IMITATION LOVE
STORY21


あれからほとんど空港へ足を運ぶことはなくなって、莉麻は順調に進んでいた映画の撮影にホッと安堵しながらも、忙しく社内で調整作業に従事していた。
そろそろ定時になろうとしていた頃、デスクに置いてあった携帯が震え出す。
今夜は命と外で会う約束をしていたから、きっと命からの電話だろう。
そう思った莉麻は急いで席を立つとエレベーターホールの隅に行き、相手を確認せずに電話に出てしまった。

「もしもし、命?」
『あっ、えっと…』

てっきり命だと思って電話に出てしまったが、どうやら相手は違うようだ。
しかし、たったこれだけの会話でも莉麻には誰だかわかってしまう。

「総…司…?」
『莉麻?ごめん、急に電話を掛けたりして。広行が、教えてくれたんだ』

今の莉麻のことを総司に話すかどうかは広行に任せると言ったのだから、彼が番号を教えたとしてもそれは仕方がない。
でも、こんなふうに総司から電話を掛けてくるとは思わなかった。

「ううん。撮影は?いいの?こんな電話なんか掛けて」
『あぁ、おかげさまで順調に進んでる。今、休憩中なんだ』
「そう、良かった。私もこんな大役初めてだから、みんなに迷惑掛けてないか心配だったの」
『莉麻のおかげで、うまくいってるよ。っていうか、俺も初めてだからなんとも言えないんだけど』

無意識に通話ボタンを押していたから、総司も何を話していいのか正直戸惑ってしまう。
今更…と思われているだろう。
それでも、もう一度声が聞きたかった。

「私なんて、ただ迷惑を掛けないように必死なだけ」
『あのさ…あの』

逢いたいんだ―――。
逢って、話がしたい。

そう、喉まで出掛かっていたが、どうしても言葉にならない。
言ってしまってから断られるなら、いっそ言わない方が…いいのかもしれない…。
そんな総司の思いを知ってか知らぬか、莉麻が話題を変える。

「そう言えば、海老君が総司の帰国祝いをしようって言ってたんだけど」
『あ?あぁ…あいつ、なんだか張り切ってたな。誰にも言わずに勝手に日本を飛び出した俺なんかのことなんて、放っておけばいいのに』
「散々みんなを心配させたんだから、立派になって帰って来た報告はきちんとしないと」
『え?まぁ、そうだな。その時は、もちろん莉麻も来てくれるんだろ?』
「どうかなぁ」
『なんだよ。莉麻は、俺に逢いたく…』

途中まで言ってしまってから、総司は急いで言葉を止めた。
あの時、自分の身勝手な行動で一番傷ついたのは莉麻だったはず。
なのに平気で電話を掛けて、ましてや逢おうなんて…。
虫が良すぎる。

『ごめん、怒ってるよな。本当は俺の顔を見るのも、こんなふうに電話で話すのだって、許せないよな。恨んでるだろ』
「そんなこと…そんなことない。恨むなんて…」

突然、目の前からいなくなって、なんで?どうして、何も言ってくれなかったの?気が付けば思うことはそればかり。
ただ、不思議と恨むというようなことはかった。
初めは理解できなかったけれど、年を重ねるごとに段々とあの時の総司の気持ちがわかるような気がしていたから。

『莉麻は、優しいんだな』
「総司には、総司の考えがあってのことだと思うから。後になって、私のせいで夢を叶えられなかった、なんて言われたくないもの」
『莉麻』
「私、応援してるから。総司が、素晴らしい映画を撮ってくれること」
『ありがとう。期待に副えるよう頑張るよ。仕事中に電話なんか掛けて、ごめんな』
「いいの。総司と話せて嬉しかった。面と向かってだと難しかったかもしれないけど、電話だと素直に自分の気持ちを話せたかな」
『俺も莉麻と話せて嬉しかった。それじゃあ、また』
「うん、またね」

―――『またね』かぁ…。
電話を切って、莉麻は自分の言った言葉にふっと微笑んだ。
随分と大人になったのね。
自分で言ってどうするのよ、と思うがこれもきっと命がいてくれるからに他ならない。
もし、総司とのことをずっと引きずっていたとしたら…。
こんな冷静に話なんて、できなかったに違いないのだ。

そんなことを考えていると、再び携帯が震え出す。
ディスプレイに表示されている文字は、今度こそ命からのものだった。

「もしもし、命」

莉麻の声は、とても晴れやかなものだった。

+++

総司からの電話をきっかけに進行状況などをちょっと聞く感覚で、莉麻からもするようになっていた。
彼は休憩時間が不規則だから、莉麻の場合はメールを送ってというのが多かったかもしれない。
それというのも、完全に割り切っていたというか、吹っ切れていたからこそ、何の裏もなくいい関係が築けていたのだと莉麻は思う。
とは言いつつも、それを未だに命に話せないのは、自分でもわからない。
このままでいいとは、思わないけれど…。

「ねぇ、莉麻。ちょっと聞いてもいい?」
「何?」

朝っぱらから、いつになく神妙な面持ちの綾子、何かあったのだろうか?

「この人、日渡 総司って言うのね」
「えっ…」

綾子が莉麻の顔の辺りに携帯画像を、まるで黄門様の印籠のように掲げる。
そこに映っていたのは、彼女が映画のクランクインの日に撮ってきた総司の写真だった。

「隠してもダメなんだから。この人なんでしょ?莉麻の大学時代に付き合ってた彼って」

どこで調べてきたのだろうか?
まぁ、彼女ならやりそうなこと。
ここで隠したって、というか、隠す必要もないのだから。

「うん。私も全然知らなかったの、綾子がこの写真を撮る少し前に見掛けてね。すごく驚いた」
「どうして、言ってくれなかったの?」

少々怒り気味の綾子だったが、それは莉麻が話してくれなかったことが友人として寂しかったから。

「ごめんね。黙ってるつもりじゃなかったんだけど」
「このこと、田村さんには言ったの?」

「ううん」と首を横に振る莉麻に、綾子はやっぱりと逆に納得してしまった。
自分にも話せなかったのだから、彼にも言えなかったのだろう。

「そっか。で、総司さんとは話したり会ったりしてるわけ?」
「電話では話すけど、仕事の話よ?それに会ってはいない」

元彼と再会したことによって、今までの想いが膨らむとか…そんなことには、もちろんなっていないだろうと綾子は思いたかったが…。

「彼にまだ、未練があるんじゃ…」
「ないわよ。私には、命がいるんだもん」
「なら、いいけど…。田村さんには、言っておいた方がいいんじゃない?聞きたくない話かもしれないけど、黙ってて疑われるようなことになったら大変だから」

綾子の心配を他所に「そうする」と気楽に言う莉麻だったが、今日に限って携帯を家に忘れてきていたことにまだ気付いていなかった。


※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。


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