結局、命は莉麻から総司とのことを聞くことができなかった。
話してくれないということは、彼女の心のどこかにまだ彼への想いがあるから…。
そう思いたくはないし、問い質せば彼女の口からはきっと、彼のことはもう何でもないのだという返事が返ってくるに違いない。
それでも、確信が持てないのはなぜなんだろう…。
そんな時、偶然命のもとに電話を掛けて来たのは、高校時代ずっと同じクラスだった伊集院 陽子。
なんでも同窓会をやるとかで、その幹事の順番が陽子と命だと言うのだ。
『誰が決めたんだ?』と言い返したら、『何言ってるのよ。みんなで、決めたじゃない。そうやって、サボるつもりでしょっ』と怒られた。
彼女は気が強い女だったなと今更思い出しても遅い。
―――ったく、同窓会なんて。
どうみても命の柄ではないし、だいたいどこでどうやって俺の携帯番号を知ったんだ?
っていうか、あいつしかいないんだろうけど。
高校を卒業してアメリカに渡った命は、高校時代の友達とほとんど会うことなどなかったが、一人だけ連絡を取っている親友がいた。
多分、そいつから陽子は命の連絡先を聞き出したのだろう。
あいつは、口が軽いんだよな。
待ち合わせの喫茶店で先に来ていた命は、数日前のやり取りを思い出していた。
それにしても、あいつ遅いな。
時計を見ると既に15分の遅刻。
俺だって、暇じゃないんだからな?と段々イラつきはじめてくると勢いよく店に入って来たのは、誰もが目を引くようないい女。
「ごめんね。遅くなって、雑誌のインタビューが長引いちゃって」
陽子は走って来たのか、額に汗を滲ませている。
―――こいつが、あの伊集院 陽子なのか?
命が驚くのも無理はない。
高校時代はどちらかといえば女らしいというよりもスポーツ系の子だったのに、今はその面影すら感じさせない。
妙に色気さえ感じさせて、バリバリに仕事をこなしているキャリアウーマンというところだろうか?
「15分の遅刻だな」
「何よ、15分くらいで。男はね寛大でなきゃ」
「何が寛大だ。呼び出したのは、そっちだろうが」
待たせておきながら、この大きな態度は何なんだ。
さぞかし、男はこの女に振り回されているのだろう。
などと、命はどうでもいい心配をしてしまう。
「まるで、あたしだけが悪いみたいな言い方ね。呼び出したなんて」
「悪くないのか?」
「遅れたのは悪いけど、これはみんなで決めた同窓会の打ち合わせなんだからね?あたしが無理矢理呼び出したみたいな言い方は、納得できないわ」
すぐに水の入ったグラスを持ってきたウエイトレスに、陽子はアイスティーを注文する。
確かにこれは同窓会のための打ち合わせなのだから、彼女だけが悪いわけではないのだが…。
「変わってないな。っつうか、よく俺だってわかったな」
こういう言い方は昔のままだなと思ったが、卒業以来ずっと会っていなかったというのにどうして陽子はすぐに命だとわかったのだろう?
「そりゃあ、わかるわよ。あたしを誰だと思ってるの?これでもジャーナリストの端くれだもの、証券アナリストでバシバシ稼いでる田村君のことくらい知ってるわよ」
「伊集院って、ジャーナリストになったのか?」
活発な女の子で何事にも一生懸命に取り組む頑張り屋。
成績も良かったのは覚えているが、ジャーナリストになっていたとは…。
まぁ、言われてみれば納得する部分も多いけれど。
「知らなかったの?」
「全然」
「そういうところ、田村君らしいけど」
こうやって笑いながら話していると、時間がタイムスリップしたみたい。
過去をあれこれ話すのはあまり好きではないが、同じ時間を過ごした者同士、たまにはこういうのもいいかもしれないと思う。
「伊集院、結婚は?あっ、ごめん。これって、セクハラになるか」
「言ってから、謝るの止めてくれる?どうせ、行き遅れよ悪かったわね」
―――また、怒らせたか…。
どうにも余計なことを聞いてしまう。
指にリングがなければ、それくらいのことを察しろと。
「いや、俺達くらいの年齢になればどうなのかなって」
「そういう田村君は、どうなわけ?男性は結婚していても、リングをしない人もいるから」
「俺?見ての通りさ」
「ふううん。お金も地位もあれば、女の人には困らないってわけ?」
「何だよ、それ。言っとくけど、俺はそんな遊び人じゃないぞ」
周りから見れば、そんなふうに見えるのだろうか?
莉麻と見合いをした時も『魔が差したんじゃないですか?』とか言われたから、これは仕方がないのかもしれない。
「田村君は見掛けによらず、真面目なんだぁ」
「見掛けは余計だけどな」
「あたしとは、違うのね」
ポツリと言った陽子の顔は、少し悲しげだった。
「ごめんね、何でもないの。早く同窓会のことを決めないといけないのに、こんな世間話をしてる場合じゃなかったわね」
話題を変えるように陽子は自分のバックの中から数冊の雑誌を取り出して、会場となるお店をチェックしてきたのかポストイットが何枚も貼ってあるページを開いて見せる。
―――彼女にもまた、辛い過去なり経験があるのだろうか?
一見華やかに見える職業に就いている陽子にも、莉麻のように辛い恋をした経験があるのかもしれない。
強い女性だからこそ、内面はとても繊細でガラス細工のように壊れやすい。
「俺で良かったら、いくらでも聞いてやるよ」
雑誌を捲っていた陽子の手が止まり、視線だけを命の前に向ける。
それは、驚きの表情でありながら、どこかすがるような瞳…。
「えっ、今何て?」
「愚痴ならいくらでも聞いてやるって。俺達、友達だろ」
自分でもどうしてこんなことを言ったのか…。
命にもよくわからなかったが、ただこのまま放っておけなかった。
「田村君に愚痴を聞いてもらうほど、あたしは落ちぶれてないはずなんだけど」
この高飛車な言い方が、やっぱり彼女らしい。
そして、微かに微笑む彼女がとても美しいと思った。
恋とも違う、同士と言う方がぴったりな…お互いそんな関係になる予感がしてならなかった。
※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。
NEXT
BACK
INDEX
SECRET ROOM
TOP
Copyright(c)2006-2013 Jun Asahina,All rights reserved.