中へ入ると内装も西洋アンティーク家具で統一されていてセンスもいい、自分達以外にお客さんらしき人に会わないのは全て個室になっているからのようだった。
―――田村さんって証券アナリストというのは表向きの顔で、実はグルメ研究家だったりして…。
それにしても、あんなにデザート好きなのに太ってないのはどうしてかしら?今度教えてもらわないと。
などと考えている莉麻の表情をちらっと覗き見た田村は、やっぱり表情の豊かな子だなと思う。
案内された部屋は、店内というよりは自宅いるようなそんな感じだろうか?
すごく居心地が良さそうな空間ではあったけれど、ここに二人っきりというのはちょっと…。
「どうした?今度は、借りてきた猫みたいに大人しくなって」
「なんだか、緊張して」
―――だって、向かい合って二人きりってねぇ。
まだ、会うのも2回目なのに…緊張するわよ。
「緊張って、柄じゃないけど」
「それどういう意味ですか?」
「別に変な意味じゃないが」
―――柄じゃないって、どういうことよ。
失礼ね。
「いいですよ。どうせ、こんな素敵なお店には似合わないですから」
「そう、膨れるなって。それより、酒は飲める方なのか?」
「お酒ですか?」
―――そりゃ、お酒は好きだけど…。
田村さんは車だから、飲めないのに。
「はい」
「だったら、ここはワインの種類が豊富だから好きなものを選ぶといいよ」
「でも、田村さんは車だから飲めないですよね」
「俺?俺はいいんだ。横田さんの酔ったところを観察する楽しみがあるから」
田村もお酒はかなり飲む方だったし、この店のワインの種類の豊富さからいって非常に残念ではあったが、今回は仕方がない。
それより、酔った莉麻を見てみるというのも悪くないと思ったりして。
「田村さんって、悪趣味ですよね。スカートが短い方がいいとか、酔ったところを見たいとか」
「そうか?男なんて、みんなそんなもんだろ」
しれっと言いのける田村を見ていると、それ以上何も言えなくなる。
ある意味正直というか、こうはっきり言われると爽やか?な気さえするのだから不思議だった。
結局、田村の言葉に甘えて莉麻はフルボトルのワインをひとりで開けることになってしまうのだが…。
お酒に限らず、料理もフレンチといいつつも箸で食べられる気軽さに加えて味は絶品。
正に至福の時とは、このことを言うのだと莉麻は思った。
「すっごく、美味しいです」
「それは、良かった」
前回、デザートを食べた時もそうだったが、莉麻は本当に美味しそうに…実際美味しいのだけれど、それにしてもその表情がたまらなく人を惹き付ける。
田村も仕事柄、プライベートでも女性と食事を共にすることはあっても、こんな表情を見せる子は今まで会ったことがないと言っていいだろう。
「あの…」
しかし、さっきまでとは打って変わって真面目な表情の莉麻。
「あの…電話でお見合いを初めから断るつもりはなかったと言っていましたけど、どうしてですか?」
突然会社にいた莉麻、あの時は綾子の電話だったけれど、田村は見合いを初めから断るつもりがなかったと言っていた。
それは、なぜなのだろう?
「横田さんも、そうなんじゃないのか?」
「え…」
逆に返されると思っていなかった莉麻は、言葉に詰まってしまう。
正直に言うと断るつもりだったけど、ここでそれを言ってしまってもいいのだろうか?だったら、なぜ誘いに乗ってしまったのか?
「俺の勘違いだったのか、てっきり…」
田村は莉麻が何も言ってこなかったので、てっきりこの見合いを受けたものだとばかり思っていた。
それが…。
「ごめんなさい」
先手を打つように先に謝られてしまい、田村の方こそ言葉に詰まってしまう。
こういう正直なところも、ツボだったのだが…。
「まぁ、しょうがないさ。きちんと話をしなかったのが、いけなかったわけだし」
「本当にごめんなさい。でも…」
「でも?」
なんなのか…田村は、次の言葉をじっと待つ。
「でも…こうして、また会えて良かったって思いました」
なぜ、こんなことを言ったのか…。
莉麻自身も予想すらしていなかった言葉が、口から飛び出した。
多少は、お酒のせいもあったかもしれない。
でも、莉麻の素直な気持ちだということだけは確かだった。
また会えたこと、たとえ三度目はなくても…。
「俺、今すっごい期待持っちゃったんだけど」
「え?」
こういう言い方をされれば、初めは断るつもりでも今は変わったのだと取るのは自然だろう。
「違うのか?」
「えっ、あの…そういうわけじゃぁ…」
ガックリとまではいかないけれど、少し寂しそうな田村を見ているとなんだか断るのが悪いような気がしてくる。
それはある意味口実で、本当は莉麻の方がそうならなければいいと思っていたのだが…。
「なんだよ、それ。はっきりしろ、俺と付き合うのか、付き合わないのか?」
「わかりました。つっ、付き合います」
―――あっ…。
私ったら、何言ってるのよ。
と、今更思ってみてももう遅い…。
「ヨシ。初めから、そう言えばいいのに」
嬉しそうに微笑む田村を尻目に莉麻は…。
―――初めからって言われても、その気がなかったんだからしょうがないじゃない。
心の中で毒づいてみても、最終的に決めたのは自分なのだ。
恋というものからだいぶ遠のいていた莉麻だったが、これから始まる二人の関係に不安を感じつつも田村と一緒なら何かが変わるのではないか。
今は、そんな希望の方が上回っているのかもしれない。
莉麻がグラスに注がれたルビー色に輝くワインを一気に飲み干したのと同時に、田村は『酔ったところを観察する楽しみ』を味わっていた。
※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。
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