とタラップを降りて来る。
皆、顔には疲労の色が伺える。
ずっと中に入りっぱなしだったのだから、外の空気が心地よいのだろう。
機体を使用できる時間が限られているため、撮影はきっちり予定通りに終えなければならない。
それは莉麻にとっては、非常にありがたかった。
いつまでも続けられては、体がいくつあっても足りないのだから。

「お疲れ様です」という声があちこちから聞こえてきて、空港関係者と映画会社のスタッフ、各芸能事務所のスタッフと共に俳優達や撮影スタッフが移動する。
特に問題もなく、後は空港関係者に任せて莉麻の本日の仕事もこれで終わりである。
会社には戻らなくてもいいので、課長に無事終了した旨を連絡しておけばいい。
命にも今から帰るからと電話をすると、珍しく食事を作って待っているからと言っていた。
きっと、彼なりの莉麻への労いなのだろう。
―――命ったら…。
携帯を見つめながら、そう呟いた時…。

「莉麻…莉麻なのか?」

名前を呼ばれて反射的に顔を上げるとそこに立っていたのは、総司だった。
彼のことをすっかり忘れていたことに今更気付いても遅い…。

「総…司…」
「やっぱりそうか。こんなところで会うはずがないと思ってたから、見間違いかと。でも、莉麻なんだな?」

―――どうしよう…。
これだけ身近にいるのだから、一度も顔を合わせずに過ごす方が無理だったのかもしれない。
別に喧嘩別れをしたわけじゃない。
ただ、こんな形で再会しても、どういう顔をすればいいのかわからないだけ。

「うん…」
「元気そうで、良かった。だけど、どうして莉麻がここに?」
「総司こそ」

質問を質問で返してると思ったけれど、自分の話より先に彼のことを聞きたかったから。

「俺か?俺は、今回の映画の撮影を任されてるんだ」
「そうだったの。すごい、夢叶えたのね」
「偶々だろう。つい、この間日本に帰って来たばかりなのにさ」

―――日本に帰って来たばかり、だったんだ…。
そして、ちゃんと夢を叶えたのね。

「私、日本スカイエアーの広報部にいるの。今回の映画のスケジュール調整を頼まれちゃって」
「そうなのか?莉麻のことは広行に聞いてたんだけど、勤め先までは知らなくて」
「海老君には、会ったの?」
「あぁ。あいつしか頼れるやつがいなくて、部屋を見つけるまで厄介になってたよ」

―――海老君、何も言ってくれなかったのね。
言いにくかったのかな。
一言言ってくれれば、いいのに…。
彼を責めてもしょうがないんだけど…。


ブルルルルルル―――


莉麻が手にしていた携帯が震えだした。
ディスプレイには、さっき話したばかりの命の名前。

「ごめんね。ちょっと、いい?」
「俺のことは、気にしないで」

「どうしたの?―――うん、え?途中まで迎えに来てくれるの?無理しなくても―――」

会話の感じから、莉麻の電話の相手が男だと悟った総司。
どこかで莉麻は、まだ一人でいてくれると思っていたのかもしれない。
―――馬鹿だな…。
ふっと苦笑すると、静かにその場を立ち去った。


※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。


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