IMITATION LOVE
STORY24


『あたしね、不倫してるの』

陽子のこのひと言は、命にとっても衝撃的な言葉だった。
彼女の表情からして何かあるとは思っていたが、そういうことだったとは…。

「相手の男性は2歳年上でIT関連企業の社長なんだけど、付き合い始めてもう2年になるかな。あたしもこの歳だし、こんな付き合いはやめなきゃって思ってる。でも、何でかな別れられないの」

仕事上様々な業界人との関わりは多く、打ち合わせと称して食事に誘われることはごく普通のことだった。
その当時、陽子には付き合っている男性もいたのと、もちろん相手が妻子持ちだと知っているのだから恋愛感情など生まれてこないはず…だった。
しかし、話しているうちにお互い表面上はうまくいっているように見えても、実際は違っていたということ。
陽子も付き合っている彼との間でしばしば別れ話が出ていたし、相手に至っては生活のすれ違いから直後に別居までしてしまう。
厳密には、奥さんが子供を連れて出て行ってしまったのだが…。
こんな二人が惹かれ合うのに、そう時間は掛からなかった。

いくら相手が別居状態にあるとはいっても、好きになってはいけない相手だということぐらい陽子にもわかっているつもりだったのだが、どんどん好きになっていく自分を抑えることができないで、ずるずると2年もこんな状態が続いている。
しかし、彼もなぜか離婚をしようとしない。
その理由が、互いの親にあるということ。
好き嫌いという感情だけでは割り切れない事情があるのだろう。

「彼は絶対、今の奥さんとは別れないと思う。別れられないわね、きっと」
「伊集院…」
「大丈夫、あたしもこのままじゃいけないと思ってるから。そういう田村君は、どうなわけ?あたしの話ばっかり聞いて」

口を尖らせながらアイスティーのストローをクルクルと回す仕草が、なんとも色っぽい。
―――同年代の女性というのは、こうなのか?
久し振りに話す同年代の女性に命は、変にドキドキしてしまう。
決して、莉麻が子供っぽいとかそういうことではないのだけれど…。

「俺?俺の話はいいじゃん」
「何よ。自分は幸せだから、話したくないってわけ?」
「そういうことでもないけど…」

幸せかと聞かれれば、幸せだと答えるだろう。
ただ…。

「ん?どうかした?」
「いや、何でもない。俺の方は心配要らないよ。今、彼女と結婚を前提に一緒に住んでるから」
「そうなの?おめでとう。だったら、同窓会と一緒にお祝いしないと」
「いいよ、そんなの」
「ダメよ。こういうのは、ちゃんとしないと」

陽子はバックから今度はノートパソコンを取り出すと、何やらカチャカチャとキーボードを打ち始める。
その顔はとても嬉しそうで、心から命を祝福しているように思えた。
自分は、辛い恋愛をしているというのに…。
莉麻もそうだが、明るくて一見そんなふうには見えないのにみんな色々な思いを抱えて生きているのだなとなんだか少し複雑な思いで陽子を見つめる命だった。

+++

「命、お休みの日まで仕事なの?」

休みの日だというのに部屋に籠もって、パソコンの前に向かっている命のところへ莉麻がコーヒーを持って来た。
パソコンの画面を覗くと名簿のようなものの一覧が表示されている。
てっきり仕事かと思ったが、そうではなかったようだ。

「仕事じゃないんだ。今度、高校の同窓会をやるんだけど、幹事になっててさ」

「案内作りをやってたんだよ」と話す命。
なるほど、だからパソコン画面に名簿が並んでいたのね。

「命が、同窓会の幹事?」
「その顔は、俺が幹事って柄じゃないとでも言いたそうだな」
「わかる?」

素直に言われてしまうと次に言葉が出ない。
命は莉麻の腰に腕を回して、自分の膝の上に座らせる。
こうして腕に封じ込めていたい、そんなふうに思うほど彼女が愛しくて可愛い。
パソコンの画面を覗き込んでいる莉麻の耳にふっと息をかけると、身をよじって逃げようとする。

「もうっ、やっ。命ったら」
「莉麻が可愛いから、つい」
「ついって…」

―――そういうこと言わないでよ、恥ずかしいじゃない。
一緒に住んでからというもの、彼のこういうところはどうにも慣れない。
だからといってこれが嫌というのもでなく、逆に安心できるから不思議だった。
いつだって莉麻は、好きな人に言葉や想いを言って欲しかったから。
だから、例え総司と再会しても決して彼への想いが復活することはあり得ない。
なぜなら―――

『俺は、莉麻の前から決して消えたりしない。そして、必ず莉麻の中からそいつの存在を消してやる。愛してる』

命の言葉を信じてるから。

「そうだ。幹事って、命一人なの?」
「あ?ううん、もう一人伊集院ってやつと一緒。ごめん、言ってなかったな。この前、ちょっと打ち合わせるのに二人で会ったんだ」
「それって、女の人?」
「なんだ、莉麻は気になるのか?」
「え…っていうか…」

―――気になるに決まってる。
命が女の人と…。

「嬉しいな、莉麻がそんなふうに思ってくれるなんて」

別に陽子のことを隠すつもりはなかったが、まさか莉麻の方からこんなふうに聞かれるとは思わなかった。
正直ものすごく嬉しかったりして。

「伊集院に会うのは卒業以来だったけど、ジャーナリストになっててさ。全然別人みたいに変わってた」
「その人、綺麗なの?」
「10人中10人は、そう言うだろうな」
「すっごい、綺麗な人なんだ…」

俯いてしまった莉麻の耳元で、「莉麻の方がもっと綺麗だけどな」と囁くように言う。
命にとってはどんなに陽子が綺麗でも、莉麻に敵う女性などいないということ。
恥ずかしいのか、顔を赤らめてしまった彼女が可愛くて、その場に押し倒してしまいたいくらい。

「まぁ、彼女も大変みたいだよ。辛い恋愛をしているらしい」
「そういう話までしたの?」
「俺が無理に聞き出したっていう方が正しいと思う。彼女は、そんな人じゃないから」
「そう」

命を信じてるけど、やっぱり心配だった。
自分のことは棚に上げて…。
総司が日本に帰ってて、再会したことも言わないで…。

「莉麻、安心しろって。俺が、伊集院とどうこうなるわけないだろ?」
「ごめんね」
「ん?」
「私…」
「どうした?」

黙り込んでしまった莉麻に命は急に不安になってくる。
もしかして…。

「あのね、私…総司と会ったの。彼、日本に帰って来てて、今度の映画の撮影カメラマンをやってて…。黙ってるつもりは、なかったんだけど…」

首に腕を回して抱きつくような格好の莉麻に、命の不安がより一層深まってくるが…。

「莉麻?」
「でも、仕事の話だけ、それだけだからっ。ごめんなさい、内緒にしてて。あんなに好きだったのに…総司に会っても何とも思わなかったの…信じて」

―――私を嫌いにならないで…。
私から離れていかないで…。

「あぁ、信じてる」

莉麻の気持ちが命から離れてしまっているという気はしなかったが、もしも…という思いは拭えなかった。
それが、今の言葉で確信に変わる。

「命を愛してるの」
「俺も」

自然に唇が重なる。
何度も何度も、互いの想いを確かめるように…。


※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。


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