IMITATION LOVE
STORY26


結婚を決めたものの、命と莉麻との間で具体的な話はまだ何も進んでいなかった。
既に一緒に住んでいるということも、少なからずあったかもしれない。
それに莉麻には今の仕事を最後まできちんと終えたいという思いがあったこと、そしてもう一つ…。

「はい。コーヒー入れたんだけど」
「ありがとう」

リビングのソファーで本を読んでいた命に、莉麻がコーヒーを入れて持って来てくれた。
こんなつかの間のひと時が、今の二人には一番ゆったりとできる時間だった。

「ねぇ、命」

命の隣に腰掛ける莉麻、その表情はいつになく真剣なものだったが、本に目を向けていた命は気付かない。

「総司に結婚のことを報告しようと思うんだけど」
「え?」

総司という名を聞いて、命はやっと本から視線を莉麻の方へ移す。
―――どうして?
という思いがないわけではないが、彼に結婚の報告をするということは彼女なりのケジメというものなのかもしれない。

「私の中で、総司とのことをきちんとしておきたいの。彼がいなくなってしまった間のことも含めて、全部」

洗いざらい自分の思いを彼にぶつけて、その上で命と一緒になりたいから…。

「でもね。命が嫌なら、総司には会わない」
「いや。莉麻がそうしたいなら、そうすればいい。俺は、莉麻を信じてるから」
「命…」

命は莉麻の肩に腕を回して、そっと自分の胸に抱き寄せた。
二人が会って話をすることに抵抗がないわけではないが、莉麻の心の中には自分しかいない。
そう、信じて疑わなかったから。

+++

映画の撮影も後半に入り、予定通り順調に進んでいるとの報告を受けて莉麻もホッとしていた。
そんな時に久し振りに空港へ行く用事ができ、運よく総司と話す機会を持つことができた。

「総司。どう?調子は」
「あぁ、だいぶ慣れて、やっと仕事が楽しめるようになってきたかな。林監督は、俺の撮りたいようにって言ってくれるからね」

「初めてなのに、自由にさせてもらってる。恵まれ過ぎだな」そう言って、総司は休憩所に置いてあったベンチに腰を下ろす。
撮影祈願とか言って髭をずっと伸ばしているせいか、まるで別人のようにも見える。

「随分、髭が伸びたわね」
「こんなに伸ばしたことってなかったんだけど、撮影を早く終わらせて剃りたい」

総司は、顎を指で撫でながら苦笑する。
見た目はワイルドになって、周りから見ればそれはそれでカッコいいとは思うが、本人にしてみれば邪魔なのだろう。

「予定通りに進んでるみたいだから、あともう少しじゃない。それに終わったら終わったで、寂しいとか思うんだろうし」
「そうなんだよな。次はもうないかもしれないし。今を大切にしないと」

今回の仕事で、総司のこれからが決まると言っても過言ではない。
この厳しい世界、どこまで生き残っていけるのかなんて、誰にもわからないのだから。
疲れは見えるが、そんな総司の生き生きとした表情に本当に映画が好きなんだと、莉麻は改めて実感した。

「総司に報告したいことが、あるの」
「報告って?」
「私ね、結婚することにしたの」

―――えっ。
男と住んでいるのだから、それは自然の流れというもの。
本来なら、両手を挙げて祝福してあげなければいけないはずなのに…。

「そうか…おめでとう。で、式はいつなんだ?」
「ありがとう。詳しい話はまだ何も決めていないんだけど、映画が無事完成したらゆっくり考えようと思って」

嬉しそうに話す莉麻の瞳には、もう自分の姿はどこにも映っていない…。
当たり前だが、どこかでまだと思う自分がいたことは確かだった。

「莉麻も奥さんになるのか。早いな、時が経つのって」
「そうよね?総司と出会った頃は18歳だもん。若かったなぁ」

莉麻は大学に入学したばかりの頃を思い出して、懐かしむ。

「ごめんな、あんな手紙一つでアメリカに行ったりして」

ずっと、こうして謝りたかった。
何度、電話しよう、手紙を書こうと思ったことか…。
それをかろうじて止めたのは、夢を追いかける男の意地…。

「今更謝るくらいなら、どうして私を置いて一人で行ったりしたのよっ。どんな思いでいたか…総司には、わからないでしょっ!」
「莉麻…ごめん」

広行から聞いている限りでも、莉麻がどれだけ辛い思いをしていたのか…。
言葉ではわかっていても、本当の気持ちまでは到底理解してあげることなどできるはずがない。

「自分でも驚いた。あんなになるなんて、思わなかったから。それだけ、好きだったし、私にとって総司は全てだったんだって」

「なのにどうして…」
思い出したくない過去…。
でも、今ここで逃げずに向き合わなければ、命との新しいスタートが始まらないから。

「ごめん、俺にはこうとしか言えないんだ。莉麻を傷つけたこと、辛い思いをさせたことは、本当に申し訳ないと思う」

夢のために彼女を犠牲にしてしまったのだから、何を言われても仕方がないこと。

「後悔してる?」
「え…」
「私を置いて、アメリカに行ったこと」

後悔…。
彼女の顔が浮かばなかった日はなかったが、後悔だけはしていない。
それだけは、はっきりと言い切れる。

「してないよ。少なくとも今は」

総司の言葉に迷いは微塵も感じられない。

「なら、いいの」

莉麻の顔が、さっきとは打って変わって明るくなった。
―――お互い、これでよかったのね。
そう思えた瞬間だった。

「私、幸せになる。彼と」
「あぁ、影ながら祈ってる」
「総司も、立派な映像カメラマンになってね」

総司が返事の代わりに大きく頷くと、莉麻が右手を差し出した。

「握手」
「あぁ」

固く握られた互いの手から感じたのは、恋愛感情よりも永遠に続くであろう友情。
暫くの間見詰め合っていたが、どちらからともなく手を離すと申し合わせたように…。

「じゃあね」
「じゃあ」

二人はニッコリ微笑んで、その場を後にした。


※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。


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