IMITATION LOVE
STORY20


総司…。

莉麻は迎えに来てもらった命の車の助手席から窓の外を眺め、心の中でそう呟くように彼の名を呼んだ。
総司は別れる前とそう変わっていなかったけど、5年という月日がより一層大人っぽく、そして海外での経験からか自信さえも感じさせていた。

…ん?
そんな時、不意に手を握られて、莉麻は反射的に命の方へ顔を向ける。

「どうした?ボーっとして」
「うん。なんだか、疲れちゃって」
「そっか。でも、芸能人とかいっぱい見られたんだろう?」
「見たけど、それどころじゃなかったもん」
「そうだよな、仕事なんだから」

命の手を握り返す莉麻だったが、総司が日本に帰って来ていて、今回の映画の撮影カメラマンをしていること、そしてさっき会って話したことを言っておくべきなのだろうか?
黙っている理由もないけれど、なんだか言い難い…。

「そうだ、ワインを切らしてたんだよ。途中、店に寄ってもいいか?」
「うっ、うん」

結局、その日は命に総司のことを話すことができなかった。

+++

撮影も一週間を過ぎたが、慣れてきたこともあり、あまり莉麻の出る幕もなくなって、あの日以来総司と顔を合わせることもなかった。

そんな時、莉麻の携帯に電話が入る。
広行からだった。

「もしもし、海老君?」
『里中さん?今、話しても大丈夫?』
「うん、平気。でも、久しぶりね。元気だった?」
『あぁ、俺は相変わらずだけどさ』

久しぶりに電話を掛けて来た相手は、莉麻の大学時代の先輩で、総司の親友だった。
だいたい掛けて来た理由はわかかっているが、だったらもう少し早くくれればいいのに。

「どうしたの?何かあった?」
『あっ、いや…実はさ―――』
「総司のことでしょ?」
『えっ、里中さん。知ってたの?』

―――やっぱり…。
彼の言葉を遮るように言った莉麻だったが、やはり話はそのことだったよう。

「知ってたも何も、この前会ったから」
『総司と会ったのか?』

まさか、会うとまでは思っていなかった広行は驚きの声を上げた。
で、その後、どうなったのか…。
聞いていいものか、わるいものか迷っていると…。

「偶然ね。総司、今は映画の撮影カメラマンやってるでしょ?うちの会社、その映画の協力してて。私、広報にいるから調整役を頼まれてるの」
『映画のことは、総司から聞いてたけど。里中さん、航空会社に勤めてたんだっけ。すっかり忘れてたよ』
「総司、私と会ったことは海老君には話してなかったの?」
『あぁ、何も言ってない。多分、帰ってきたことも里中さんには言わないんじゃないかなと思って、一応電話を掛けてみたんだけど』
「ありがとう。でも、もう少し早くくれればいいのに」
『ごめん』

わざとこんな言い方をしてしまうが、それでも、こうやって電話を掛けて来てくれる広行には、感謝しなければならないと思う。
あの時は、本当に心配掛けたわけだし。

「総司、全然変わってなかった。相変わらず、いい男だったし。私の友達なんて、早速チェックしてたもの」
『そうか?俺の方がいい男だろ』

あはは―――
こんなふうに笑い合っていると、ふと学生時代を思い出す。

「あのね。私、今ある人と一緒に住んでるの」
『え…それって…』

―――海老君も、総司と再会してのことが気になっているに違いない。
自分には命という将来を考えた大切な人がいるということだけは、言っておかないと。

「もちろん、男の人。だから、総司とはもう何でもないの」
『総司には』
「言ってない。っていうか、言う必要もないかなって」

総司とのことは、遠い過去の話。
もう、終わったの。
再会したからって、何も変わらない。

『里中さん。今、幸せ?』
「うん。とっても」
『なら、俺は何も言わないよ。里中さんが、幸せならそれでいいから。あのさ、お節介かもしれないけど、そのことを総司に言っておこうか?』
「海老君に任せる」
『わかった。今度落ち着いたら、総司の帰国祝いをしようと思ってるんだ。良かったら、里中さんも来てくれると嬉しいな』
「考えとく」

最後に「わざわざ、電話をくれてありがとう」とお礼を言って、電話を切った。
暫く携帯を見つめながら、莉麻は思う。
―――海老君に『今、幸せ?』と聞かれて、即答した自分に驚いた。
だけど、総司と会う前に命に出会っていなかったら、どうなっていたのだろう…。
そんなことを今更考えたって、仕方がない。
これが、運命なのだから。

+++

総司は林監督の下、初めての本格的な映画の撮影ということもあって、重圧に押しつぶされそうになりつつも充実した日々を送っていた。
しかし、あの日から莉麻には会っていない…。

莉麻―――

ついこの間、広行からの電話で今は男と一緒に住んでいると聞かされた。
あの時の様子で男がいることはわかっていたが、住んでいるとまでは思わなかった。
―――男女が一つ屋根の下にいれば…そういうことは、当たり前なんだろうな。
自分は莉麻のことを一度だって、抱かなかったのに…。
不感症という意識はないが、なぜ莉麻を抱かなかったのか?
彼女はそういう対象ではなかったから、と言うのは女性としての魅力がないとか、そんなことではなく。
俺にとっては、もっと清い天使みたいな存在だったということ。
男の一方的な欲望を押し付けたりしてはいけないような気がしていた。
それくらい、大事だったんだ。
なら、どうして手放したりしたんだ。

―――今更、後悔しても遅いよな。

撮影合間の短い休憩時間に携帯の数少ない登録したばかりの電話帳を呼び出すと、無意識のうちに通話ボタンを押していた。
それは、どうして教えてくれたのかわからないが、広行から聞いた莉麻の電話番号だった。


※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。


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